識者の行く末

あじたま

自殺希望の少女と異世界転移賢者

第1話 こんにちは、さよなら

暗い部屋。

散らかった物の中に、一つの椅子。

少しじっとりとした日本の夏の空気。

天井から垂れ下がっている一本の紐。その先には輪がある。

椅子の上には、一人の少女が、輪を手に持って立っている。

これから何が起こるのか、そんな事は馬鹿でもわかる。

自殺だ。

残念ながらここ、20xx年の日本ではありふれた光景だ。

少女は無表情の顔の中に、どんよりと暗い瞳で虚空を見つめていた。

「さよなら」

そう言って、首に輪をかける。

「おいおい、顔も合わせてないのにさよならって。それともこの日本ではそれが世に言う初めましての挨拶なのか?」

空気を読まない声が部屋に響いた。

少女は特に気にした様子もなく、その輪を首にかけて椅子を蹴る。

「……っぁ」

小さな声が、口から漏れた。

「おぉい、無視ぃ?」

そう言ってその男は指先から何かを飛ばした。

その何かは、少女を地獄へと引きずり込む蜘蛛の糸を容易く切り、その線上にある壁にまで傷をつける。

「おぉっと。大丈夫かい?迷える少女?」

そう言って落ちる少女を抱き止めた。

「…私は普通に詳しくありませんが、普通、大丈夫じゃないから自殺するのでは?それと私は迷っていません。地獄への直通切符を迷いなく切っていました」

そうかい、と言って少女の頬へと手を触れる。

「……何です」

「いや、涙の跡があると思って」

「同情ですか」

「あるよね。最近の同情とか才能って言われるのを嫌がる風潮」

「私は分かりますよ。何を分かった気になった勝手に同情しているんだ、とか、全て才能のおかげと言われているようで、憤りを感じます」

極めて感情を感じない平坦な声で少女は言った。

「ふぅん。おにーさんからすりゃ、貰えるもんは貰っとけと思うんだがね」

「老害」

「それは酷くねぇ!?」

「事実、と言うより感想です。新しい価値観に添えない者は例外無く淘汰され、そう扱われます」

「成る程、嫌な時代に生まれたもんだね、君」

「そうですね」

そんな少女の答えを聞き少女を抱いたまま男は少し考えたそぶりを見せた。

「ねぇ、今って平成何年?」

「平成……?元号の事なら今は安永15年ですよ」

「えっ、令和じゃないの」

「れいわ…とは?……何でそんなこと知らないんです?ただの不法侵入の犯罪者にしては怪しすぎますね。私、苦しみたくは無いのであまりハードなプレイは…」

「どういう思考でそう至ったのか知らないけど、俺がこの世界の知識について知らないのは異世界転移直後だからで、君の部屋に突如現れたのは偶然ここに転移したから。後苦しみたく無いのならその首の吊り方だと最悪失敗して後遺症残るよ?紐無しバンジーが安牌」

「……何なんですか、貴方」

「え?何かと聞かれれば……そうだな。うん、それは君が決めると良いさ。質問だ。君は俺にどう在れと願う?」

「貴方、変な人ですね」

「え?変人になれって?それは難しいなぁ。おにーさん根っからのリア充陽キャ一般人だから、そりゃちょっとハードル高い」

「…そうですか」

「おっふ。ボケはスルーするのが一番残酷なんだよ?」

「貴方は、何故これから死ぬ私などにかまって、あまつさえこの世界での自分の在りかたを託すのですか」

「え?無視っすか。まぁ良いけど。何でかって?そりゃあお前、自分が大きくその人生在り様を変えた人間の行く末を見届けたいと、君が思ってくれるかもしれないだろ?」

「私に生きてほしいと」

「さぁね。俺に願いは無い。ただ経験上、第一村人ってのは死なせない方が後々鬱展開を晴らすのに役立つ」

「変、不思議な人です。貴方」

「謎は多い方がモテるだろ?」

「そう言う話じゃないです。やっぱり変人です貴方」

「おいおい、違うって、スパージーニアスでイケメンな最強賢者兼リア充陽キャって言ってるじゃん」

「うるさいですね」

そう言いながら少女は男の手の中から離れた。

「おぉう。なかなかの身のこなし。俺の仲間が見れば弟子に欲しがったかも」

「そうですか。ありがとうございます」

「で、もう自殺は止めるのかい?」

「はい。今の所は。貴方に付きまとわれるより生きた方がまだ楽そうです」

「懸命。そだね。でも、その言い方だと俺が離れたら直ぐ死んじゃいそー。しばらく居候するね?」

「なぜ事後報告のような言い方なのですか。私は許可していません」

「あ、歴史書とか技術書とかってある?この世界のレベルを把握しておきたいんだけど」

「……書斎なら、この部屋を出て右の扉です」

「サンクス。あ、ちょいと失礼」

そう言いながら男は少女の額に人差し指を当てた。

淡く少女の体が光を発する。

「何を?」

「身体検査と、所謂ご加護って奴さ。これで君は大概の悪意、病害から護られる」

「…一つ間違えばのろいですね」

まじないとのろいはどちらも同じものさ。主観的に観てプラスかマイナスかってだけ。どちらかは君が決めることさ」

「そうですか。では私は食事を作って来ます。食べますか?」

「うーん、俺基本的に生物の枠組み越えてるからいらないけど、食えない訳じゃないし、君が俺にそう在って欲しいと願うなら、御同席願えないだろうか、お嬢さん?」

「気持ち悪いですね」

「酷くない?」

「だって貴方、傷つかないじゃ無いですか」

「いーや?俺はピュアピュアなガラスのハートだぜ?」

「そんな冗談言えてる時点で、それなりに余裕あるでしょう」

「確かにな。こりゃ一本取られた」

「で、どんな料理が好み何です?」

「シェフのお任せメニューで」

「いますよね。何でも良いって言う男。辞めた方が良いですよ優柔不断」

「でも実際、俺この世界の料理になんてわかんないしな。おすすめってある?」

「……さぁ?」

「……んーじゃあ、ハンバーグって、ある?」

「はい。ありますよ」

「じゃあ、それで」

「分かりました」

そう言って二人は部屋を出た。


◆◆◆


──書斎──

「へぇ。結構あるね」

そう言いながら男は書斎の蔵書量に感心する。

「んーこの古い本の匂いが充満した部屋は良いねー」

そんな事を言いながら男は本を見繕う。

歴史書15冊、技術書30冊程を取り出し、魔法か何かを用いたのか、それらを中に浮かし、平行で読み始めた。

「ほんほん。成る程、財閥が解体されてないって訳か。それに……かなり違うねぇ」

そんな事を言いながら、数秒程ペラペラと本を捲ると、元の位置へと魔法で戻した。

「へぇ、魔法もあるんだ。この世界。……成る程ぉ……。えっ、日本やばぁ何で勝ちかけてんのぉ?えぇ、倫理観全無視かよぉ。俺よりよっぽどヤバいサイコ野郎いるじゃぁん」

彼の読んでいる本は戦争史と銘打つ本の、第二次世界大戦の内容だ。

神風特攻、人間魚雷etc.別史を知る彼をして、倫理を無視していると言わせしめる兵器、それを用いて、ドイツ、イタリア、日本とその同盟諸国は──と言うか日本は──勝利間近まで行った。

が、結局は日本以外はほぼ別史通りの状況であり、日本はその国力の差から和解を申し出た。おそらくそれ以上にゴタゴタがあったのだろうが、この本では、幾度かの交渉の末、別史よりも遥かにマシな条件で和解している。

「人体兵器ねぇ…」

倫理観的に、自分が手の出していない分野だ。

「あの少女の事もだけど、今度はどんな世界に目を付けたのかねぇ、アイツ。…まぁ、いずれ分かるか」

そう言って立ち上がる。

と、同時に扉がノックされた。

「はーい」

ガチャリ、と扉が開く。

「出来ましたよ」

「ほーい行く行く。ところで包丁で自殺とかしようとしてない?」

「……あのまじない、私にとってはのろいみたいですね」

「そうかそうか、そりゃ良かった」

「……最低」

「悪いね、悪戯が成功すると喜ぶ性格なんだ」

「……そうですか」

なお、ハンバーグは三回おかわりした。


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