第17話 オマケ 裏話 妹は目撃した
電車に乗ると、幸いなことにすぐ近くのボックス席が空いていた。
そこに二人で斜めに向かい合って座る。
汽笛が鳴り、ゆっくりと電車が動き出した。
その直後、座る席を探しているらしい客が一人、二人の横を通り過ぎた。
その客は、ルリアの背後のボックス席へと腰を下ろした。
やがて、ルリアが口を開いた。
「先日貸していただいた漫画、読みました。
面白かったです。ありがとうございました」
「……そうか」
「妹さんにも、そう伝えてもらえたら嬉しいです」
「あぁ」
ミカゲは、視線を床に向けて無愛想な返答をした。
ルリアを直視してしまうと、言葉が出てこなくなるからだ。
視線は床に向けたまま、ミカゲは無愛想ながらもこう続けた。
「俺も、る――冷泉が貸してくれた小説読んだ」
ミカゲは未だにルリアの名前を呼べずにいた。
照れくささが先に出てしまって、どうしても呼べないのだ。
幸いなのは、ルリアがそのことを気にしていないということだろうか。
苗字なら大丈夫なのだ。
普通に口にできる。
でも、彼女の下の名前は口にしようとするとどうにも上手くいかなかった。
「そうですか!」
ルリアの顔がパァっと明るくなる。
「おもしろかった。
あの、アレだ、チーズケーキ食べて推理する爺さんの話とか」
「オルツィですね」
【隅の老人】という小説だ。
オルツィというのは、その作者の名前である。
「ブラウン神父はどうでした?」
「冷泉には悪いが、俺の好みには合わなかった。
端的に言えば、読みにくかった」
「そうですか」
正直に言っても、ルリアは嫌な顔ひとつせず受け止めていた。
そういう意見もあるよね、といった程度だ。
ルリアは国内外の古典ミステリ小説をミカゲに勧めていた。
では、ミステリマニアもしくはオタクかと言われればNOである。
そこまで詳しくないからだ。
それはミカゲも同じだった。
漫画は読むが、オタクというほど作品に触れているかというとそうでもない。
兄や妹の方が詳しい。
「少し調べたんですけど、漫画にもミステリ漫画というのがあるんですね。
私、なにも知らなかったので、そちらも読んでみたいなって思いました」
「そーか」
「はい」
やがて、電車が目的の駅に停車した。
二人は電車をおり、改札を抜ける。
駅を出る。
日曜日だからか、人が多かった。
しかし、人が多い理由はそれだけでは無いらしい。
すぐ近くの道路を封鎖して、フリーマーケットが開催されているのだ。
「なんなら、少し見てくか?」
「え、良いんですか??」
「図書館に足が生えて逃げるわけじゃないからな」
それは彼なりのジョークだった。
下手くそなジョークだ。
本心は、ルリアと少しでも一緒にいる時間を延ばしたかっただけだ。
図書館に行って、本を選んで終わり。
それだと余りにも、味気なさすぎる。
「まぁ、冷泉が嫌なら別に」
「いいえ!全然!!
嫌じゃないです!!」
ルリアはミカゲの言葉を遮って、そう言った。
「そ、そっか、なら、少し見てから行こう」
「はい」
二人は歩き出した。
しかし、歩幅が違うのと人混みでミカゲはさっさと先に歩いていく。
それをルリアは必死に追いかける。
途中で、ミカゲはルリアが遅れていることに気づいて戻ってきた。
そして、
「ほら」
物凄く自然な動作で、ミカゲはルリアに手を差し出してきた。
「え、あ、え??」
「迷子になったら、探すの大変だろ?
俺、スマホ無いしさ」
「う、あ、あ、あの、はい」
ルリアは動揺しつつも、その手に自分の手を重ねた。
優しく、ミカゲに握られる。
ルリアも握り返した。
そして、また二人ならんで歩きだした。
(うぅ、小さい子扱いされてるのかなぁ)
嬉しさと、不甲斐なさで自虐的になるルリア。
一方、ミカゲはと言うと、
(…………やっべぇぇえええ!!
つい、手ぇだしたけど。
うわうわ、繋いじゃってるよ。
俺、手ぇ繋いじゃってるよ!
嫌がってないか??
大丈夫か??)
パニックになっていた。
その手は様々な不良の血を吸って、沈めてきたものとは思えないほど、優しくルリアと繋がっている。
さて、この一部始終を見ているものがいた。
人混みの中から、それを偶然見てしまったのは、友人と遊びに来ていたミカゲの妹――イオリだった。
イオリは、UFOか妖怪でも見たかのような顔をした。
「え、なん!??ええ?!?!」
兄が、不釣り合いなほど綺麗な人と一緒に歩いていた。
自分が見たものが信じられなくて、しばらく彼女は呆然とするしかなかった。
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