脳を破壊されてから始まる転生生活

人類種の点滴

第1話 致命的に崩壊している家庭

「憑依先の半生で下手な官能小説が出来ちゃう…!」


 少年は無理やり絞りだした様な声でそう呻きながら,部屋の真ん中で四つん這いになって項垂れていた。

 少年の名前は柊巧ひいらぎたくみ,元父子家庭で最近再婚した。再婚当初は義母と連れ子の義妹との関係は少しばかりギクシャクしていたがそれなりに良好だった。義妹である柊巴ひいらぎともえに対して巧は淡い想いを抱いていたが,義理とはいえ兄妹。法律に明るくない巧はこの気持ちに蓋をして新しい恋を探すことにした。無理やりにでも意識を変えたことが功を奏したのか。或いは憑依する前の巧に魅力があったのか,彼女を作ることに成功した。彼女の名前は,葛城鳴海かつらぎなるみ。ボーイッシュな見た目で,健康的な足が魅力的な少女。

 彼女が出来たことで,メンタルも立て直したのかリア充街道まっしぐらであり,将来について希望を持っていた。しかしそれは儚い幻想だった。

 彼女が自分の父親に抱かれていた。それが無理矢理ならば巧も血縁関係があっても父親に対しておおいに反抗しただろう。しかし,鳴海は嬉しそうに父親に自身の体を差し出していた。そして,鳴海以外にもその場には義理の母に義妹の巴もいた。なんなら,女友達で胸を張って親友と呼べる少女すらも居た。その情景は,ハーレムといって差し支えない状況だった。

 自分の父親が,恋人を寝取って義母に義妹まで囲って爛れた生活をしていた。そして,彼女からは別れを告げられず今もズルズルとカレカノの関係が継続していた。巧は誰を信じればいいのか分からなくなっていた。義母はまだいい。再婚相手だ,しないよりかはまだ健全な方だろう。しかし,義妹に始まり彼女まで手を出すとは。自身の年齢と相手の年齢を考えた方が良いのではないか。

 巧は警察などに駆け込まないだろうと高を括っていたのか。離婚してから父子家庭の時は,よき父親であった筈なのに。その時の顔が巧には既に思い出せなくなっていた。心が限界を迎えようとしていた。

 限界まで摩耗した心は,風化したガラス細工の様で脆く崩れ去った。平たく言えば,廃人になった。心を殺した。再起不能になるまで,何も感じないようにするため,これ以上苦しまない為。そうして伽藍洞になった肉体に,彼が入ったという訳である。


「NTRとBSSねぇ…。片方は単純な失恋だけど,まぁこれで脳破壊される人は一定数居るらしいし,そういうことなのかな」


 彼にとって巧の事情は他人事だった。事実,体から記憶は反映された。が,それが『復讐してやる!』となることは無かった。復縁迫られたり,肉体関係を迫られた場合はどうなるかは分からないが。いや,肉親と穴兄弟はごめん被る。もっと単純に,一度裏切った相手が信用できないのだ。一度やれば,心理的ハードルはほぼ地面だ。後は安心して転げ落ちる事だろう。裏切りの快楽を知った人間なんて,そんなものだと憑依した彼は考えていた。


「ていうか,これって転生になるのか?憑依じゃない?いや,漫画とかでよくある赤子から記憶たっても拷問だけど…」


 うごごご…頭を抱えながらそう呟いた。どちらの方がマシかなんて,水掛論も甚だしい。結果だけで見れば,『見た目は子供頭脳は大人』みたいな事態なり子供のフリをする方が辛いだろう。彼のメンタルは子供のフリをするほど強固ではない。

 はてさて,困った。彼と巧は完全に別人だ。見た目だけが同一の別人。性癖も違うし,好みも違う。過去の記憶からある程度の擬態は出来るかもしれないが完璧ではない。肉欲に溺れている肉親達はある程度誤魔化せるかもしれないが,普通の級友達は誤魔化すのは至難の業であろうと彼は感じていた。

 もういっそのこと,イメチェンで通らないかなぁとすら考えていた。楽観主義は,時と場合を選ぶ。しかし,解決方法なんて手元に存在しない。どれだけ頭から知恵を捻り出そうとしてもうんともすんとも事態は好転しない。結局,彼は素直にあきらめることにした。これまでの悩みは一体…。

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