第24話
昨日のことはあまり覚えていない。メールを受け取ってから、死んだように眠った。現実から目を背けたくて、夢の世界にひたすら逃げた。逃げても変わらないことは理解しているはずなのに、他に逃げ場所なんてなくて、どうしていいかわからなくて……。自分がこれからどうしたいのかさえも考えたくなかった。今だけは現実逃避させて欲しかった。
さすがに寝過ぎたせいか頭が痛くて、これ以上は眠れなかった。カーテンを開けて、外を見ると、まだまだ空は薄暗くて、とても静かで、僕以外の人がこの世から消えたんじゃないか、と錯覚するほどだった。
眠ったおかげで落ち着くことができた。時間とは偉大だな、と思う。
昨日のことが夢であってほしい、と淡い期待を持ちつつ、スマホを開くが、残酷な現実を突きつけられただけだった。しかし、昨日ほど取り乱すことはなく、やはり落ち着いていた。
そもそも、先輩には今まで意味深な言動をする節があって、最低だ、と口癖のように言っていた。過去の僕のように。正反対だと思っていた僕らは似ていた部分があったのかもしれない。『最低』という口癖にしては、なんともよろしくないものだけど。
先輩は浮気せざるを得ない理由があったんじゃないのか? 半年以上過ごしてきた今の僕なら、先輩が誰かを傷つけて、自らの願望を優先させる人には思えなかった。ポジティブに考えられているのは、先輩を信じたい気持ちが強いからなのかもしれない。
見たくもなかったけれど、何かヒントはないかと思い、もう一度写真を見る。
昨日は気づかなかったけれど、隣の男性が誰なのか思い当たる節があった。電車で先輩に声をかけていたナンパ男だ。
どうしてそんな奴と先輩が……?
あの日以降も先輩に声をかけ、先輩も話してみると案外意気投合したとかだろうか? そもそも、あれから僕に秘密にしながら、連絡を取り合っていた事実に虚しさや悲しさ、寂しさが心を埋めた。なんだか僕の隣にいる先輩よりも、自然体でお似合いに見えてしまう。
気分はすぐにマイナスに転じた。ジェットコースターのように浮き沈みが激しい。僕とはこんなにも感情の起伏が激しいタイプだったのかと今になって気づく。きっと先輩に関するときだけだろう。
あまりにもお似合いで、怒りは自然と湧いてこなかった。先輩が幸せなら、それで……。
今まで僕に見せてくれた笑顔は偽りだったのだろうか? どうして僕に告白して、付き合うことになったのだろうか? わからないことしかない。
わかることなんて一つもなかった。僕は先輩のことがわかった気でいたけれど、全然そんなことなかった。
やっぱり、嫌だ! 先輩の幸せを願っている。願っているけれど、幸せにしてあげるのは僕であって欲しい。隣にいるのは、これからも僕でありたい。これは僕のエゴだ。
僕以外の男とのツーショットが送られてきたけど、それがどうした? 僕の中に一度芽生えた気持ちはそう簡単に枯れるものではなかった。そもそも、本当にその男と付き合っているかもわからないじゃないか。
僕は先輩の本心を一度でも聞いたことはあったか? 時折見せる寂しそうな顔の裏を知ろうと思ったか?
僕はいつも行動に移すことができなかった。現状が変わることを恐れていた。恐れてばっかりだ。楓のことがあったのに、僕は何一つ成長していなかった。
楓と同じくらい大切な先輩のことをもっと知りたい。
意味のわからないメールに踊らされすぎた。きっとあの写真は合成とかではなく、本物だろう。先輩がナンパ男と一緒にいたことは事実だ。けれど、その裏にはきっと何かがある。そうせざるを得なかった何かが。
もし、先輩が彼に好意を抱いて、僕から気持ちが離れているのなら、そのときは諦める。先輩の隣にいるのは、僕であって欲しい、そう思うけれど、先輩が選んだことならば受け入れるしかない。時間はかかったとしても。
しかし、事実と真実は違っている可能性もあるんじゃないのか? あくまで妄想上での話なので、実際のところ本当に裏で付き合っていたのかもしれないけれど、一枚の写真だけで判断するのは早計だと思った。
たった一枚の写真だけで判断するなんて、僕はあまりにも先輩を信用してなさすぎる。真実を確認したかった。今の僕はもう前を向いていた。本当に単純だ。たった数十分の間にポジティブになったり、ネガティブになったり。
明日はちょうど登校日だった。どこかのタイミングを見計らって、先輩を捕まえよう。そして、真実を聞かせてもらう。どんな理由でも、受け止め、受け入れる。
僕が捕まえるまでもないかもしれない。先輩の方からいつも通り話しかけてくる可能性もある。
僕が普段通り接することができるかどうかだけが、心配だけど。
しかし、その心配も杞憂に終わることをこのときの僕は知らない──
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