第2話 人間の本質を見抜く力

 天てらすは小さい頃から、いろいろな人間を見るだけで本人が気づいていないことも含めて、その人の過去から現在までに起きたさまざまな出来事をさかのぼって正確に認識した。


 その認識能力は、彼が少しずつ大きくなるにつれてだんだん強くなった。やがて、認識能力は究極的な能力、その人間の本質を見抜く力となった。


 

 今彼は、家の近所の公園で友達と自由に遊ぶことができる年頃になっていた。

 ある日、多くの子供達が公園で遊んでいると、80歳過ぎの老婆がよろよろと入って来た。そして、ベンチに腰を下ろした。


 すると、老婆に話しかける子供がいた。

「おばあさん、今日はこの公園に遊びに来たの。」

「おやおや、とてもかわいらしい男の子だね。お名前は。」

「天てらすといいます。」


「てらすちゃんかい。おばあさんの息子も、てらすちゃんの年頃の時はとってもかわいかったんだよ。みんなにひゃーひゃー言われてね、アイドルみたいだったのよ。」

「そうですか。ところで、その息子さんは今どこにいるのですか。」


「よく聞いてくれたね!!!何十年ぶりかね、さっき、家に電話をかけてきてくれた。もうしばらくすると、この町に帰ってくると言ったのよ!!!」

「えっ、息子さんが帰ってくるの。」


「そうそう、私の家まで来なさいと言ったのだけどね。仕事が大変で直ぐに帰らなければならないから、このベンチで会いたいというのよ。」

「そんなにお忙しいお仕事をしているの。ところが、息子さんは今何歳くらいですか。」


「何歳だったかね………あれあれ、年をとったのかもしれないけれど、あの子の生まれた時のことを忘れてしまった。だから今何歳なのか、わかんなくなっちゃった。でも、息子は若くはないわ。なにしろ、おばあちゃんの息子だからね。」


「ふーん。おばあさん、お願いがあるのですが、僕もおばあちゃんの横に座って、息子さんが来るのを待っていていいですか。」

「いいですよ。」



 しばらくすると、公園に入って来る人影があった。

 それは、バンダナを頭に巻いた若い男だった。若い男はきょろきょろと何かを捜していたが、ベンチに腰を下ろしていたおばあさんを見つけると早足で近づいてきた。

 そして、おばあさんに話しかけてきた。


「お母さん、ひさしぶりだね。おそくなっちゃってごめんね。」

「いいよ、いいよ、そんなにお仕事が大変なのかい。」


「そうさ、なにしろ若くして管理職に昇進しているからね。ところで、電話で話したとおり僕がどこかに忘れてしまったお金の代わりを用意してくれたの。お金を無くしたとなると、会社を辞めなければならないから。」


「用意したよ。ここにあるから五百万円。」

「渡してよ。」


 おばあさんが、若い男に持ってきたお金を渡そうとした時、その横に黙って座っていた天てらすが言った。


「これはおばあさんが、自分の息子さんが結婚した時にお祝いとして渡そうと、何十年もかけてこつこつと貯めたお金だよね。


 それだけが、おばあさんの生きがいだから。お兄さん、おばあさんは年をとったでしょう。とっても苦労の多かった人生だから、長い長い時間、お兄さんを何十年も待っていたんだよ。回りの人が、息子さんはもう死んだとなんべんも言ってもね。」


 彼のその言葉を聞いた瞬間、若い男の顔色がみるみるうちに真っ赤になった。その変わり様は異常なくらいだった。そして若い男は言った。


「あっ、想い出した。忘れたと思っていた五百万円は自分の部屋のタンスの中にしまったんだっけ。すぐ戻って確かめるね。おばあさん、元気で………。」


 若い男はおばあさんと彼に背を向けると、全速力で公園を出て行った。

「なんなのかね。あの子は、ぼけてるね。私のことを、おばあさんなんて。お母さんてちゃんと言えないのかね。」



 その日の夕方、所轄の警察署から2人の警察官が天てらすの家を訪ねていた。

 両親が対応していた。


「今日、奇跡的にオレオレ詐欺を防ぐことができました。受け子の若い男に、ある痴呆状態の御老人がお金を渡す瞬間までいったのですが、息子さんが何か言われて逃げていったそうです。息子さんのお手柄ですね。多くの子供達が覚えていました。」


 父親の夏彦が言った。

「たぶん、私の息子はその受け子になった若い男の本質を見抜いたのです。心の中には、まだ人を思いやる善の心が残っていることを。」

 




 

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