第133話 包み隠さず話す決意

 一文字、また一文字と暗号が解読されていく。

 その文字を頭のなかにとどめ、繋ぎあわせる。

 そうすると、文章が完成した。


 誰が誰に送った暗号文書なのかはわからない。

 でも、内容や当時の状況を考えれば答えは明らか。


 あたしは唇を噛んだ。


 解読する前……ううん、十年前から予想できた。

 暗号文書になにが書かれているのかを——。

 

 それでも、予想している間は逃げ道があった。

 証拠はないから、決めつけられない。

 噂話はしょせん噂で、デルカさまが毒殺されたなんて嘘。

 殺されたのではなく、悲しいけど突然死だったんだと——。


 でも……。


 噂は本当だった。

 今日、それが証明された。

 

 解読した文章がいつまで経っても頭から消えない。

 何度も繰り返される。


 ——毎日、少しずつデルカに毒を盛れ。


 ようやく証拠を見つけた。

 ただ、この暗号文書には署名がない。

 でも、あたしにはわかる。


 あいつが暗号文書を書いたんだ!


 手に拳を作った。


『ヴィヴィ』

 レオがあたしの腕をつかんだ。

 どうしたのかと心配するような目であたしを見ている。

「ごめん。ちょっと考え事をしてたんだ」

『……もしかして、暗号文書の内容のことを考えてた?』

 レオが聞いてくる。

「うん」

『なんて書いてあったの?』

 興味津々の目でレオが見てくる。


 話そう。

 いま話さないといけない。

 暗号のことだけじゃなく、ずっと黙っていたことも……。


「デルカさまに毎日少しずつ毒を盛るように書いてあった」

 あたしが答えると、レオが驚いた顔をした。

『毒殺されたって噂は正しかったんだね』

「うん」

 答えるあたしの顔をレオがじっと見ている。

 表情からなにか読みとろうとしている感じがした。


 レオはたくさんの疑問を抱いている。

 それは目を見れば明らか。

 でも、遠慮して聞いてこない。

 なぜだろうか……。

 あたしに気を遣っている気がする。

 これまでずっと黙ってきた数々のこと。

 それを聞きだしてはいけないと思っているのかもしれない。


「どうして、あたしが暗号文書を持っていたのか?」

 あたしはレオを見つめ、口を開いた。

 レオがはっとしたようにあたしを見つめる。

「どうして、布が解読に関係すると知っていたのか?」

 レオは手を動かさず、あたしが話すのを聞いている。

「誰がこの暗号文書を書いたのか?」

 レオの視線があたしから外れない。

「暗号文書は誰の手に渡ったのか?」

 レオの瞳が不安そうに揺れている。

「デルカさまに毒を盛ったのはあたしなのか?」

 言い終えたのと同時に、レオが大きく首を横に振った。

 

 否定している。

 あたしが毒を盛った犯人じゃないと信じている。


 話すんだ。

 

 あたしはお腹に力を入れた。


「レオ」

 一段声を落とし、レオを呼んだ。

『なに?』

 レオが首を傾げた。

「いまから全部話すよ。包み隠さずに……」

 レオが神妙にうなずく。

「かなり長くなると思うけどいいかな、話しても」

『うん。聞くよ』

 レオがあたしのなかにある不安を消すように笑顔を浮かべた。


「物心つく前に両親が死んで、あたしは孤児院で暮らしていたんだ」

 生まれや育ちはよくある境遇で、特に変わったところはない。

 他の孤児たちと一線を画しているところがあるとするなら、それは五歳のときに現実を悟ったこと。


 普通に孤児院で暮らしていては、大人になる前に死んでしまう。

 その現実に気づいた。

 特に女は顕著けんちょだ。

 食べ物を奪いあう戦いにおいて弱い。

 おまけに、自立後の職業がないなど理由がある。


 なにがなんでも生き残るんだ——。


 そのため、五歳のあたしは作戦を立てた。

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