第2話 パポピは居候
パポピを連れ帰ったマサキは、取り敢えず彼女を自室のベッドに寝かせる。ロボなので呼吸をしている訳でもなく、心臓も動いていないので彼に出来る事はもう何もない。漫画やアニメなら都合良く近所に天才科学者が住んでいたりするけど、マサキの家の近所にそう言う人はいなかった。
そのため、まぶたを閉じて機能停止しているパポピを見ながら彼は頭を抱える。
「思わず持って帰ってきちゃったけど、どうしよう……」
そう、マサキは全くのノープランだったのだ。強いて言えば、あの場に置き去りにする事が出来なかったと言うだけ。最悪、もう彼女は二度と目覚めないかも知れない。ただし、生き物ではないのでそうなっても何かの罪に問われる事はないだろう。パポピは空の穴から落ちてきた訳で、この世界の誰かの所有物でもないのだから。
マサキは改めて深呼吸をすると、このまま流れに身を任せる事にする。つまり、寝かせたまま放置した。
彼は部屋を出るとリビングに直行。ゲーム機の電源を入れて楽しみ始める。現実から逃げるようにマサキはゲームに没頭した。手持ちのゲームをいくつか遊び尽くした後は、テレビを動画サイトに繋いでアニメを見始める。その視聴途中で夕食の時間になった。
この日の夕食は彼が一番好きなカレー。夢中になって食べている内にマサキはパポピの存在を忘れてしまう。そのため、家族にロボットを持って帰ったと言う秘密を打ち明けるタイミングを失ってしまった。
「ふー、まんぷくぷー」
食欲を満たした彼は何も考えずに自室に戻る。そこには目覚めた女の子ロボがいた。入室したところでパポピの事を思い出したマサキは、この状況に凍りつく。ベッドに座っていた彼女は入ってきたマサキの存在を感知して、その顔をじいっと見つめた。
「マサキ、有難う。お陰でパポピは安全に修復出来た」
「直ったんだ。良かった」
「でもまだ完全じゃない。代替部品がないため、時空移動装置は直せなかった」
「えっ?」
パポピの説明にマサキは首を傾げる。小学5年生には少し難しい言葉だったからだ。雰囲気的には何となく意味は分かるものの、彼は敢えて具体的な説明を求める。
「どう言う事?」
「時空移動装置は時間を移動するためのもの。これが壊れるとパポピは元の時代に戻れない」
「つまり、パポピは未来のロボットなんだね。まぁ現代の技術で出来たものじゃないとは思ってたよ。だって……」
「違う。パポピは大昔に作られた。この時代よりもっともっと昔」
マサキは自分の想像の斜め上の答えが彼女から返ってきて混乱してしまう。現代を遥かに凌駕する科学力で作られたロボットが大昔に作られたものだと言うのだから当然の話だ。
都市伝説では海に沈んだ超古代文明の話がある。しかしそれはアニメや漫画の設定のひとつだと彼は思っていた。それが、目の前のロボットの口から語られたのだ。
「もしかして、パポピってアトランティス文明の?」
「マサキは知らないと思う。パポピが作られたのは地球で生まれた文明の2番目の時代。西大陸にあるテウセスと言う国のメルムの民に作られた」
「古代文明って他にもあるの?」
「ある。知りたい?」
パポピは首を軽くかしげてマサキを見つめる。この話に興味をそそられた彼は、ぐいっと身を乗り出して目を輝かせた。男の子ってのはこう言う話に弱いのだ。リクエストを聞き入れた彼女は、自分の生い立ちについて話し始める。
「パポピが製造されたのは今から12万4021年前。その時代、世界には5つの国があって人々は互いに高め合って暮らしていた。パポピが作られる5年前、国の研究者がこのままずっと平和に暮らしていけるかを計算した。この時の結果では不確定要素が計算しきれなかった。パポピは滅びを止めるために、その方法を探るために作られた……」
正直、パポピの話は情報量が多くてマサキは半分も理解出来なかった。彼に分かったのはパポピは12000年前に滅びたアトランティスよりもずっと古い文明の生まれで、その文明の滅亡を止める方法を求めて未来へと飛んだと言う事。つまり目に前にいる超科学の産物の正体は、タイムトラベル機能を組み込まれた調査用ロボットだと言う事だった。
うなずきながら話を聞いていたマサキは、途中の難しい説明の理解を飛ばして結論を急かす。
「方法は分かったの?」
「それを解析するのは研究チームの仕事。パポピは命令通りの仕事をこなしただけ。途中で失敗したけど……」
彼女は声のトーンを落として寂しそうにうつむく。そこから自分のミスを悔やんでいる事が見て取れた。そこから、パポピはただプログラム通りに動くだけじゃなくて、感情があると言う事が分かる。違う時代の調査をすると言う目的のために、人間らしく振る舞えるように作られたのだろう。
ここまで話を聞いたマサキは、根本的な疑問を口にした。
「そもそも、何でその装置は壊れちゃったの?」
「分からない。時空間移動はまだ研究途中で分からない事が多い。装置に何かしらの負荷がかかってしまったと推測している。マサキの疑問は元の時代の研究者なら答えられるかも知れない」
「装置はもう直せないの?」
「無理。直す部品がこの時代にはない。その部品を製造する技術もこの時代にはない。後150年は必要。でも、その時代に飛ぶ事は出来ない」
パポピは顔を青ざめさせて絶望的な表情を浮かべる。両手で顔を覆う彼女の姿を見たマサキはその悲しみに同情して、かける言葉を失った。
こうして大体の事情が分かったところで、彼は腕を組んで天井を見上げる。
「……戻れないなら、どうしよっか」
「別時代の人に解体されるなら自爆するようにパポピは作られている。マサキはパポピをどうするつもり?」
「えっ……?」
折角助けたのに、自爆されては今までの行動が無駄になる。その最悪の展開だけは避けようと考えたマサキは、手をデタラメに動かしてパポピを安心させようと試みた。
「あ、安心してよ。僕に解体する気はないし、そもそもそんな事出来ないからね」
「では、何故パポピをここに?」
「家に連れてきたのはさ、あのままだとどうなってしまうか分からなかったから。そう、解体されたくなかったからだよ。ほっとけなかったんだ」
「そうでしたか……」
彼の説得が通じたのか、パポピの表情に少し明るさが戻る。その顔を見たマサキは安心して胸をなでおろした。と、ここで彼女の質問に答えてはいない事を思い出す。
「あ、あのさ……」
「はい?」
「良かったらなんだけどさ、一緒に暮らさない? パポピがいいと思う時まででいいから。えーと、だってパポピはどこにも行くあてがない訳だし。あでも、嫌ならいいんだよ。あ、そうだ。さっきの質問だけど、僕はパポピに何かをしてもらいたいとかそう言う事は何も考えてないよ。助けなきゃって体が勝手に動いただけなんだ」
マサキは思いついた事を思いついたまま思いついた順番でまくし立てる。話の順番こそデタラメなものの、必死に喋るその姿を彼女は黙って聞いていた。夢中になって話していた彼は自分でも訳が分からなくなったのか、突然話を切り上げる。
「ど、どうかな?」
「パポピ、ここにいてもいいの?」
「勿論。あ、両親に聞かなきゃだけど。でも全力でプレゼンするから」
マサキの言葉にパポピの表情が明るくなる。熱意が通じたようで、マサキもほっと胸をなでおろした。彼はパポピの前に手を差し出し、流れで2人は固い握手を交わす。パポピはロボットだけど人間を模して作られているため、その手は人間の女の子のように柔らかくて暖かかった。
「てへへ」
「マサキ、有難う」
「パポピ、これからどうするかは一緒に考えようね」
「こちらこそよろしくね」
気が付くと、パポピのロボットぽさはかなり軽減されている。表情も柔らかくなったし、言葉遣いもより自然に変わっていった。彼との会話で学習したのだろう。肌の質感も心なしかマネキンぽさはなくなっている。出会ったばかりの頃は、時空間移動をするために肌がコーティングされていたのかも知れない。
意気投合した2人はそのままリビングに移動。マサキはくつろいでいる両親に正直にパポピの事を話して協力を仰いだ。最初は驚いた2人だったものの、パポピは敢えてわざとロボットっぽい肌質感に戻したので納得はしてもらえた。
「パポピ、家の手伝いを一生懸命します。だから、お願いします」
「食事はどうするの?」
「食べても食べなくても平気です。気にしないでください」
「そう言うんじゃないの。私達と同じものは食べられる?」
マサキのママの質問に、パポピはコクリと頷く。元々現地調査用に作られたロボットなので、周囲に怪しまれないよう人間同様に振る舞えるのだ。彼女の返事を確認したマサキママは、ニッコリと優しい笑みを浮かべた。
「それが分かったら十分。じゃあ、今からよろしくねパポピちゃん」
「はい。有難うございます!」
こうして、結城家に新しいお手伝いロボが仲間入りする。マサキはきっとこれから楽しい日々が始まるのだと、期待で胸が一杯になったのだった。
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