第23話 こっちもだった



 優秀な魔法使いを輩出する名家に嫁いだ祖母は魔法に関しては得意ではなかった。祖父と幼馴染で仲が良く、婚約者になったのは祖父たっての希望だった。名家の名に恥じぬ魔法使いである祖父の妻に相応しくないと婚約者時代、夫婦となっても周囲からの冷たい視線は消えなかった。

 転機が訪れたのはダグラスを出産してから。

 それまでホロロギウム家に不釣り合いと嘲笑されていた祖母が桁違いの魔力と魔法の才能を持つダグラスを出産した事で周囲の目が変わった。ホロロギウム家始まって以来の天才、未来の王国の幸福、と絶賛した。ダグラスの母となった祖母も名家に嫁ぐに値する女性だと見られるようになった。

 今までの冷遇が嘘だったように。


 けれど強すぎる魔力は赤子のダグラスには負担が大きく、度々災害を引き起こした。自然が齎すものなら仕方ないで済むのにダグラスの制御出来ない力によって引き起こされるのなら、仕方ないで済まず実の子ながら恐怖を抱いた。

 3年後にロナウドが生まれた時、祖母は大層安心したそうな。ホロロギウム家ではなく、自分によく似た男の子。強い魔力こそ違えど、自分と同じ魔法の才能がない子。圧倒的魔法の才を持った兄がいる可哀想な弟の誕生だった。


 劣等感を埋めるように祖母はロナウドの世話に付きっ切りとなった。ダグラスには決して近付くな、大事なホロロギウム家の後継者はお前と違って極めて繊細な人間なのだと度々注意をした。成長にするにつれ感情の起伏が薄く、関心を示すのは魔法くらいのダグラスは疑問に持たず従った。


 これ幸いと祖母は兄と遊びたいロナウドに嘘を吹き込んだ。ダグラスは魔力があっても魔法が使えないお前を相手にしない、魔法しか興味のないダグラスは魔法を使う才を持たないお前を見下している。

 最初は半信半疑だったらしいロナウドだが、別邸にいるダグラスに会いに行っても結界に弾かれ、当時王子だったエレンやルーベン、幼馴染のメルルとは交流を持ち。魔法使いの父に未来の大魔法使いと期待される場面を見て母の言葉を信じていった。


 ――と、ダグラスから聞いた話を自分なりに整理したエイレーネー。絶句しているロナウドは未だ信じられないと呟く。ロナウドにとっては優しく理解してくれる理想の母でもダグラスにとっては違った。それだけなのだ。

 難しい顔をして話を聞いていたルーベンとエレン。イヴをこっそりと見上げたら目が合った。



「どうしたの?」

「イヴは知ってた?」

「母親のこと? ダグラスは全然気にしてないし、偶に忘れている時があったから何にも」

「お祖母様を?」

「うん。関わりが無さすぎると記憶から抜けるみたい」



 覚えていても、居ても居なくても気にしない相手だから意味はなかったとも話された。祖父にはそれなりに気を向けていたらしく、現在でも数は少ないが連絡を取り合っている。



「だ、だが、私が別邸に行くと必ず結界に弾かれた。それはどう説明する!」

「あれは主に母避けの結界だった。来てもうるさいだけだからな」

「母上が一緒じゃない時でも私は結界に弾かれた!」


「ねえ、ダグラス」



 怒気は消え、代わりに必死になって過去の拒絶の理由を問うロナウドはダグラスを嫌う弟というより、何故会ってくれなかったのかと知りたがる弟に見えてきた。本当は普通の兄弟のようにダグラスと一緒にいたかっただけと感じてきた。不意にイヴがダグラスを呼び、エイレーネーと同じだと述べた。「同じ?」とエイレーネーが問うと頷かれた。



「ああ。確か、父親に言われて彼に祝福の魔法を掛けていたよね?」

「そうだがそれがどうした?」

「レーネの時の流れを考えたらね……」



 場の空気が一気に変化した。



「エイレーネーとは違ってそこまで強くはないが?」

「だとしても、君、手加減っていうのを知らないでしょう? 公爵にとって害となるのは君だと祝福の魔法が判断したのなら、そりゃあ近付けないし、ダグラスだって近付こうとしない」



 祝福の魔法がなくても決して近付くなと先代公爵夫人から言い付けられていたダグラスは自分の意思では関わりを持とうとはしなかった。何とも言えない相貌を浮かべるラウルとエイレーネー。呆れ果てて顔を手で覆うエレンとルーベン。同じ動作をしたせいかそっくりである。愕然とするロナウド。

 本人の言う通り、エイレーネー程極端に強い祝福の魔法は掛けていない。が、力加減が無く無駄に才能有りすぎるダグラスが掛けた祝福の魔法は本人が思う以上にロナウドを守っていたらしい。

 エイレーネーと同じで体調面・精神面は万全。後は何からロナウドを守るかで変わる。ある程度年齢を重ねると魔力を操作する術に長けたダグラスから遠ざけられていたのは、関わるだけでヒステリックになり時にロナウドにも暴力の矛先を向けた母親から主に守る為。更に魔法の才能がないのにホロロギウム家の後継者となるロナウドを快く思わない者達からの守護。

 地道に、こつこつと努力を重ねた結果、公爵家の当主として立派に育った。魔法が使えない、大魔法使いの出涸らし、等とエレンやルーベンの耳には何度か入った事があるのにロナウドにはその類の嫌がらせの囁きは一切入ってこなかった。

 精神を害する言葉をも遮断していた。祝福の魔法が。


 今まで大病も大怪我も、不運に巻き込まれた経験もなければ、毎日快眠体調万全、不調になった経験もない。感情表現はともかく、体調面・精神面に於いて不安定になった試しがロナウドにはない。

 それら全てダグラスが掛けた祝福の魔法による効果だと聞かされた衝撃たるや……。


 力無く椅子に座ったロナウドを気の毒に見つめてしまうエイレーネー。良い思い出は全くない。ただ、実兄への憎しみの根本が弟として見てほしかった寂しさから来ていたと知り何とも言えなくなった。母メルルと婚約をしたのも、不貞を働いたのに離縁しなかったのも、ダグラスと繋がりが深いメルルといたら何時かは……と心のどこかで期待していたのかもしれない。



「はあああああああ」



 長い溜め息を吐いたエレンは呆れた青い眼で無感情なままのダグラスを見やった。



「どうしてこうお前は」

「なんだ」

「いや……何でもない」



 小言を飛ばしたところでダグラスは気にしないし「そうか」で終わる。

 言うだけ無駄だ。


 これ以上の話し合いは無理だと判断したエレンは続きは後日、と終わりを告げた。呼ばれた執事に連れて行かれるロナウドの背はとても小さかった。



「――イヴ」



 不意にダグラスがイヴを呼んだ。

「ん?」と欠伸をしたイヴ。



「お前、エレンに言う事があるんだろう?」

「ああ、あの件?」

「ああ。天使の間違いをお前が正してやれ」

「間違いというか、欲深い天使の嘘に振り回された人間が可哀想でね」



 促されたイヴが前に出た。視線が集中しようが物怖じしない。



「先に謝っておこう。天使の嘘によって我が子を1人失う事となった王様に」

「嘘……?」

「そう。王妃の不貞を演じさせた人間の業を利用して、悪魔に取り憑かれたと虚言を述べた天使に代わって」



 王族は神の祝福によって必ず薄い金色に青水晶の瞳を持って生まれる。そこに例外はない。双子として誕生した赤子の内、兄は黒髪だった。うっすらと開いた瞳の色は青みを帯びた紫。明らかに王の血を引く子ではなかった。後に生まれた弟は歴とした王の血を引く子。王妃の不貞が疑われたが国王夫妻の仲は大変良く、王妃の潔白は王や周囲が証明した。

 よって2人共夫妻の子。

 却って問題を大きくした。


 大聖堂へ赴き、神に助言を求めた。

 神から伝言を預かった大天使が赤子は悪魔に取り憑かれた呪われた子。即刻、捨てるようにとお告げを下した。


 これが嘘なのだとイヴは話す。



「まず、神はそんな話知らない。兄者が知ったのは別の大天使から聞かされたから」

「……兄者?」

「兄者。君達が崇め称える神の事さ。今は甥っ子に神の座を押し付けて勝手に隠居生活を送ってるけどね。甥っ子が毎日毎日伯父さん伯父さんって泣くから、仕方なく探してる」



「探してないだろう」とダグラスの突っ込みを聞いた人はいない。ダグラスと顔を青くしたままのアリアーヌ以外、神を兄に持つイヴの正体が何か気付いたから。

 エイレーネーに至っては固まってイヴを凝視する始末。ダグラスが腰を抜かすと言っていたのはこういう事だった。


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