第20話
「見つかって良かったねぇ」
日も沈み始める時間帯。
僕と先輩は楓のお墓参りに行くために、霊園に向かって歩き始めていた。
「うん。前から思ってたけど、先輩っていい人だよね」
なんだか一文の中に『先輩』とタメが混ざると、違和感を覚える。
「え? 急にどうしたの?」
「だって、見知らぬ人にもなんの見返りも求めずに手を差し伸べる。そんなこと中々できないと思う」
「夏樹くんが思ってるより私はいい人じゃないよ? むしろ、最低なくらいだよ」
トゲがある。鋭利な刃物のような鋭く尖った言葉なのに、どうしてこんなにも爽やかで、清々しい物言いができるのだろう。先輩だから、という理由だけではないような、そんな気がした。俯瞰して自分のことを見ていて、主観を介さず、客観性しか取り入れていない、そんな風な言い方に聞こえた。
僕は言葉に詰まり、何も言えなかった。僕なんかが気安く踏み込んでいい話ではないような気がして、会話を途切れさせず、かつ、不自然な会話にならない言葉を頭の中を駆け回り、探していた。
「なーんてねっ! ちょっと夏樹くんの反応を見たかっただけ。特に気にしないでね」
いつもの調子を装い先輩は言ったけど、どこか無理している。僕は観察眼が優れているわけではないので、見当外れな推理かもしれないけれど、先輩に関することであれば、多少当たるくらいには関係性を築いてきたと思っている。
「あ! 見えてきたよ!」
元気で明るい声が響く。
楓が眠る霊園が見えてきた。
一歩一歩、中へ入っていくにつれて、重々しい空気が漂い始めた。普段おちゃらけている先輩だが、こういうときはふざけたりするような空気の読めないことをする人ではなかった。
最初は僕に意味のわからない質問を投げかけてくるヤバい人だと思っていたけれど、実際話してみると、良識のある、心優しい人だった。
「夏樹くんは、その……よく来てたの?」
先輩は言葉を慎重に選んで、言ったように思えた。
「実のところを言うと、僕もあまりないんだ。この場所に来ると、楓の死と向き合わざるを得なくなるから、避けてきた」
「ごめんね……」
「僕が誘ったんだから、謝る必要なんてないよ。むしろ、決して楽しいとは言えない場所に無理やり連れてきてしまって、申し訳ない」
先輩からすれば他人の妹のお墓に連れてこられた立場だ。流れがあったとは言え、少し強引に連れてきてしまった気がして、申し訳なさがあった。
「無理やりじゃないよ。私は自分の意志で、来たくて来たんだから」
きっと僕に気を遣わせまいと、全力で笑ってくれた。僕は先輩の優しさに甘えすぎているのかもしれない。
「ありがとう。ここだ」
墓石が佇む下には、楓が眠っている。
「妹さんにお兄ちゃんに変な虫がついてる! って怒られないかな?」
「思ってるかもね。自分で言うのもなんだけど、妹からはかなり好かれていた自信はある」
「マジ?」
「マジ。まあ、ちゃんと紹介すれば、わかってくれる理解のある妹だから、大丈夫」
「良かったぁ。彼女です、って挨拶しとくね」
そう言って、先輩は目を閉じ、手を合わせた。僕も先輩に倣った。
楓に色々話したいことがある。僕は心の中で、楓に語りかける──
『久しぶり、になるのかな。最近来れてなくて、ごめん。一人で寂しい思いをさせてごめん。
ごめんばっかりじゃ、気持ちも暗くなるだろうし、謝るのはここまでにして、もっと明るい話をするよ。
楓には言ってなかったけど、彼女ができたんだ。彼女と呼んでいいのか怪しい部分もあるけどね。まあ、話せば長くなるから割愛するけど、一応彼女ができたということにしとく。
一つ上の先輩なんだけど、楓みたいにいっつも笑って、愉快な先輩なんだ。きっと楓とも仲良くなれたと思う。
えっと、今日隣にその先輩がいるんだけど、僕が誘ったんだ。
先輩は僕の楓との向き合い方を変えてくれた。そして、家族の仲を修復させるきっかけを作ってくれたんだ。何が言いたいかって言うと、大切な人なんだ。だから、楓にも紹介したくて、一緒に来てもらったんだ。
こんなこと先輩に直接は言えないから、心の中だけは素直になることにするよ。
長々と話してしまったけど、まだまだ話したいことはたくさんある。近々、父さんと母さんとまた来るよ。そのときにまた続きを話すことにする。
またね』
僕はゆっくり目を開けた。
赤く染まった世界を見ると、楓のいない現実に引き戻されたが、気分は清々しいものだった。僕の心の中の陰は綺麗さっぱり消えたようで、前よりも卑屈度が下がった気もする。
隣の先輩はまだ目を瞑っていた。
少ししたら、目を開き、「お待たせ」と一言言った。
「言いたいことは言えた?」
「うん。先輩、長かったね。楓も喜んでると思う」
こんなにも会ったこともない楓のことを真剣に考えてくれたことが嬉しかった。
「どうだろね? 色々言うことあったからねー。まず、挨拶でしょ? それから私たちの関係についても話さないといけなかったし、あとは……秘密。女子二人だけの秘密! 男子禁制です!」
聞き出そうとする気も毛頭なかったので、そうか、とだけ言って微笑んでおいた。
「日も暮れてきたし、帰ろうか」
「うん!」
元気のいい子どもみたいに返事した先輩と僕のやりとりを傍から見ると、どっちが歳上かわからないんじゃないだろうか。僕も敬語を使わなくなったし。
霊園を後にし、駅に向かう。電車はタイミングよく到着し、乗りこんだ。
人はそれほど乗っておらず、僕らは座ることができた。普段通りの会話をし、ぼーっとしているといつの間にか最寄駅に着いており、焦りながら先輩に別れを告げて、降りる。
先輩と過ごす日々は楽しいもので、僕が経験できなかったことをさせてもらっている。本当に感謝しているし、これからもこういう日々が続けばいいな。そう思うようになっていた。
しかし、先輩も高校三年生になり、受験が控えている。勉強の方は大丈夫なのだろうか? 先輩の口から受験生に相応しい言葉を一度たりとも聞いたことがない。
うちの学校は自称進学校と呼ばれるレベルの高校なので、高校二年生で勉強に精を出す生徒は少数派だ。けれど、高校三年生ともなれば、それなりに勉強する人は増えて、夏頃には自習室も受験生で埋まることになる。
春もそろそろ終わる。先輩から知的なオーラは感じないが、陰で勉強しているタイプなのかな。そういった話題の話をしてこなかったので、全くわからない。どこを目指しているのかもわからない。もしかしたら、地元を離れるのかな……。その可能性もゼロではない。一回過ぎった考えは僕を不安にさせるには十分な威力を持っていた。先輩がどこか遠くへ行ってしまうのだとしたら……嫌だな。もっと色々話したいし、これからも関係が続けばいいなって思う。
次に会ったとき、一度訊いてみることにしよう。
そんなことを考えていると、スマホが揺れ、メールを受信したことを教えてくれた。
スマホを見なくとも、送信者が誰なのかわかった気がした。
『当たってただろ?』
やっぱり、そうだ。
今朝、『ミライのボク』からのメール通りの出来事が、今日も起こった。受信するまですっかり忘れていたけれど、今日もしっかり当たってしまったのだ。
帰宅してからゆっくり考えよう。今はメールのことなんてあまり考えたくない。今日の余韻を忘れぬうちに、少しでも覚えていたかった。
先輩と神ヶ谷公園に行ってから、三週間。先輩と会うことはなかった。
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