第42話 自立後の仕事探し

 ジェロが去り、誰もいなくなった保管小屋で僕は腕を組んだ。

 教会から自立したあとの生活をどうするか……。

 目を逸らしたくなるけど、そうはいかない。

 ちゃんと考えないと困るのは僕自身だ。


 一番良いのは、教会に居続けて採譜師として仕事をすること。

 でも、それは不可能だ。

 孤児である以上、自立の年齢に達したら教会を出なければならない。

 ただし、例外がある。

 それは修道士になった場合だ。

 孤児でも修道士の修行を積めば可能だけど、僕は十中八九受け入れられない。

 声が出ないから。

 歌えない修道士なんて、この教会にはひとりもいない。


 他の孤児たちはどうするんだろう。

 ふと同年代の孤児たちの姿を思い浮かべた。

 修道士になるための修行を志す。

 小領主が所有する家畜場や畑での労働。

 山林での仕事。

 他にも色々ある。

 そのなかで一番人気は商人だ。

 力仕事がきつく、命の危険にさらされる恐れがある。

 それでも弟子入り志願は後を絶たない。

 理由はふたつ。

 よほどの理由がない限り、弟子入りを認められること。

 つまり、来るもの拒まず——門戸もんこが広い。

 残るひとつは、一攫千金いっかくせんきんを狙えるから。

 孤児であっても、利益を生む才能があれば商隊を率いるリーダになれる。


 そういえば、ガイオも商人に弟子入りしたっけ。

 不意に思いだした。

 出会いは最悪としか言いようがない。

 一方的に敵意を向けられ、いじめられたのだから。

 でも、ある時期——協力して火事に対応した日を境に敵対心を向けてこなくなった。

 それ以降、同じ教会内での仕事を通じて、友達ではなく仲間になった感じがする。

 自身の利益のために協力。

 ガイオは個人的感情より利益を重要視している。

 そういった考えは商人向きだと思う。

 

 僕は商人には向いてないな。

 自己分析をして結論を出した。

 ただ、商人という職業は僕にとって利点が多い。

 荷物を運ぶためにいろんな土地を旅する。

 その過程で様々なひとに出会う。

 情報を得るには有利だ。


 チーロの行方。

 もとの世界に戻る方法。

 

 このふたつに関する情報を集めたい。

 そのために商人という職業は魅力的だ。


 向き不向きではなく、利益で考える。

 ならば、僕は商人になるべきだ。

 そのためには商人の弟子にならないと……。


 そう考えた瞬間、自然と体が動いた。

 僕が商人になるための第一歩。

 それは、ジェロに頼むことだ。

 他の商人では確実に門前払いをくらう。

 でも、ジェロなら可能性はゼロではない。

 

 保管小屋を出てジェロを追った。

 うまく思いを伝えられるか不安がぎる。

 でも、それをクリアしないことには前に進めない。

 誰にでもある程度の思いを伝えられないようでは、とても商人にはなれないだろう。


 教会の敷地を出る手前でジェロの後ろ姿を発見した。

 このままでは教会を出てしまう。

 僕たち孤児は許可なく教会から出られない。

 だから、ジェロが敷地を出てしまったらおしまいだ。

 普通ならここで呼び止める。

 話せない僕にはできない芸当だ。

 どうにかしないと。


 とっさに手が動いた。

 地面に落ちていた枝を拾い、思い切り投げた。

 狙い通りジェロに向かって飛んでいく。

「痛っ」

 枝が背中に命中。

 ジェロが振り返った。

「レオ? どうした?」

 ジェロが僕に近づいてくる。

『僕をジェロの弟子にして。商人になりたいんだ』

 身振り手振りで必死に思いを伝える。

 ジェロは真剣な目つきで僕を見た。

 必死さは伝わっているように感じる。

 問題は内容だ。 

 

 ジェロはこの数年で商団で一気に出世した。

 出会った頃はひとつの商隊のリーダーだったけど、いまでは複数を受けもっている。

 弟子入りするならジェロしかいない。

 僕の身の上を知っているし、好意的に接してくれる。

 もし断られたら、商人になる道が途絶えてしまう。

 必死に身振り手振りを続ける。


「うーん、ごめん。よくわからないな」

 ジェロが首を傾げている。

 だめだ。

 少しも伝わっていない。

 こんなことでは商人なんて無理だ。

 わかっているけど、あきらめられない。

 商人になるのがチーロを探す一番の近道だから。

 どうすればいい?


「おーい」

 背後から声をかけられた。

 この声は……。

 振り返るとヴィヴィがいた。

「レオ、また会ったね」

 ヴィヴィがにっこりと笑った。

『まだ教会にいたんだね』

「どうして、まだ教会にいるのかって? ダレッツォ修道士長さまに届け物があってさ」

「よぉ、ヴィヴィ。久しぶりだな」

 ジェロが手をあげた。

 すぐさまヴィヴィも同じような行動を取り、ハイタッチをするように手を軽く当てる。

「そうだね。商売は上々?」

「いまいちだな。外敵の侵攻で治安が悪くなってさ、頻繁ひんぱんに盗賊が出るんだ」

「それはまずいね。小麦の流通がとどこおったらあたしらパン焼き職人も困るよ」

「ああ、わかってる。最大限、努力する」

「ジェロがそういうなら安心だな……って、レオ、ジェロになにか言いたそうだな?」

 ヴィヴィの視線がジェロから僕に移った。

 さすが、ヴィヴィ。

 なにもアピールしていないのに雰囲気で察してくれた。


 チャンスだ。

 僕はここぞとばかりにヴィヴィに考えを伝えた。 

「……つまり、レオは自立後は商人になりたいから、ジェロに弟子入りしたいってこと?」

 ヴィヴィの要約に僕は大きくうなずき、ジェロの腕をつかんだ。

 ジェロは眉を八の字にし、うなっている。

「悪いけど、それは無理だな」

 迷いなくジェロが審判を下した。

 やはり。

 落胆というより、納得。

 それでも、もしかしたらという淡い期待を多少抱いていた。


「どうして?」

 食ってかかるようにヴィヴィがジェロに詰めよる。

「意思疎通が難しいからだ」

「慣れたらレオの言うことが理解できるよ」

「慣れ? 俺はそうは思わない。ヴィヴィが特別なんだよ」

「そんなことないって。やればできる」

「たとえそうだとしても、商人仲間にそれをいることはできない」

「でも……」

「商売人との交渉はどうする?」

「それは無理だから、荷物運び専用の商人になるとか」

「レオの体格では無理だ。盗賊とも戦えないし」

「じゃあ、どうすれば……」

 徐々にヴィヴィの声が弱々しくなっていく。

「レオ、少し待っていてほしい」 

 ジェロが強い口調で言った。

 優しい眼差しで僕を見つめている。 

「自立後の仕事については、ちょっと考えていることがあるから」

 口元に笑みを浮かべ、ジェロが僕の肩を優しく叩いた。

「ヴィヴィ、レオのことは任せてくれ」

「うん、わかった」

 ヴィヴィは心配そうな顔つきのまま、納得したようにうなずいた。


 ジェロもヴィヴィも僕を気にかけてくれている。

 嬉しい。

 でも、待ってばかりじゃだめだ。

 自分の力でどうにかしないと。

 なんとしても商人になってみせる!

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