ガレージショップ

あべせい

ガレージショップ



「おい、やって来たゾ。おもしろそうだから、見てみろ」

 民家の居間のガラス窓から、閉じたカーテン越しに、外を覗いている中年男の眼がある。

 その男の眼が向いているのは、その家の玄関右横に設けられている四畳半ほどの駐車スペースだ。

 男の家には、以前は車があったが、思ったより維持費がかかることから、去年売り払っていた。

 奥から、妻らしき女性の声がする。

「あなた、よしなさいよ。トラブルになっても知らないから」

 駐車スペースには、腰ほどの高さの簡便な横長の机が4卓、壁沿いに並んでいて、その上に、雑多な品物がところ狭しと並べてある。掛け軸をはじめ、大は傘立てから小はお猪口などの焼き物、古い道具類、トースターといった大昔の家電、ダイヤル式の電話器などなどだ。値段は「500円均一」と表示がある。

「ねえ、これなンか、おもしろくない?」

 そこに入ってきた20代のカップルが、商品を手にとって、話している。

 民家の前の道は、駅から首なし地蔵で知られる観光スポットに通じる、幅4メートル弱の歩行者専用道路になっている。

 平日はそれほどでもないが、土日祝日は、お目当ての地蔵を見に行く観光客で、ぎっしり埋まる。

「いいから、帰りに寄ろうよ。先に、お参りをすませたほうが安心だろう」

「そうね」

 それで、お客はいなくなった。

 民家の中から見て、そのガレージショップの前は、右から左に行く人の流れが、クビなし地蔵のお寺に参詣する観光客、逆向きが駅に帰る観光客の流れになる。しかし、このガレージショップがオープンして1ヵ月になるが、参拝帰りの観光客が立ち寄ったことは、不思議に一度もない。

 その民家の主、絵矢史馬(えやふみま)は銀行員であり、勤務のない土日祝日だけ、ガレージショップを開いている。

 30分ほどして。史馬の叫びにも似た声が響く。

「オイッ!」

 妻の数実が奥から現れる。

「なに、あなた。いい加減にして。カーテンの隙間から、外を覗くのは……」

「そうじゃない。さっき、うちの商品を見ていたカップルが、向かいに入って行く……」

 数実も見て、

「そうね。お向かいは喫茶室だから……」

 史馬は、心外といった顔付きで、

「そうじゃない。あのカップルは、どうして、うちに寄っていかないンだ」

「コーヒーを飲んだら、寄っていくンじゃない?」

「向かいの喫茶室の入り口は、うちのショップの出入口から見て、少し駅寄りにある。うちに来るとなると、後戻りだ」

 なるほど、絵矢家のガレージの出入口は、向かいの喫茶室の入り口、すなわち、向かいのドアに比べ、3メートルほど、駅とは反対の地蔵側に位置している。駅に帰る観光客にすれば、ガレージショップに立ち寄るためには、少し後戻りすることになる。

 数実は、呆れて、

「そんなこと、どうだって、いいじゃない。どうしても欲しいものがあれば、戻って買っていくわよ」

「……」

 史馬は言い返せない。口では、妻に敵わないことを知っている。

「あなた、くやしいンだったら、うちも喫茶室にしたら?」

「お向かいの経営者は、未亡人だろッ」

「エッ、そうなの? あなた、よく知っているわね」

 数実が不思議そうに史馬を見る。

「い、いや……女がひとりだから、そんな気がしていた……」

「1ヵ月ほど前、越して来られて、ご挨拶もいただいたわ。あのとき、あなたはいなかった?」

「いや、よく覚えていない」

 史馬はことばを濁す。

 数実が続ける。

「あのとき、30半ばの女性がおひとりだった。『ご家族は?』って聞きたかったけれど、そういう雰囲気じゃなかったわ」

「どういうことだ?」

「なんていうか。愛想笑いは浮かべていらっしゃるンだけど、堅くて、それ以上は踏み込ませない、って感じ……」

 数実はそのときを思い出すようにして、向かいの家をもう一度見た。

「お向かいの家って、前は洋食屋さんだったわね」

「小さな小さな。10人も入れば、外にあふれるほどのな」

「元はよくあるふつうの民家だったのに、1階部分をぶちぬいて、机と椅子を並べて洋食屋を始めたじゃない。それが半年ほど続いて、突然暖簾が消えて、ご家族の姿も見えなくなった。あとで、あれは夜逃げだ、って噂がたったわね」

「リフォームにお金を掛け過ぎた割りに、客足が伸びなかった。当然だ。うちのように、土日祝日だけにしておけばよかったのに、平日も営業したから、赤字がふくらんでいったンだろう」

「それは仕方ないわ。脱サラして退職金を注ぎ込んで始めたらしいから、引くに引けなくなったのよ。年寄り夫婦だけでやればよかったのに、年寄りだけじゃ陰気だと言って、若い女の子をひとり使ったことも、響いた、って聞いたわ」

「洋食屋のご夫婦は、うちがここに越してくる前からの住人だよな」

「そォ。町内会長さんから聞いたンだけれど、20年以上も前からおられた方ですって」

「それが夜逃げか。で、競売に掛けられたあの家を不動産屋が落札して、貸家になった。洋食屋から喫茶室なら、そんなに造作を変えることもなく、始められたってことか」

「それでも、2百万円ほどかかっているンですって」

「それも、町内会長の話か?」

「会長さん。お向かいさんには熱心みたい」

「あの会長、奥さんに死なれて、2年ほどか。そろそろ、だな……」

「なに、そろそろって?」

「後添えが欲しくなった……」

「まだ、40代半ばですもの。当然よね。古くからの自転車屋さんで、マンションのオーナーだから、自転車屋で食べているわけではないから、呑気なものよ」

「名前は?」

「端石さん、っておっしゃるはずだわ」

「駅から10数分の、自分のマンションの1階で、自転車をやっているンだろう」

「代々、老舗のお蕎麦屋さんだったンだけれど、いまの代になってから、蕎麦屋兼自宅の敷地に、9世帯が入るマンションを建てて、1階で自分の好きな自転車屋を始め、最上階の5階がご自宅になっている」

「おまえ、いやに詳しいな。あの会長に、目をつけられているのか」

「あなた、やきもち?」

 史馬は図星を突かれて口を閉じた。

 数実が続ける。

「でも、喫茶室の未亡人と、マンションオーナーの男やもめだったら、時間の問題かもね」

「猫に、かつお節か……」

「あなた、いやな言い方しないで……」

「さっきのカップル、出て来たゾ」

 史馬は、身を乗り出すようにして、カーテンの隙間に目を押し当てる。

 数実も、つられて柱とカーテンの隙間から覗く。

 カップルは、駅の方向に行きかけたが、女性が何かささやき、2人は史馬の家のガレージに戻ってきた。

「よしッ、ひとつ勝負してみる」

 史馬は、奥に消えた。

「あなた、なにをするつもり?」

 数実は心配になって、後を追った。

 すると、史馬はジャケットを羽織り、肩からショルダーバッグを吊り下げ、玄関に現れた。

 数実は、靴を履いている史馬に、

「あなた、なにをするつもり?」

「まァ、見てろって。何もヘンなことはしない。この商売の行く末を見るだけだ」

 史馬はそう言うと、玄関ドアをそォっと開き、通りに出て観光地蔵の方角に足を向けたかと思うと、10メートルほど先でUターンして、自分の家のガレージショップに、ぶらりと入った。

「いろいろ、あるもンだな」

 史馬の声に、カップルが振り向く。

 史馬はその反応をとらえ、ゆっくりカップルに近寄った。

「こういうの、お好きですか?」

 史馬の問いかけに、カップルの女性が答える。

「あまり……あなた、言ってよ」

 女性は気味悪そうに史馬を見ると、男性の袖を掴んで、史馬から一歩体を引いた。

 すると、男性が女性と史馬の間に立って、迷惑そうに話す。

「ぼくたち、別にこんなものに興味はないンす。でも、この前の喫茶室に入ったら、そこの女性オーナーが、言ったンです。『お時間がございましたら、お向かいのガレージショップにお寄りになりませんか。すべてご主人が苦労して全国から集めて来られたもので、すべて500円均一ですが、中に、とっても高価なものが混じっています。時価にして10数万円。勿論、お値段は同じ5百円です』って。だから、その高価なものを捜しているンです……」

 史馬は、唖然とした。そんなものがあるわけがない。みんな、父の代から家にあったガラクタや、近くのフリーマーケットで集めたものだ。高価といっても、たかだか千円程度。それともあの未亡人は、おれがフリマで手に入れたものの中に、とんでもないものを見つけたのだろうか。おれは骨董の目効きなど出来ないのだから、知らないうちに掘り出し物を掴んでいたのかも知れないが……。

「本当ですか! それなら、捜したくなりますよね」

 史馬は、立場を忘れてガラクタを物色し始めた。

 カップルは、湯呑みや土人形などが並ぶテーブル上を引っ掻きまわす史馬を気持ち悪がり、出ていってしまった。

 ところが、カップルは出て行ったが、そのあと向かいの喫茶室から出てくる観光客は、決まって史馬のガレージショップにやってくる。そして、店に人だかりがすると、いままで通り過ぎていた観光客も、立ち止まって覗いていく。

 こんなことは、かつてなかった。そして、壊れているといってもいい大昔のCDラジカセが売れたのを潮に、伊賀焼の皿、百円ショップにあるような箸置き、江戸切り子のショットグラス、爪切り、財布などが、気味が悪いように売れた。

 午後6時に店を閉め、売上げ金を数えると、2万円近くになっていた。

 史馬は夕食に、近くから寿司の出前をとって、妻の数実と食べた。

 数実が寿司を頬張りながら話す。

「あなた、どうしてこんなに急にお店にひとが来たのかしら? 魔法をかけたみたいに……」

 史馬は、数実には、カップルから聞いた喫茶室未亡人の話はしなかった。話すとよくないことが起きそうな気がした。

「そうだな。だれかが魔法をかけてくれたのかもな……」

「冗談言わないでよ」

 数実は、ジョークめいたものを嫌った。堅実に生きることを何よりも大切に思う女だった。

「このままガレージショップがうまくいくといいのだけれど……」

 史馬は、さきほどから温めていた計画を明日実行しようと考えた。

「数実、明日は日曜だが、ひとりで店をみてくれないか。きょうのような忙しさにはならないと思うが……」

「あなたは、どうするの?」

「明日は休日だから、あちこちでフリマが立つだろう。商品が少なくなったから、仕入れて来ようと思う」

「そうね。商品の仕入れは大切よね」

「帰りが遅くなると思うから、食事は外ですませてくる」

 数実は納得したようすだった。


 翌日、史馬はキャスター付きの旅行バッグを持って、昼過ぎに家を出た。

 予めネットで調べておいた両隣の街のフリマを覗き、例によって雑多なものを買い漁った。

 午後6時半、史馬は最寄駅から自宅に向かう道を歩いていた。自宅では、数実が家事を終え一段落して、テレビにかじりついている頃だ。

 まもなく、自分ひとりだけの夕食をとるだろう。5月のこの季節、辺りは薄暗くなってきている。

 史馬はフリマで手に入れた、大きめの野球帽を目深くかぶり、同じくフリマの伊達メガネとマスクで変装して、自宅の向かいにある喫茶室に入った。

 中は2人掛けのテーブル席が3つ、あとはカウンター席が7席あるきりの喫茶室だった。それらの席が8割方、埋まっている。

 史馬は、カウンター席のなかほどに空席を見つけて腰をおろした。

「いらっしゃいませ」

 華やいだ声がして、史馬が振り向くと、史馬の記憶にある未亡人が微笑みを浮かべて立っている。

「かすみさん。ご無沙汰しています」

「史馬さん、ちっともお見えにならないから。すぐお近くなのに……。その格好、どうされたンですか。メガネとマスク……」

 史馬、慌ててメガネとマスクを外す。

「これは、花粉症で……」

「もう5月なのに。おかしいの、ふっ、ふふふふ……」

 かすみがかわいいえくぼを浮かべて笑う。

 そのようすを奥の方からジーッと見ている険しい眼があった。

 かすみは気がつき、

「史馬さん、ちょっと待っていて……」

 かすみ、店の最も奥まったところにある2人掛けのテーブルに、ひとりで腰掛けている中年男性のもとへ。

 史馬、その男を見て、ハッとした。

 町内会長にしてマンションオーナー兼自転車屋の端石だ。小太りで、心臓が悪いという噂がある。

 かすみは、端石のそばに行き身を屈めると、彼の膝に手の平を乗せて、小声で話す。

「ごめんなさいね。予定していないひとが来たものだから。すぐに追い払うから、ゆっくりしていって」

 かすみはすぐに史馬の席に戻ると、こちらでも小声で、

「知っているでしょ。マンションオーナーの端石さん。流行らない自転車屋だけど、こんどうちの店でレンタサイクルをやらないか、って勧められているの。町内会長だし、無下にもできないから。わかるでしょ」

「そうだね」

「史馬さん、来るンだったら、知らせてくれたらよかったのに」

「どうして?」

「もっとおめかししたいもの……」

「いや、ぼくのほうは、かすみさんに、お礼を言いたくて……」

「わかったわ。駅前に新しく出来た喫茶店があるでしょ。そこで待っていて。あのメタボを帰したら、お店を閉めてすぐに行くから。前々から、相談にのって欲しいことがあったの。いい?」

「いいよ」

 史馬は機嫌よく頷くと、勘定をすませて外に出た。自宅を見ると、居間に明かりがついている。

 史馬はこれから起きることを想像しながら、にやにやとして駅前に向かった。

 その頃、かすみは、端石の向かい側に腰掛け、うっとりしたような目付きで、端石を見つめている。

 すでに閉店したらしく、ほかに客はいない。

「保さん、レンタサイクルだけど、本当に自転車をタダで貸してくださるの? 新しい自転車ばかりなのに、申し訳ないわ」

「いいンだよ。かすみさんに喜んでもらえるのなら、まだまだ協力するつもりだよ」

「本当に、いいのね?」

 かすみは、そう言って、端石の手を握る。

「さっきの野球帽の男は、だれだい?」

「あァ、あれ? あれは、お向かいの道具屋さん。このお店に飾れるものがあれば持ってきます、って言うから、いま思案しているところ……」

 端石は、かすみの手を握り返し、

「そういうことなら言ってよ。貧乏人なンかに頼まないでさ。貧乏人はあとが怖い、って言うよ」

「そうよね。気をつけるわ」

 かすみはそう言いながら、指を絡めてくる端石の手を抜き取ると、立ちあがった。

「保さん、2、3日したら、レンタサイクルの看板が出来あがってくるから、そのとき改めてお願いにうかがいます。その節はよろしくお願いします」

 かすみは深々と頭を下げた。

「よしてくれよ、かすみさん。おれ、あんたのこと、他人とは思っていないンだからさ。あんたさえよかったら。わかるだろう?」

 かすみは、一歩下がることで、顔を覗きこんでくる端石の眼をかわした。後ろ手で勢いよくドアを開け、

「保さん、また、いらっしてくださいね。お待ちしています」

 と言い、先に表に出て、端石が出るのを待った。

 5分後。

 かすみは、駅前の喫茶店に出かけた。

 待っていた史馬は、かすみが席につくなり、

「食事はまだでしょう? よかったら、近くで、どうです?」

 かすみは満足した表情で頷く。

 2人は喫茶店を出ると、駅の反対側に行き、50才前後の女将がひとりで切り盛りしている小料理屋に入った。かすみの知り合いの店だと言う。

 テーブルで酒と料理の注文をすませると、史馬が口を開いた。

「かすみさん。コーヒーを飲んだお客さんに、うちのガレージショップに立ち寄るように、お話してくださったでしょう。ありがとうございます」

 史馬は自分が先に口をつけてから、かすみの猪口に酒を注いだ。

「史馬さんは愛妻家だから。奥さまが喜んでくださればと思ってしたことです」

「ありがとう。こっそり、かすみさんに会っておいてよかった」

「10日ほど前でしたわね」

「ほどじゃなくて、10日になります。女房が実家に帰っていたとき、初めてかすみさんのお店に行きました」

「あのときは驚いたわ。お返しですと言って、高価なチョコレートをくださって。わたしは引っ越しのご挨拶に、小さなクッキーを差し上げただけなのに……」

「いいえ、引っ越しのご挨拶に来られたとき、女房と一緒にお会いして、私にもようやくツキというものが回ってきたのだと実感したンです。こんな魅力的な女性とご近所づきあいできるのかと思うと、昂奮してあの夜は眠れなかった」

「お上手ですね……」

「私は、ウソが言えません」

 史馬は饒舌になった。

 酒の力を借りて、思いつくままを口に出すことができた。

「かすみさん。私に相談があるとおっしゃらなかったですか?」

「実は……」

 かすみは言いよどむ。史馬の顔をジーッと見つめて、彼の手の上に自分の手を重ねた。

「史馬さんがいま陳列なさっている商品をうちのお店のなかに並べていただきたいンです。喫茶するお店なので、大量には展示できませんが……そして」

「そして?……」

 史馬はかすみの手の上に、もう一方の自分の手を重ね、彼女の手を挟むようにした。

 やわらかなその感触が、強烈な快感になった。

「そして、史馬さんのガレージを、レンタサイクルの駐輪場として貸していただけたら……勿論、それ相応の賃料はお支払いします」

 史馬は、男の決意を一瞬のうちにかき砕きそうな、かすみの蠱惑的な眼をみて、それくらいなンでもない、と自分にいいきかせた。

「表向きは、史馬さんのガレージショップがレンタサイクルの置き場になるということです。でも、史馬さんには、わたしのそばにいていろいろお手伝いしていただけたら、と思っています。いいでしょ?……」

 テーブルの下で、かすみのもう一方の手の平が史馬の膝に触れ、ゆっくり動いた。

「店に並べる商品はわたしが仕入れてくる」

「史馬さんはお上手だから。奥さまには、ガレージの賃料が定期的に入るということでご納得していただけると思います」

 そうだ。あいつは、いまの当てならない商売より、毎月安定した賃料収入のほうを喜ぶ。

 史馬は、かすみが女房の性格を見抜ぬいていることを知って驚いた。

「かすみさん、そういうお話ならご協力します」

 史馬は、かすみのテーブル下の行為がエスカレートすることを期待して言った。しかし、かすみはそこで急に両手を引っ込めた。

「ありがとう。きょう、お客さんに、『高額な商品が混じっているそうですよ』と言ったのは、実験の意味あいがあったの。うちの店の中に同じような商品を並べて、ネットやなんかで、『500円均一の商品の中に、数10万円もする掘り出し物があるらしい』と噂を流せば、どんな反応があるか、って」

 そうか。かすみはそういった噂にパワーがあれば、ガラクタ市を常時喫茶室でやりたいと以前から考えていたのだ。おれは、それにうまくノせられた。史馬はそう思った。しかし、お向かいの未亡人といま以上に親しくなれる、そんなことはどうでもいい、と考える。しかし、気になることがひとつある。

「かすみさん。町内会長とはご結婚なさるンですか?」

「ご冗談でしょ。メタボは大嫌い。わたし、まだまだ、ひとりでいたいもの……」

 かすみは考える。利用できる男は利用しない手はない。

 別れた亭主は、借金する以外、何の能力もない男だった。数ヵ月前、亡くなったと聞いてホッとしている。男はもうこりごりだ。未亡人の看板が使える間は、しっかり使わせていただく。

「では、わたしにもまだチャンスがあるンですね」

「チャンスだなンて。史馬さんは、すてきな奥さまがおいでになるじゃない」

「いいえ、あれは、人間が堅い。嫌いじゃないが、女性はもっともっとやわらかくなくちゃ」

「わたしはやわらかいの?」

 かすみにも、少し酔いが入ってきたようだ。

「かすみさんは理想的です、わたしには。もっと飲みましょう……」

 今夜のことだけを考えるンだ。いつも以上に酔いが襲ってきた史馬は、無責任にはしゃいでいた。

                 (了)




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ガレージショップ あべせい @abesei

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