第151話 ジャンニを追う者

 アリアお嬢さまがジャンニに渡したもの。

 それは、きっとデルカさまが病死ではない証拠品だ。


 急いでジャンニを追おう。

 事情を伝えて証拠品を受けとり、ジャンニを守る。

 これがあたしがやるべきこと。


 敷地内から出て、すぐに辺りを見渡した。

 どこにもジャンニの姿がない。

 思ったより足が早いようだ。


 どこだ、どこだ?

 

 あたしは邸宅を離れ、市場に向かった。

 アリアお嬢さまがジャンニになにを伝えたのかわからない。

 どこかに届けてほしいと頼んだ?

 それとのも、証拠を捨てるように指示した?

 わからないから、ジャンニの行き先の見当がつかない。


 どこだ?


 市場のどこを探してもジャンニはいない。

 

 もし……。


 あたしは思考を巡らせた。


 どこかに届けるよう頼んだのなら……。

 いや、この可能性は低いかもしれない。

 確実に届けたいはずだから、孤児に任せるのは不安が残る。

 使用人に頼むのが一番確実だ。


 となると、残る可能性はあとひとつ。


 証拠を捨てるよう指示されたのなら……。

 人通りの激しい市場では無理。

 捨てるのにもってこいなのは、人気ひとけがない寂しい場所。

 条件に当てはまるのは……。

 荘園の隅に位置する草原地帯。

 あそこなら、あまりひとが来ないから好都合だ。


 場所の見当をつけ、あたしは全速力で走った。

 

 急がないと証拠を失ってしまう。

 どれほど辛くても足は止められない。

 走りながらジャンニの姿を探した。


 この周辺は、あたしが生まれる前、外敵の大規模侵攻があった場所だ。

 荘園が丸ごとひとつ滅んだほど、凄惨せいさんな戦争だったらしい。

 小領主をはじめ庶民たちは絶滅。

 その後、再建されることなく、戦争の爪痕を残したまま放置されている。


 ジャンニを探していると、視界の隅に崩壊した建物などが入ってきた。

 戦争の残酷さをいまに伝えている。

 無念の死を遂げた幽霊たちが出現すると噂があり、近づく者はほとんどいない。


 幽霊なんて怖くない。

 怖いのは、戦争をはじめた生きた人間。


 あたしは冥福を祈りつつ、ジャンニを探した。

 崩壊した小屋、砲弾に当たって半壊状態の教会のずっと先。

 そこに人影が見えた。


 ジャンニ?


 あたしは急いだ。

 壊滅した荘園の先、雑草が生い茂る地帯に到着。

 伸び放題の雑草は相当背けたが高い。

 そのなかにジャンニの姿を発見した。

 ジャンニは雑草に隠れるように身を隠している。

  

 どうしたんだ?

 

 疑問に思いながら、いまのうちに追いつこうとした。

 そのとき——。


 ジャンニに異変が起きた。

 ハッとしたように身を振るわせ、動きだす。

 雑草を両手でかき分けながら走りだした。

 それもものすごい勢いで……。


 なにがあったんだ?


 あたしはジャンニを追いつつ、様子をうかがった。

 ジャンニは必死に走りながら、ときおり後ろを向いている。

 

 なに?


 あたしはジャンニの背後を見た。

 背の高いがっしりとした体格の覆面をした人物が走っている。

 ジャンニの走る速度よりかなり早い。

 このままでは追いつかれる。

 

 あれは誰?


 覆面をしているから人相はわからない。

 でも、悪者であるのはたしかだ。

 見た目や雰囲気からあたしは判断した。


 覆面男がジャンニを追っている。


 どうして?


 覆面男を目で追跡しながら考えた。


 ……まさか。


 背中に冷たい汗が流れた。


 ジャンニはどこにでもいる孤児。

 普通なら、追われる理由などない。

 でも、つい先ほどそれができた。

 アリアお嬢さまのせいで……。


 目的はアリアお嬢さまから受けとったものだ。

 それを奪おうと覆面男はジャンニを追っている。


 ジャンニ、逃げて!

 

 心のなかで叫んだ。

 でも、すでに遅かった。

 覆面男はジャンニの背後まで迫っている。

 

 助けないと……。

 

 瞬間的に思った。

 でも、体が反発している。

 ジャンニを追っていた足が止まった。

 それから、その場にしゃがみこんだ。

 覆面男から隠れるように……。


 あの覆面男から守るなんて無理だ。

 

 あたしは震えながら雑草から様子をうかがった。

 覆面男から発せられる雰囲気が怖い。

 本能が危険信号を発している。

 だから、隠れた。

 ジャンニを見捨てて……。


 ジャンニ、どうか逃げて。


 あたしには祈ることしかできない。

 

 ジャンニは必死に逃げている。

 背後には覆面男が……。

 その距離はわずか。


 追いつかれたら、アリアお嬢さまから受けとったものを奪われる。

 そうなったら、証拠品が手に入らなくなる。


 ジャンニ、どうにかして守って。


 あたしはジャンニを見た。

 すると……。


 ない⁉︎


 先ほどまでジャンニの手にあったものがない。

 

 どうして⁉︎


 あたしは目を見開いた。

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