約束のネウマ——中世ヨーロッパ風異世界に転生、暗号師となって荘園改革に協力します。
こみる
転生編
第1話 転生したはいいけど、なぜこうなる!?
おもしろくもない現実を生きている僕にとって、転生はまさにあこがれ。
情けなくていい。
無能でもいい。
だって、異世界では誰も僕を知らないから。
人生をやり直せる。
しかも、現代知識を持ってチート主人公としてだ。
いざ、異世界へ!
参る、最強の僕になって!
……つい少し前まで意気こんでいた。
転生するなんてラノベみたいな現象が起きたんだ。
誰だって舞いあがって夢を見るだろう。
これが夢か現実かなど考えず、ただ楽しめばいい。
そう思った。
それなのに、転生した途端——。
待ち受けていたのは、ピンチだった。
「うぐっ」
覆面をした男に首を絞められている。
やってきた異世界の風景や歴史的背景、転生後の僕のステータスなど一切不明。
命の危機にさらされ、確認する余裕すらない。
息ができない。
手足をばたつかせ、覆面男から逃れようと試みる。
でも、転生後の僕はどうやら小柄らしく、覆面男に全く歯がたたない。
このままでは確実に死ぬ。
転生していきなり主人公が死んだらどうなる?
考えるまでもない。
ジ・エンド。
ゲームや物語の主人公ならそれでもいい。
でも、現実の僕はどうなる?
し、死んでしまう?
強い危機感と不安感が襲ってくる。
死ぬくらいなら、将来性ゼロの無能でも現代世界で生きていたかった。
転生したいなどと思ったのが間違いだったのか?
息苦しい。
脳に酸素が足りなくなってきたのか、意識が
どうして、こうなってしまったんだろう?
真っ白になっていく頭に、転生前の出来事が浮かんできた。
はじまりは音楽専門学校から戻ってきてすぐのこと——。
「この曲のどこがいけないんだ」
僕はベッドに寝転がり、手書きの楽譜を見つめた。
渾身の一曲、それを担当教師からクソミソに批判された。
ありきたりの展開、新鮮味がない、感情が伝わってこないなど言いたい放題。
だったら、手本として素晴らしい作品を作って聞かせろって思う。
絶対できっこない。
もしそんな曲が作れるなら、専門学校の先生なんてやってないだろう。
怒りが込みあげてくる。
でも、他の奴らは褒められていたよな。
途端に怒りがおさまり、代わりにため息が漏れる。
「才能、ないのかなぁ」
専門学校入学当時は夢見ていた。
在学中に華々しく作曲家デビューする姿を。
当然僕ならできると信じて疑わなかった。
それなのに現実は……。
作曲なんてなんの役にもたたない。
無意味。
だったら、やめてしまえばいい。
わかってる。
でも……。
やめられない。
誰からも認められない現実に僕はいる。
逃げてしまいたい。
僕の才能を認めてくれないこの世界から。
異世界へ行きたい。
無能な僕でも最強になれる可能性を秘めた異世界へ——。
そのときだった——。
完全に眠りに落ちる寸前、まどろみの一歩手前。
そこに放りこまれた。
不思議な気分だった。
普段、眠りに落ちるときとは違った感覚。
魂が抜かれ、飛んでいく。
どこかへと。
ふわふわと漂い、なにかにぶち当たる。
当たって、弾けて、なにかとひとつになる。
その瞬間、見えた。
人工的な建造物ひとつないい緑豊かな大自然。
鳥がさえずり、風に吹かれて葉音が耳に届く。
僕が知る世界とは違う。
日本で大自然といえば北海道。
でも、ここは明らかに北海道ではない。
もっとヨーロッパ的な壮大な風景。
それに、どこか現実離れした美しさと空気感がある。
もしかして、願いが叶って転生したのか?
僕は直感した。
テンションが上がってくる。
どんな異世界に転生したのだろう。
世界設定を確認しようと辺りを見渡した。
ゆったりとした時間が流れそうな田舎風景。
季節は青々とした景色から春か、初夏あたり。
他に手掛かりはないだろうかと思っていたとき——。
僕は目撃した。
五歳くらいの少年が覆面男に首を絞められている現場を。
次に激しい違和感に襲われた。
脳みそに異物が貼りつけられた感覚がする。
違和感の正体を探ろうとした矢先、映画が上映されるように記憶がよみがえった。
*
誰かが見ている。
姿はどこにもないが、全身を突き刺すような鋭い眼光を感じた。
誰かが言った。
金髪に青い目の美少女の口が動く。
『お願い、——を守って。これを持って——に身を——。また——、約束よ』
誰かが恐怖を抱いている。
受け取ったものを大事そうに手に持ち、走っていく。
ひとけがない場所を探し、穴を掘る。
そこに受け取ったものを埋めていく。
誰かが追っていく。
誰かが誰かを追いつめ、首を絞める。
最後に感じた。
激しい悲しみと悔しさを。
*
なにかとぶつかってひとつになった僕は、我に返った。
その途端、肉体的な感覚が襲いかかる。
首の圧迫感。
そこからくる息苦しさ。
酸欠状態で頭がくらくらする。
危機感からか抜かれた魂が戻ってきたように意識が
かっと目を見開いた。
視界が開けると同時に、覆面男の姿が飛びこんでくる。
覆面男が僕の首を絞めていた。
息ができない。
手足をばたつかせど、覆面男は
このままでは異世界で死んでしまう。
なにもできないまま、転生後あっという間に死亡なんて……。
冗談じゃない。
なんとかしないと!
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