第24話 本当は同じだった



 ――常に春の温もりと美しさを保つ神の一族のみが住む広大な屋敷にて、年中満開の花畑に身を委ねていたイヴは薄らと瞼を開いた。青い空を背景に映ったのは3番目の兄ヴィル。3人いる兄の中で最も仲良しな兄である。男性にしては少々長い銀糸を耳に掛け、イヴの横に座ったヴィルは大きく欠伸を漏らした。長兄とは70も歳が離れているせいか、20しか違わないヴィルと一緒にいると気が楽だ。60くらい歳が離れている2番目の兄は、イヴが生まれた頃には既に既婚者で関わりが極端に薄い。兄と言われても他人の感覚しかない。



「どうしたの、お兄ちゃん」

「兄者の機嫌が悪いから逃げてきた」

「兄者? また眼鏡に小言言われたの?」



 眼鏡とは2番目の兄を指す。アンドリューという立派な名前があってもイヴにしたら堅苦しい眼鏡男のイメージしかない。なので、生まれてから1度も2番目の兄を兄と呼んだ事はない。眼鏡としか呼ばない。

 長兄もヴィルも面白がるだけで呼び名を改めさせず、アンドリューも諦めているので20年程前から注意するのを止めた。



「違う。大天使の1人が神の祝福を授けている王国の人間を無断で取り込もうとした」



 とある王国に双子の王子が誕生した。神の祝福を授けている国の王族は、必ず同じ特徴を持って生まれる。その国では薄い金色の髪に青水晶の瞳を持って生まれる。双子の内、後から生まれた方は特徴を受け継いでいたらしいが先に生まれた方が問題だった。悪魔が至高とする黒い髪に青みを帯びた鮮やかな紫色の瞳。国王夫妻の子ならば誕生しない赤子。王妃の不貞を疑われるも、国王夫妻は周辺国からも仲睦まじいと有名で王妃が不貞をする時間も隙もないと国王や周囲が証明しているので双子は歴とした夫妻の子。問題を却って大きくした。

 神に助言を求めた人間に、神のお言葉を告げた大天使の言う通りに赤子を森に捨てた。


 この話を現神である長兄は知らされておらず、件の大天使の同僚にこっそりと聞かされたのだ。



「赤子が悪魔に憑りつかれていると嘘の助言を告げて森に捨てさせたのさ」

「何故?」

「天使というのは、清廉潔白であり続けないとならない。おれ達、神族はある程度ストレスが溜まっても発散する術を持つし、目に分かる形では現れない。けど天使は違う。ストレスに弱い天使は羽に影響が出る」



 強いストレスや悪魔との戦いで力を消耗すると羽が黒く染まる。全体にまで染まると天使は堕天使となり、人間に仇なす敵となる。そうなる前にストレス解消や穢れを落とす必要がある。

 穢れに関しては人間達から集まる純粋に神を崇拝する気で洗い落とせる。


 但し、ストレスに関してはそうはいかない。こればかりは娯楽を用いるか、纏まった休みを取る必要がある。休みなら時間は掛かるがリラックス可能。娯楽は短時間で鬱屈した気持ちが吹き飛ぶ。


 また、強い天使になる程ストレスを感じ難くなり、穢れも簡単には溜まらない。



「異なる特徴を持った赤子は、大層な魔力を持って生まれたって」

「何故同じ特徴を持たなかったの?」

「王妃に懸想していた王宮医師が密かに魔法を掛けたのさ。双子が王家と異なる特徴を持って生まれるようにと。まあ、失敗に終わったけどね」



 結果は先に述べた通りで終わった。

 問題はこの後。人間の魔法によって特徴を変えられた人間の赤子は、天使の持つ浄化の能力を使えば本来持って生まれた特徴に戻れた。

 だが大天使は神のお告げだと偽りを述べ、赤子を森に捨てさせた。

 神の祝福により、他の国よりも神への信仰心が強い王国の人間に。


 件の大天使は今現在尋問されている。

 しているのは2人の長兄。

 幼い頃、魔界に行って当時魔王候補筆頭だった魔族を襲ったら返り討ちに遭って瀕死の状態に陥るも、何故か同じ魔王候補の魔族から献身的介護を受けて復活。数年後魔界に戻ってきた長兄の尋問のやり方は魔族に似ている。

 眺めていたヴィルは良いものじゃないと途中退室。長兄の補佐を務めるアンドリューは残った。顔色が悪かったが知ったことじゃない。



「イヴも知っての通り、人間の子供、特に赤ん坊の魂は清らかで美しい。幼子を好む悪魔がいるように天使も幼子が好きだ。強い力を持った無垢な魂を手に入れれば、大天使は1つ上の権天使アルケーになれただろうね」



 が。

 如何なる理由があろうと人間の魂を奪うのはご法度。知られれば神罰を下され、最悪の場合身内も罰せられる。



「今回は相手が最悪だ。もしも、大天使の嘘だと知られたら、大層な信仰心を持つ国を失う」

「捨てられた赤子はもう死んだ?」

「さあ? 兄者は何とも言ってない。件の大天使を拘束したら尋問を開始したからね」

「その森に行ってみようよ。多分だけど、私知ってる。私が気に入ってる人間が住んでいる国かも」

「だーめ。兄者にバレたら人間界へ行く扉を制限される。おれとイヴ限定で」



 神の座に就く長兄は毎日を多忙で過ごし、次兄は補佐として多忙で過ごし、比較的自由で兄達を助ける気も代わってやる気も更々ないヴィルとイヴは長兄の目を盗んでは人間界へと降りたって遊んでいる。

 イヴがお気に入りという人間は、人間なのか? と最初高位魔族が皮を被っているのではと警戒するほど強大な魔力を持つ人間を指す。出会ったばかりの頃は魔力制御が下手で災害を引き起こしてはイヴが鎮めてきた。年齢を重ねると制御も上手くなり、手を貸すこともなくなった。感情の起伏は極めて薄く、常に淡々としているが一緒にいると楽しくなった。


 今日も会いに行こうと思ったのにと不満を零しつつ、長兄の機嫌が戻るのを願った。

 暫くすると遠くから「ヴィル~イヴ~お兄ちゃんと美味しいお菓子を食べよう~出てお出で~」「ネルヴァ様! 幾ら何でも放置は……!」と聞こえた。






「――とまあ、出世に目が眩んで力を欲した大天使のせいで、本来人間の王子として生きる筈だった赤子は森に捨てられたのさ」



 人間を導き、守ってくれる尊き天使によって愛する人との子を奪われ、剰え理由があんまりな理由の為に拳を握る事で怒りを堪える人間の姿を見ようがイヴは微笑を崩さなかった。



「そんな……」



 理由を知れて良かったと思う反面、神や天使への信仰心が揺らいでしまう。エイレーネーは赤子の現在を促した。好きな女の子に振られて失恋中とイヴは先に話してくれた。せめて、元気でいることだけは言ってほしい。エイレーネーの気持ちが伝わったらしいイヴは苦笑しながら続けた。



「森に捨てられた王子様を拾ったのは魔族さ。強大な魔力に目を付けた魔族は魔王に献上したんだ。今の魔王は相当なお人好しでね、人間の赤子を自分の子として育て上げた。今じゃ立派な次期魔王候補だ」



 但し、好きな女の子に振られて失恋中で、好きな女の子への嫌がらせで作った恋人を処刑されて引き籠りというのも忘れず。

 さっきまで神へ天使への怒りから身を震わせていたエレンだが、赤子のまま別れた我が子の現在を聞かされ極めて複雑な面持ちとなった。



「そこまで話す必要はあるか?」とダグラス。

「兄者が教えてくれた。私が件の国の王に王子様の話をすると言ったら、現在を詳細に教えてくれたんだ。まあ、人間なのに大事に育ててくれた魔王の為に最近は外へ出るようになったとも聞いた」

「随分と詳しいんだな」

「魔界で兄者を献身的に看病したのがその魔王でね。兄者なりに気を掛けているんだろうね」



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