第148話 ドローンゴーレム


 ツェペリア領の都市城塞から少し離れた場所に、五人のエルフが立っていた。


 彼らは夜闇に紛れているので誰にも見つかっていないと考えている。


『よいですね? あの城塞を壊したら即座に離脱しなさい』


 風に乗って幼い少女の声が聞こえてくる。この声にエルフたちはかしずいた。


「ははっ。承知しております。人であろうともう舐めません」


 エルフたちは真剣な顔だ。とうとう彼らは人間を舐めるのをやめたのである。これまでの敗北を繰り返した結果、甘く見たら負ける相手だと認識した。


 だからこそレーリア領を直接狙うのではなくて、隣のツェペリア領の城塞都市を標的にしたのだ。防備がレーリア領よりも薄く、かつ壊せば多大なダメージを与えられる場所を。


『よろしい。我らエルフの真の力をここで見せてやりなさい』

「「「ははっ!」」」


 エルフたちはそれぞれが目をつむって、詠唱を開始する。彼らの足もとに幾何学模様の魔法陣が出現する。


「「「風よ、大禍の災いとなれ。災いとなって狂い踊れ」」」


 彼らから少し離れた場所の風が逆巻き始めた。くるくるとつむじ風を描いたかと思うと、どんどん風の渦を構成していく。そして5mを超える巨大な竜巻となった。


「「「暴風王の君臨カタスト!」」」


 竜巻は意思を持って城壁へと向かっていく。その進路上の土は削れて、地に生えた草は吹き飛ばされる。まさに大災害と言える渦が迫る。


 そして災いの渦は城塞と激突した。


「見ろ! これが我らエルフの真の力!」

「さあ人の壁よ! 希望と共に崩れよ!」


 確信を持って見物するエルフたち。彼らは間違いなく壁が崩れると確信していた。


 実際にいくら城塞と言えども、魔法で生み出された破壊の竜巻には耐えられない。エルフは何度かこの方法で城塞都市を突破して攻略してきたのだ。


 だが……。


「な、なにっ!? なぜ崩れない!?」


 竜巻は城塞とぶつかったまま拮抗していた。


 理由は至極簡単で、ツェペリア城塞都市の壁は普通のものよりも遥かに頑丈。ただその一点に尽きた。


 頑丈な理由も簡単だ。


「ば、ばかな……!? あの壁すべてに魔力を感じるぞ!?」


 エルフのひとりが気づいた。城塞にうっすらと魔力が帯びていることを。


 ツェペリア城塞都市の最大の強み。それは堅牢さだ。そしてそれを保証するのは……。


「ばかな!? 壁がすべてゴーレムだと言うのか!?」


 壁がすべてゴーレムで構成されていることだった。ゴーレムコアによって強化された壁ゴーレムは、エルフ五人がかりの風魔法でも粉砕されない。


「い、いったいなにを考えているのだ!? 城塞をゴーレムにするなど正気の沙汰ではない!?」

「に、人間め!? まるで理解できぬ!?」


 エルフたちの困惑ももっともだろう。なにせこのゴーレム城塞の存在を知れば、大抵の人間も驚愕するからだ。彼らによっての不運は、ツェペリア領にベギラがいたことだけだ。


「女王様! どうしましょう!? これでは壁の破壊は困難で……!」

『……撤退しなさい。これは五人の魔法では無理です』


 エルフの女王は冷静に状況を判断する。


 ゴーレムの城塞ともなればいまの人数では破れない。そして派手な魔法をぶっぱなした以上、いずれ警備兵が来るのは自明の理だった。


「ははっ! 風よ、我を飛ばせ!」


 エルフたちの身体がふわりと浮いて、空中へと飛び立つ。風魔法による飛行だ。


 人は飛ぶ術を持たないので、下から撃ち落とされない限りは捕縛される恐れはない。だからこそエルフたちは地上に魔法使いや弓兵がいないかを警戒した。


 弓や飛び魔法による攻撃さえ気を付ければ安全。その発想に間違いはなかった、今までは。だからこそ彼らは気づけなかったのだ、さらに上から飛んでくる何かを。


「特に攻撃してくる様子はなっ……!?」


 エルフの頭上から何かが突撃してきた。ひとりがそれにあたって白目を剥いて墜落していく。


「な、なんだっ!?」

「上だっ!?」


 エルフたちが見上げるとそこには、プロペラで飛んだ50cmほどの人形のようなゴーレムが大量に飛んでいた。


「……なんだあれはっ!?」

「ご、ゴーレムかっ!?」

「ば、馬鹿を言うな! ゴーレムが飛ぶはずがっ!?」


 不意を突かれて混乱するエルフたち。たいしてゴーレムたちは編隊を組んで、一斉にエルフへと体当たりを仕掛けてくる。


「ちょっ!? か、回避を……」

「無理だろ避けられない!? 風魔法……」

「下手に使ったら俺らが落ちっ……ぐわぁあああ!?」


 エルフたちはゴーレム人形の群れに飲み込まれて、無様に地上へと落下していく。


 風魔法はデリケートだ。下手に他の風魔法を近距離目掛けて使えば、自分達もバランスを失って落ちる可能性があった。だからこそ迎撃に使えない。


 いやそもそもエルフたちは想定してなかったのだ。人間相手に空中戦になるということを。


 ドラゴン相手ならば距離を取って魔法を放てただろう。だがこの状況下ではどうしようもなく、全滅するしかなかったのだった。


『……どうやらもはや総攻撃しか道はないようですね。我らエルフの総力をあげた天災魔法を、使うしかないのですか』


 エルフの女王はその様子を見て呟いた。その声音にもはや油断や軽視も怒りもなく、ただ機械的だった。

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