封印された少年の悔恨

@baltbolt

封印された少年の悔恨

 何百年もの間、人が訪れることもなかった建物の中に、一台の機械が動いていた。

 その機械は、冷凍睡眠装置。

 その中には一人の少年が眠っている。


 冷凍睡眠装置は、今は解凍の操作が実行されていた。

 つまり、中にはいっている人間を、覚醒させる手順である。

 やがてその機械の円筒形の部分、人間が収容されている部分の扉が開いた。

 なかから冷気が漏れ出てくる。


 そしてその冷気の中から、一人の少年が姿を表した。

 衣服のたぐいはまとっていない。

 彼の肌は白く、髪もまた白く、目つきは鋭い。

 彼は周囲を見回した。


 ――おかしい。


 彼はいぶかしく思った。

 彼を取り巻く建物が、老朽化している。

 彼が覚醒した以上、彼に司令を与える人物がいるはずなのだが、それも見当たらない。


 彼は近くにあったロッカーまで歩いてゆき、そのロッカーに付随している端末に手をかざす。

 彼の生体反応を読み取って開くはずのロッカーが開かない。

 彼は少し悩んだあと、鋭い蹴りをロッカーに放ち、その扉を破壊した。

 中に入っている衣服を着用する。

 それは、戦闘服だった。

 銃撃や打撃に対して高い抵抗性を持ち、なおかつできる限り軽量に作られた、最高の戦闘服。

 各所にあるポケットには銃器を始めとする各種武器を収納できる。


 装備一式を着用し終わったあと、彼は冷凍睡眠装置を調べた。

 端末を操作して、情報を入手する。

 そして意外な事実を知った――今回は、今まで何度もあったように、『標的』を始末する任務のために覚醒させられたわけではなかったのだ。

 単純に、冷凍睡眠装置の限界連続稼働時間、200年が経過したため、彼は覚醒したのだ。


 今までこんなことはなかった。

 人類が作り上げた、最高の暗殺者である彼は、つねに任務を与えられるために覚醒させられてきたのだ。

 そして、任務が終わると冷凍睡眠につかされる。

 いつか、彼を作り出した企業に、排除すべき『標的』ができる日に備えて。


「こんな事ははじめてだな」

 彼はつぶやいた。

「とりあえずは――上官を――探さなくては」

 そう言って、彼は行動を開始した。


 上官を探すという任務を自らに課した彼だが、それは容易には達成できそうになかった。

 彼が冷凍睡眠していた巨大な建物は、そのどこに行っても人がいない。

 部分的に建物は崩壊していて、遺跡のようになっている部分さえあった。


「外に出よう」

 彼は決意した。

 そのような命令は受けていないが、どうもそのようなことを言っている場合ではなさそうだと感じたのだ。


 程なくして彼は建物のメインエントランスに到着していた。

 戦車やトラックが通れそうな大きさのガラスの自動ドアは動作しなかったので、蹴破った。

 そして外の世界に出た彼が見たものは……。


 一面の、焼け野原。


 原型を保っている建物すら稀。

 草木一本生えていない、まるで宇宙の何処かのような風景。


「なんてことだ」


 どんなときも冷静に物事を判断する習性のある彼は。

 生まれて初めて、そんな言葉を漏らした。


 彼は建物の中に引き返した。

 『アストラル』と呼ばれる、全地球規模のネットワーク。

 この建造物の中枢に、それに接続できる機能を持つ部屋があるはずだった。

 彼はそこを目指した。


 やがてその部屋に到着する。

 幸いなことに、その部屋はまだ機能を保っているようだった。

 彼は様々な方法を使って、通信を試みた。


 最初は、彼に対する命令権を持つ上官を探した。

 それがまったく検索に引っかからなかったので、次には彼が所属する企業関係の人間を探した。

 それすらも検索結果は0件。

 次に、彼は、彼が住む国全域に範囲を広げて検索を行った。

 だが、それにも検索結果は無かった。

 つまり――。

 この国は、滅びている。

 そう考えるしか無かった。


 最後に、彼は、祈るような気持ちで。

 検索範囲を全世界にして。

 検索を実行した。

 生きている人間、活動している人間がいれば、その人間が検索されるはず。

 だが、その検索結果は、無情だった。


 『0件』


 どうやら、人類は、滅びたらしかった。


 厳密に言うと――そうとも言い切れない。

 検索できるのは、現在通信を行っている人間の数。

 たんに、生きている人間は居るが、通信を行っていないという可能性もある。


 だが、普通であれば、十億件単位の通話があってしかるべきなのだ。

 それがゼロであるということは――人類が絶滅した、そう考えるのが自然だろう、彼はそう思った。


 現在操作してる端末がおかしいのかと思い、彼は彼自身の体内に埋め込まれている通信機に、『アストラル』との通信権限を与えてみて、通信を試みたが、やはり結果は同じだった。


「ああ」

 思わずため息が漏れた。

「いつの日か自由になったら、恋愛とかしたかったんだけどな」

 彼は乾いた声で言った。

「自由にはなったらしいが、恋愛する相手は見つからなさそうだ」


 彼は、いつの間にか、冷凍睡眠装置の前に戻ってきていた。

「ふて寝するかな。200年ぐらい」

 彼は衣服を脱ぎ捨て、自ら冷凍睡眠装置に入った。


 円筒状の装置の扉が閉まり、冷凍睡眠処理が始まる。

 彼の体は冷気に包まれる。

 徐々に、体が動かなくなる。


「目がさめることはないだろうな」


 冷凍睡眠装置が今動いていることが、奇跡のようなことなのかもしれない。

 誰もメンテナンスしないまま、あと200年動くことはないだろう。

 つまり――彼がしているのは、自殺のようなものだった。


 彼の体温が低下する。

 もう、指一本動かせない。

 閉じた目を開くこともできない。

 じきに意識は途絶え、そして――。


 その時だった。

「もしもし! もしもし! 聞こえますか!」


 彼の体内の通信機が、喋り始めた。

 だれか――生きている人間がいたのだ。

 それが、『アストラル』のネットワークを通じて、彼に語りかけてきているのだ。


「だれか、生きていたのか」

 彼は、かろうじて声を出した。


「あなたこそ! この5年間、毎日アストラルをチェックしていて、ついに1件の検索結果を見つけたの! それがあなた! ねえ、どこにいるの! 居場所を教えて!」


 女の子の声のように思えた。

 可愛い女の子だったらいいなと、彼はそんなことを思った。


「すまない。これから冷凍睡眠するんだ、200年ほど。もう、止められない」


「やめて! わたし、一人なの! 誰かに会いたいの! ねえ! 行かないで!」


「ごめん……どうも、早計だったみたい、だ」


「あなたの居場所を教えて! 今から、そこに行くから!」


「……」


 かれは、一所懸命、喋ろうとした。

 だが、冷凍睡眠の過程は進行していて、もはや喋ることもできなかった。


 彼は――薄れゆく意識の中で――激しく後悔した。

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