【完結済】魔より嶮しく、人より脆く

不思議たぬき

一章:己

 



「あなたの罪を教えてください」


「——思えば、小学二年生の時、魔境臨界した時から始まったのだと思います」




 二〇四二年、僕が小学生二年生の時、ちょうど秋に入りたての涼しい時期でした。僕も同級生の友達も、まだ半袖半ズボンで駆け回っていた季節です。


 夕暮れ時に、聞き慣れないサイレントの音が響きます。『緊急避難警報が発令されました』、と。

 当時子供だった僕はちゃんと意味を理解できていませんでしたが、”いつもと違う”感じだけは受け取ったのでしょう。そわそわしながら家に帰りました。



 いつもは厳しく仏頂面の父も、その日だけは子供の目から見ても不安そうで、そんな父を見て僕も不安そうにしていたのでしょう、母は「大丈夫だからね」とずっと僕の隣にいてくれました。


 それから小学校はしばらくの間、リモート授業になりました。母も中学の教員だったのですが、リモートで家から授業をしていました。

 僕にとってはずっと母と一緒なのが嬉しく、またちょっとしたお祭り感もあり、楽しくしていたんだと思います。


 その代わり、父は数日帰ってきませんでした。金融関係の仕事をしていたのですが、何かと変わる状況に追われていたのでしょう。

 何日おきかに帰ってきた父はいつも難しい顔をしていて、内心は帰ってこなければ良いのに、と思っていました。



 この騒ぎが『魔境臨界』と呼ばれる事を知ったのは、それからしばらく経ってからでした。

 友達とのチャットの中で自然と流れてくるニュースでは、『魔物』や『魔力』、『スキル』など、僕たちアニメ世代からすると聞き覚えのある単語がたくさん並んでいました。


 上級生は誰が強いだの何が最強だの、あーだこーだと興奮していましたが、僕にはまだピンときていませんでした。

 僕は少し周りと比べて幼い部分があったみたいで、みんなが青年誌を読んでいる中、いまだに少年誌を読む様な子だったのもありました。


 世間的には、三年くらい荒れに荒れたんじゃないかと思います。どうせ日本は終わりだという終末論派と、勉強よりも体を鍛えた方が良いという武闘派が騒いで、ひどいところだと学級閉鎖したところもあると聞きました。

 両親があまりニュースを見せない様に振る舞っていたのでしょう、ここでも僕は取り残されていました。どこか上の空というか、自分とは違う世界の話のようで、真に受けていませんでした。


 むしろ僕は、母への憧れから先生になりたい、と漠然と思っていました。小学校だとか中学校だとか、そういったものはまだ考えてなかったと思います。

 ただ、毅然と教壇に立ち、時に優しく包み込んでくれるような母にただ憧れていました。


 頭の方は、まあ、それなりの出来だったと思います。一応、教師の息子ですから、プレッシャーもありましたし、プライドもありました。




 中学校へ上がる頃には混乱も落ち着き、みな通常の生活に戻っていました。魔法や魔物との戦争が体系化されてきた頃です。

 ただ、今思えば戦争とはそういうものなのですが、やたらと愛国心や人類の権利を囃し立てるあの雰囲気は、なぜだかとても嫌いでした。


 中学二年生になると、一斉に一律で、魔力検査というものを行います。そこで魔力適正やスキルといったものを知らされる訳ですが、この結果が人生の全てと言わんばかりで、くだらないと斜に構えていました。

 なぜなら僕は先生になりたいのであって、軍人になりたい訳ではありませんでしたから、どんな結果が出ようと関係なかったのです。



 ところが僕は、なんの運命か魔力適正Aと〈双極〉というスキル持ちという、そこそこ優秀な結果を出してしまいました。

 魔力適正Aは100人に一人、学年に一人いるかいないかという優秀な結果です。〈双極〉も派手ではないものの、柔軟な立ち回りができる優秀なスキルでした。


「あいつすげー」とか、「なんであんな奴が」とか、賞賛とやっかみの声が色々なところから聞こえて来ました。

 僕もなんとなく周りの声に乗せられて、有頂天だったのだと思います。

 結局、僕は大きな期待を裏切ることが出来ずに、魔境軍人学校への進学を決めました。


 軍人学校への進学は"栄誉"であり"使命"だという考え方が蔓延していたあの頃は、その異常さに気付かないまでも、違和感を感じていました。

 この違和感を無視せずに、ちゃんと向き合っていれば、今の僕はなかったんじゃないかと思います。


 唯一、母だけは僕の深層を理解していたみたいで、しきり「大丈夫か?」「無理していないか?」と聞いてくれましたが、思春期だった僕には、それが逆に軍人学校への進学を後押ししました。



 検査後の学校生活は、それはそれは楽しかったのを覚えています。検査の結果がそのままカーストに直結していて、僕は"冴えない優男"から"学校一イケてる男"に早変わりしたのですから。自分で言うのもなんですが。


 僕にその気がなくとも、勝手に周りが気を遣ってくれるし、女の子も寄って来ました。逆に今まで仲の良かった友達が疎遠になったり、好きだった女の子までゴマをするようになって、物悲しさを覚えました。


 唯一の救いだったのは、学年から魔力適正Sの人が出たことです。そうでなければ、僕はこの時点でもう少し鼻を高くしていたと思います。

 彼がどうなったかはわかりませんが、それはそれは良い人生を送っていることかと思います。彼との邂逅は、魔力検査の結果発表の際に、一度だけ目があったきりです。



 三年生になってからは、僕は通常授業が免除になりました。進学先も決まっているし、勉強より戦いを学んだ方が良いからです。

 しかし僕は通常通り、授業に出ました。別に、目立ちたかったからとかではありません。たぶん、まだ先生になりたいという気持ちがどこかに残っていたのでしょう。

 それを見て皮肉だなんだと言う輩もいるには居ましたが、魔力適正Aですから、直接言ってくるような強者はいませんでした。


 結局、僕は軍人になると言うことの意味の本質を理解せず、なんとなくの連続で、まるで特急列車に乗っているかのように、卒業を迎えることになりました。



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