元『全一』のプロゲーマーはVRMMOに挑戦するようです。
棚月 朔
第1話 『元』全一の引きこもり
――歓声が、聞こえる。
多くの人々が観客席から自分のアバターを乗り出して、笑顔で手を振っている。飲み物を、ポップコーンを片手に大口を開けて、席を立って、バーチャルな空間を揺るがすほどの大歓声を上げている。
『いやぁ、見ましたか作次郎さん!』
『とんでもない試合展開でしたね!! まさか――』
歓声に混じって解説が興奮気味に捲し立てるが、上手く聞き取れなかった。ただ俺は観客を見渡して、いつの間にか荒れていた息を整えている。
歓声は鳴り止まない。昂ぶった会場を湧かせるように、色とりどりの紙吹雪が散った。それを見上げる俺の肩を、誰かが叩く。俺は振り返らず、息を整える。整えて、整えて、整えて……
『皆さん! 見ましたね!! ついにあの、「good knight」が敗れました!!』
『我々は伝説を、ゲーム史が動く瞬間を目撃しています!!』
『さぁ、史上最強の「good knight」を超える、新王者の誕生ですッ!!』
見上げる紙吹雪の先、俺ではない誰かが飛び跳ねて喜んでいた。何人も肩を組んで笑い合って、涙まで流して、紙吹雪と声援を独り占めしていた。
いつも、そこには俺が立っていたんだ。いつの間にか当たり前だと思ってしまうほど、その外に居ることが想像できないほどに。
息を整えて、歓声の中心に歩こうとする俺の肩を、誰かが掴んだ。振りほどこうとするが、逆に肩を引かれて、振り返ってしまう。
そこには、俺の見たくない景色があった。さっきまで肩を並べて戦ったチームメイトが、棒立ちで俺を見ている。彼らの顔には黒いモヤが掛かっていて、表情が見えない。
彼らは責めるように俺を見つめて、ゆっくりとこちらへ歩きながらこう言った。
『お前のせいだ』
冷たい声だった。氷よりも、真冬の夜の風よりも冷たい。
『お前があの時勝手に前に出てなかったら勝ててたんだ』
『そもそもちゃんと相手の作戦とか考えてたのか? いつも通り勝てるって楽観的な考えで凸っただけだろ』
『いつもワンマンで無理凸するけど今回は本当に無理だわ』
『なんで今日に限ってこんなミスすんだよ』
『お前はいつもこっちのプランとか聞かないよな。チーム組んでる意味ねえよ』
何人も、何人も、俺を責め立てる。ゆっくりと俺に迫りながら、俺に指を伸ばしながら。俺は違う、と言おうとした。けれど、言葉が出ない。反論をしたいのに、負けた理由を考えれば考えるほど自分の顔が出てくる。
何度も、それらしい言い訳を吐こうとした。けれどもそれより早く、涙と言葉が漏れた。
「ごめんなさい……本当に、ごめん」
歓声は鳴り止まず、後ろで遠く、胴上げの声が聞こえていた。
―――――
「ッ……!? は、はぁ、はぁ……クソ、夢かよ」
荒い呼吸を整えながら、寝間着の袖で顔を拭う。洗濯をろくにしていないから、汚れた袖は酷く臭うが、どうでもいい。ぐしゃぐしゃと顔を拭いて、部屋を見渡した。
灯りの無い部屋の中には、脱ぎ捨てた服と弁当の空箱、空のペットボトルとゴミが転がっている。そこそこ広い部屋だってのに、見た限り足の踏み場もない。
コバエが顔の辺りを飛んで鬱陶しい。払うついでに寝癖の取れない頭を掻いた。
「……」
……これが、一時は世界最強だの、
洗濯も掃除も出来てねえ、風呂にも入らねえ、やるのはアプリで取った出前の飯を食って出すもん出して寝るだけ。カーテンは半年近く開けてない。最後に髭を剃ったのはいつだ?
「……クソ」
駄目だ。考えるな。考えちゃ駄目だ。そろそろ腹が減ってくるから、出前でも取らないと。幸い金だけはまだある。スマホに手を伸ばしてロックを解除し、慣れた手付きで近くの店のメニューを見る。
軽いもので良いから食わないと。そんな考えを遮るように、スマホが震えた。
ただのバイブレーション。何かしらの通知が来ただけだ。だが、俺は無意識にスマホを手放していた。
「ッ……ふ、ぅ……ぅ」
脳裏に過るのは、ネットの書き込み。SNS、掲示板、ブログ。どこもかしこも、同じような言葉が並んでいた。同じような呟きが連投されていた。
見覚えのあるサムネイル、連日トレンド一位を独占して消えない単語。
「クソ……クソ、なんでだよ、なんで……!」
頭を抱えて目を閉じても、すらすらと書き込みが頭を過ぎる。
『good knightも終わったな』
『ゆうて若さと勘でゴリ押してた一発屋でしょ?妥当』
『最近プレーが俺様って感じだったし、スカッとしたわ』
『good knightの負けシーン集の再生数エグいww』
『引退前酷かったなマジw晩節を汚すってやつか』
『NxFに負けた辺りで引退すればマシだった定期』
『good knightの負けたシーン切り抜くだけで万バズ行けるのウマすぎww』
『逆にこれどうやって負けるんだよって状況でキレイに負けるからそりゃなwピタゴラスイッチみたいで気持ちいいわ』
「うるせえうるせえ、黙れよマジで……!」
苛立ち混じりにベッドを殴る。どいつもこいつも、不敗神話がどうとか、新しい時代がどうとか言いやがって。人がどんな気持ちでプレイしてるのか分からねえで騒ぎやがって。
――ヴヴ、とまたスマホが震える。んだよ、いい加減にしろ、と投げていたスマホを掴んで画面を見ると、そこには見慣れた名前からの
「『ラクト』……なんで今連絡取ってきたんだ」
頭を掻きむしって、また考える。ラクトは……俺が所属していたプロゲーマーチーム『Inflation Frenzy』――通称『インフレ』のメンバーだ。俺が……いや、『good knight』が終わったあの夜も、ラクトはその場に居た。
感情の浮き沈みの激しいやつなのに、ゲームになると別人のように冷静になるやつだった。メンバーの中でもゲームの知識量と理解力がズバ抜けてるから、チームのブレインをいつも務めていた。……もっとも、俺はいつもラクトのプランをぶち壊していたが。
そんなアイツが、何故。理由の検討が付かないし、送った内容もわからない。見ればその瞬間に既読が付いてしまうので、見ようにも見れない。続く文章も、全く送られない。
……しばらく悩んでから、俺は静かにDMを開いた。
送られてきているのは、二本の動画。どちらも同じゲームのプレイ画面だ。一瞬、嫌な動悸が走ったが、深呼吸して一本目を見てみる。
「……ゲームのプロモーションビデオ?」
ゲーム名は、『idea is you』。全く聞いたことが無い。流れる映像の質からして、かなり新しいゲームだろう。……凄いな。なんだこのグラフィック。
「ジャンルはVRMMORPGか。一時期流行って殆ど死んだやつじゃないか」
ストーリー的なところは興味が無いのでスルーだが、見た限り一時期流行ったファンタジーなタイプのMMOらしい。断言は出来ないが、少なくとも俺が触れないタイプのゲームだ。
俺が得意なのは……得意なのは。
「……」
スマホから映像と音が垂れ流されて、部屋の中に響いていた。それをぼうっと見つめて、懐古する。大会で優勝しまくって、一番脂が乗ってた俺に、記者が問いかけた質問だ。
『good knightさん! 得意なゲームと、苦手なゲームのジャンル教えてください!』
『え、あー。んー……まあ、身体動かす系なら大体全部得意ですよ』
その言葉に偽りは無いつもりだった。実際に、俺はどんなゲームでも結果を残してきた。レースゲーだろうが格ゲーだろうが、スポーツゲーだろうが、シューティング、バトロワ、MOBA……全部。全部だ。身体を使った対人戦なら俺は無敵だった。
地方の大会でも、都会の大会でも、国際大会でも関係なく俺が勝った。俺が一番強かった。
「……」
いつの間にか、スマホの画面が暗くなっていた。動画が終わってしまったらしい。まあ……見た限り普通のゲームだ。惹かれるところはまるで無い。そもそも、そんな余裕は俺に無い。
だから、もう見なかったことにしようと思っていた。だが、またスマホが震えて、今度はメッセージが送られてくる。それを反射で見てしまったことが、俺の今後を大きく変えてしまった。
『二週間くらい前に出たゲーム』
『一緒にやろうぜ』
『ちなみに二本目の動画、俺視点のプレイ動画な』
「……いや、やらねえよ」
ため息を吐いた。ステータスを積み上げて殴るタイプのゲームはあまり好きじゃないんだ。それに今は、何もしたくない。送られてきた動画を見るつもりもない。どういう意図で連絡を取ってきたのかは知らないが、この話はこれで終わりだ。
既読無視で終わらせるつもりが、もう一度メールが送られてくる。呆れながらそれを一瞥して、真顔になった。
『戦ってるのはクエストのボスで動きが格ゲーのキャラみたいなんだけどさ』
『ぶっちゃけお前より強いわコイツ』
「そんな訳ねえだろ」
思わず即答して、ハッとなった。昔の癖……じゃないな。俺の中に根付いた、悪習だ。散々に叩かれてきたから、それはもう止めたつもりだった。
『パリィの精度が精密機械並みだし、目線と人読み完璧だし』
『極めつけはこのコンボな。投げモーションキャンセルから最適コンボ綺麗にキメてくる。小足で浮かせて投げハメしてくるのもテクい』
『形態変化した後のダウン連とか、アガッてるお前より早いわ』
長々と連投が続く。弄ばれている感覚がある。上手く口車に乗せられているんだろう。だが、不思議と俺は口角が上がっていた。本当に久し振りに笑っていた。
軽く一年ぶりくらいの微笑を浮かべながら、もう一本の動画を再生する。ラクトらしきプレイヤーの一人称視点の動画だ。戦っている相手は……白い法衣に身を包んだ悪魔っぽい見た目のジジイだ。
ラクトは剣と盾ではなく、ヴァイオリンを手にジジイに突っ込み、他のプレイヤーと協力しながら、派手に戦う。
雷や炎、竜巻の隙間を潜り抜け、何やら変身のような物をキメているプレイヤーを尻目にジジイへヴァイオリンから飛び出すエフェクトを叩きつけ、反撃で吹き飛ばされ、そしてなんとかそのHPを削り切った。
映像は最後に、笑顔で駆け寄ってくる他プレイヤーを映して終わる。
「……」
シークバーに触れて、最初からもう一度動画を再生した。気になるところで止めて、巻き戻して、再生速度を落として、拡大して、何度も見る。
気の済むまでそれを繰り返してから、俺はDMを開いて、久々のメールを送り返した。
『いや、俺の方が強い』
送ってから、しまった、と思った。何を昔のようなことを、とすぐに送信取り消しをしようとして、既読が付いてしまった。俺は息を呑んで、返信を待つ。『ラクトが書き込み中』の表記が出て、こう返ってきた。
『知ってる』
『でも実はコイツ、本当は大ボスじゃなくてさ』
『体力バーみたいなの出てないじゃん?所詮は中ボスってわけ』
『大ボスは今の俺達じゃ無理っぽいんだよね。戦っても一瞬で全滅したし』
でもさ、とラクトは続けた。
『お前なら、どうなんだろうな』
その文字を読み終えた瞬間、無意識にまた笑ってしまった。流石というしかない。俺みたいな勘だけのヤツとは訳が違って、根本的に口が上手すぎる。
俺はしばらく固まって、こう返した。
『ゲームの名前、なんだっけ。ムービー頭に入らなくてさ』
『idea is you』
そうして俺は、俺の運命に出会った。
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