タトゥーの女

@TheYellowCrayon

第1話

2年前の浅草橋、、

東京の生活にまだ落ち着かない僕は、少しでも頭の中の地図を拡げたい思いで家の近くを歩いていた。だが団地を一つ越えるとすぐに開けた場所に出てしまった。それは大きな川だった。対岸が遠い。これが隅田川か。。


川沿いを歩き出した時にはもう日は落ちていた。遠い先に、白いコンクリートの橋が川を横断している。高速道路だ。そこから色々な交通音が混ざり合ったような、「シャアアア」という雑音が途切れなく聞こえて来る。


落ち着かない川だな。。

その時、LINEの通知が鳴った。通知を切っていない誰かからの連絡だ。

「今日仕事が早く終わりそうだから、会えない?」

それはアプリで連絡がついていた唯一の女性からだった。

こんな時に。。

仕事が多忙でイレギュラーだという彼女は、日程を決めるのを拒んでいた。関係の進展を感じられずに幻滅し始めていた矢先、彼女は唐突に連絡をよこしてきたのだった。心が躍った。


2年前、、

その頃は下越から転勤してきたばかりで、知り合いもいなかった。だからこそ彼女との関係に勝手な期待を膨らませていた。まだ顔を合わせたこともない、セックス依存症をプロフで自称する、早絵という女に。


彼女とはひと月近くチャットだけでやりとりを続けてきた。次第に僕は、文面でのやりとりだけで彼女、早絵さんというイデアが脳内に作られていた。彼女は大人だ。キャリアウーマン。スリムでポーカーフェイス。クール系に違いない。話していてそんな感じがするのだ。


「初めまして」のお堅い挨拶を皮切りに、お互いの出会いの目的の確認や、恋愛歴などの自己開示が淡々と進んでいった。それは女子との会話という感じではなく、契約や取引に近い。お互いの意思を着々と確かめていく作業だった。


さらにラインの追加通知に気づいてトークを開くと、「20時に北千住まで来たらできるよ。」と一言が加わっていた。


含みのある「できるよ。」

女のこういう態度は嫌いじゃない。


待ち合わせの北千住駅に辿り着いた時、出口の階段を降りた先に本人らしき人物が立っていた。バス停沿いで慌ただしく往来する人々の中で、その人だけが静的なオーラを放っているような気がした。彼女はこちらではなく対岸の交差点の方を向いている。黒髪短髪のショート。グレーのセーター。全体としてクールさが漂うがどこか穏やかではない匂いもして、階段を降りる僕に緊張が走る。近づくと頸が刈り上げられていることに気づいた。ハンサムショートだ。


次第に彼女もこちらに気づく。1度目が合えばもう間違いなかった。


「早絵さんですか?初めまして。」


「ええ、初めまして。圭人さん。」


名前を呼んできたとき彼女のニコッとした笑顔を見せられ、ポーカーフェイスの先入観が壊される。


「急に呼び出しちゃってごめんなさい。」


「いえとんでもない!会えることになって嬉しいよ。」


「やっぱり優しいですね。」


「いえ〜」


足取りは自然と線路沿いの細道を進んでいた。多分ホテル街に着くんだろう。


「彼氏さんとは長かったんですか?」


「ええ。2年くらい付き合ってたかな。」


「そっかあ。それで急に振られちゃったら辛いよね。」


「そうなの。結婚も考えてた時期だったから、それも重なって。」


結婚か。前のパートナーとは結婚まで考えていたんだ。でも僕は依存症に付き合うセフレに過ぎない。少なくとも僕はそういう認識でいる。それはセックス依存症を抑える関係として僕を割り切ってるからなのだろうか。何か変なギャップを感じた。


暗い路地の先に煌びやかなエントランスが並び始めた。ホテル街だ。その内のひとつ、暖色のスポットライトに包まれた玄関を気に入って2人は入ってゆく。


エントランスでサインして勘定を済ませると、「字が綺麗だね。」と彼女は褒めてくれた。


3階の部屋のキーを渡されエレベーターに乗ると、僕は彼女の腰にそっと手を回して引き寄せてみた。


でも反応はそっけない。本番は部屋に入ってからだな。

部屋に入るとやはり玄関は狭く、靴を脱ぐスペースは一人で精一杯だ。


彼女を先に入れると、彼女は靴を脱ぎ捨てて部屋に入っていった。彼女のヒールは前を向いていた。それが気になって僕が靴を脱いだ後に、彼女の靴も一緒にバック駐車で揃えておいた。


「靴揃えるんだ、、」


「えっ?ああ、そうだね。ごめん!なんか気にしいでさ。」


「すごいね。

初めてだよ。私が出会った中で靴をそろえる男は。」


彼女は背を向けてソファの方に歩きながら言い放った。赤いソファに彼女は腰を落とす。そのまま足を組んで見つめてくる。こういう時、どうすればいい。。


「ふふ。よろしくねっ」


きょどっている様子がバレたのか、彼女はこちらを見て微笑んでいた。


「ええ、よろしく!こんなガキんちょですが。」


「ふふ。ガキじゃないわよ。ちゃんと考えてくれてたもの。」


「いえいえ」


マッチして一ヶ月にして、初の顔合わせトーク。お互いが深掛けのソファに座って目を合わせる。やはりクール・イズ・ビューティな女性だった。ただ予想外だったのは、くしゃっとなる笑顔を時々見せること。だが僕の緊張はまだ一定のところで解れていなかった。彼女のベールを少しづつ剥いでいきたい。彼女が東京で逢った初めての女性だから。

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