第5話 時代を生きるということ
「おや、大成と太陽ではありませんか」
「あ、兄貴!」
「兄貴じゃん! 入学式終わった?」
「終わりましたよ。二人はこんな町中でなにをしているのですか?」
鶴城が声をかけたのは、ファミレスの前にいた小学生。
ランドセルを背負って、鶴城を見るとぱあっと笑顔になった。
どちらも顔が同じに見える。
片方だけ眼鏡をかけているが、かけていなかったら絶対見分けがつかない。
「誰?」
「弟たちです」
「双子?」
「はい。兄が
「俺は神野栄治。お兄ちゃんの同級生」
「あ! 知ってる! ネットでモデルしてる人だ!」
「俺そんな有名じゃないのになんで知ってるの? 怖いんだけど?」
「兄ちゃんの私服探してると出てくる。兄ちゃん私服めっちゃダサいから、おれらで選んでるんだー」
「あーーー……」
思わず鶴城を見る。
歳は同じで背格好はほぼ同じ。
それなら栄治が担当したものに当たるのもわかる。
「お前たちはどうしてここにいるのです?」
「おじちゃんが暴れてるから出てきたんだ」
「
「またですか」
その時、初めて鶴城から嫌悪の感情が出た。
仕方なさそうに弟たちに微笑みかけて、「偉かったですな」としゃがんで頭を撫でてやっているが栄治には見えてしまった。
しかし、微塵もそれを悟らせない。
(ああ、俳優なんだっけ)
子どもの頃から演じることを生業としてきた人間特有の、呑み込む空気感。
家庭の事情に首も足も突っ込むつもりはないので、「それじゃあ、俺は帰るね」と伝えると「え」と三人が驚く。
なぜ驚くのか。
「えーじも一緒にご飯食おうぜ!」
「そーだよ! みずきはえーじのこと絶対好きだと思う!」
「私も神野殿ともっとお話したいです。曲の相談などもしたいですし」
「犬の散歩があるんんだよね」
「犬飼ってるの!?」
「いいなー! 見たい!」
「写真だけならいいよ」
マヨの写真を見せれば「えー、なにこれ」「なに犬?」と話題が続く。
早く帰りたい。
「あー! いっせいにいちゃーん」
「いっせいにいちゃんだー」
「環、葵、迷子にならずによく来れましたな」
増えた。
これが先程言っていた、三男と四男か。
しかしここでまたもや「ん?」となる。
顔が、同じなのだ。この子たちも。
「え? 双子?」
「なんと我が家は双子が三組なのです。従姉妹の姉妹とも同居しておりますし」
「うわぁ……」
聞いただけで大家族ではないか。
少なく見積もっても九人が同居。
なにやら事情のある“おじ”を含めれば十人。
「そうなんだ」
それで忌々しくも鶴城家の懐まで察してしまった。
鶴城一晴という“子役”生まれた理由も、金銭的な事情からだろう。
小学生以下から稼げる職業など芸能界くらいなものだ。
鶴城一晴といえば、時代劇で名を馳せた昨今では珍しい子役上がり俳優。
古めかしい口振と整った顔立ち、殺陣にも秀でており、大人になるのが早かった時代の“子ども”を演じさせたら右に出る者はいない。
それは、きっと彼自身が子どもでいられる時間が、ほとんどなかったからだ。
それを見てしまった。
きっと全部顔に出てしまったな、と思いながらゆっくり視線を鶴城に戻す。
(うわぁ、やな顔してるな)
もちろん、鶴城は笑顔だ。
目が笑っていないだけで。
しかし、悪いのは栄治の方。
先に全部考えていることを顔に出してしまった。
だから栄治も微笑み返してやることにした。
モデルはあまり微笑むことはないが、必要とあらば笑みなど安いもの。
「帰るね」
「わかりました。犬の散歩があるのでは、仕方ありませんね。また明日」
背を向けて、笑みを消す。
本気で気持ちが悪いと思うのと同じぐらい、腹の中の虚空に共感する。
家族が多かろうが少なかろうが関係ないのだな、と感心した。
(同類嫌悪ってこんな感じなんだ)
***
「じいちゃん、昼飯は冷蔵庫に作っておいたからあっためて食べて。マヨには人間の食べ物あげちゃダメだからね」
「おー、わかっとるわ。気ぃつけて行ってこい」
「マヨ、じいちゃんのことよろしくね」
「ワン!」
「行ってきます」
憂鬱すぎる。
昨日の今日なのでより憂鬱だ。
しかも仕事のメールがきている。
夏物新商品の緊急特集。
ふざけてるのか、春だぞ。緊急すぎるだろう。
今日も深々溜息を吐きながら、下駄箱の扉を開けると——上履きがない。
「…………」
クスクスと、後ろで笑い声が聞こえる。
唇で弧を描き、振り返ってやった。
ピタリと笑い声が止まり、むしろ栄治の表情に慄いたような様子。
「ガキすぎ。これだから才能のないやつって無駄なことに時間使って成長しないんだよね」
「!」
鞄から取り出したのは携帯スリッパ。
本当は災害用に祖父が買ってきたものだが、こうなることは予想の範疇。
「まあ、まさか本当にこんな時間の無駄でしかないことをするやつが、この歳になってまだ存在するとは思わなかったよね」
「っ!」
「よいしょ。これなら机とロッカーも面白いものが映ってそうで楽しみだね」
と、言ってわざとらしく下駄箱の片隅に貼りつけておいた小型カメラとUSBメモリを取り外す。
わかりやすく表情を固くする者が数名。
関わっていなくとも、傍観して楽しもうとしていた者はそそくさと教室へと急ぐ。
小中学でもきっと似たようなことをしていたはずだ。
そのクソのような成功体験がなければ、高校でも同じことをしようなどと思わない。
ならばその最低な成功体験を逆手に、思い知らせてやればいい。
「時代遅れ乙〜」
そのまま、まずは教室のロッカーと机のものも回収。
そのあとは職員室だ。
その間もずっと三人ほどの男子生徒——昨日睨みつけてきた者たちだ——が、栄治のあとをついてきて、おろおろとしていた。
謝れば許してやる、なんて言葉でも待っているのかもしれない。
話しかけることも振り返ることもしてやらず、向こうが話しかけてきても「今の時代にバカなことするやつがいるものだよねぇ?」とごまかして笑いかけてやった。
この手の手合いは最初が肝心。
「この業界で生きていくなら、炎上になるようなことは絶対しちゃダメなのにね」
「あっ」
翌日から、クラスメイトが三人来なくなった。
誰も彼らの名前も覚えていなかったから、間もなく忘れらるだろう。
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