第10話

和馬は濡れた身体を温めたいと言い、僕は彼と浴室へ一緒に入った。

39度のシャワーで身体を洗い流し、ボディソープを泡立て、先に僕の全身を洗い、次に彼の背中を洗っていった。


「どうした?」

「肩甲骨が綺麗だ」


いつもより寂しそうな背中だ。僕は身体を抱きしめた。


「湯冷めするぞ。早く洗ってくれ」

「少しだけ、こういさせて…」


彼の唇にキスをして流れ出るシャワーに当たりながらしばらく抱き合っていた。

浴室から出て、部屋着を身につけると、彼が背後から僕の背中に飛び乗ってきた。


「ちょっと危なっ…もう急にからかうのやめろよ。しかも重たいし」

「あはは!楽しい。ちゃんと重心で抱えろって」


身体がふらついてお互いにソファの上に横倒しになった。


「あー落ち着いた。ビール、もらってもいいか?」

「勝手に持っていって」

「テレビ、つけるよ」

「どうぞ」


先ほどの寂しさから解放されたのか、彼は妙に子供のように明るい。


「明日、仕事は?」

「休みだ。だから、朝まで飲みたい気分だ。」

「俺は明日出版社で打ち合わせがある。軽くしか付き合えない」

「眠剤ある?」

「まさか、飲むとか?」

「飲む。俺も最近寝つき良くないんだ。2錠くれ」

「今日だけだぞ。もし、思い当たるなら、心療内科紹介しようか?」

「いや、要らない。まだ、仕事ある?」

「とりあえず終わってるよ」

「一緒にこっち来いよ」


ソファに隣に座り、入眠剤を渡すと、ビールとともに飲んでいた。


「危険な事するな。どうなっても知らないぞ?」

「1日くらいなら大丈夫だ。…真翔まなと、下、舐めてくれる?」

「そういう気分じゃ…」


咄嗟に彼からキスをしてきた。強く身体を抱き合わせて、力も入っている。


「…っあ。どうした?もう酔った?」

「いつもセックスする時、俺がお前のモノを優先的に愛撫している。だから…してくれ。なぁ?」

「分かった」


彼の下半身の服を下ろして、柔らかいひだの先を頬に擦り当ててゆっくりと咥えた。上下にしゃぶっていくと、彼は次第に顔を天井に向けて、背中を反ってきた。睾丸を口に含み舌で転がすと、彼の喘ぐ声が漏れていた。


「もっと強く噛め…んあ、気持ちいい…」


頭を押さえつけられて、しばらく丁寧に愛撫してあげた。彼が僕の顔を見て口元に付着した唾液を舐めてきた。身体を押し倒して、唇を口で塞ぎ、喉の奥に突き当たそうになるまで、舌で押しつけていった。


苦しがる彼に興奮して身体で身を固めて腕を伸ばしてお互いの手を絡め合わせた。

彼の少し延びてきている髭のざらつきに擦り合わせた頬に刺激を与えて、益々最後までイきたくなりそうだった。


翌朝5時。自然と目が覚めた。


和馬の姿がない。

風の音が聴こえてきたので、仕事場に行くと、ベランダの窓が半分くらい空いていた。

机の上にメモ紙が置いてあった。


「上階の近くて遠い君の微笑に会いに行く」


どういう意味だろう。

彼の名前を呼びながら、部屋中を回った。


もう一度机に戻ると、隣の棚の中から処方箋の袋が半開きになった状態で、中を見てみると、入眠剤が半分以上減っていた。

まさかと思い紙を握りしめて、マンションの最上階の階段を上がり、屋上へ出てみた。

中央付近にシーツをまとって遠くの景色を眺めている裸足の和馬がいた。


「何しているんだ?」

「…晴れて良かったな。朝日を見に来ていた」

「戻ろう」

「戻りたくない」


すると、彼はシーツを頭上にあげて、風が強く吹いたのと同時に手放した。シーツは風にあおられながら、舞い上がり下階へ吹かれていった。


「真翔。俺達、今日で終わりにしよう」

「何言っているんだ?」


彼は微笑みながら、気を失いその場に倒れた。僕は慌てて身体を起こし、肩に担いで部屋へと戻った。


玄関に入ると、彼の身体を崩れたので、上体を起こして立ちあがろうとしたが、大量に飲んだ入眠剤が身体から抜けていない分、意識が朦朧としていた。


洗面所へ連れて行き彼の口の奥に手を入れて吐かせるようにした。何度か嘔吐を繰り返して苦しそうにしていた。背中を摩り、口の中を水で含ませ洗い流すようにさせた。

せながら涙を流す様子を見て、僕も胸が締めつけられそうになった。


2時間程経ち、ベッドの上に寝ていた彼が目を覚ました。ソファに座らせて、マグカップに注いだ白湯を渡すと、大人しくゆっくり飲んでいた。

彼の横になってしゃがみ込んだ。


「このメモの意味は何?」

「1人に、なりたかった」

「死にたいとか?」

「それが思い浮かんで…気がついたら屋上に出てた。」

「本気で、消えたいのか?」


彼は首を横に振った。


「俺もまだ、子供なんだな」

「鏡だよ」

「えっ?」

「和馬は、僕の鏡だ。互いが手を触れれば寄り添いあって、あざむくように指を指せば同じ方向に指が重なる。いつの間にか、鏡になっていたんだな」

「似たもの同士?」

「うん。だから、あのサイトを使う理由があったんだ。出会うべくして針が動いたんだよ」

「たくさん探したな。あのサイトで色んな人に会ったけど、しっくり来なかった。お前に会って…身体が自然と動いていったんだ」

「まだここにいて良いよ。合鍵を渡す。いつでも出入りして良いから、まずは身体を休ませて。…疲れていたんだな」


和馬は僕の胸に顔を埋めて片腕を肩に回してきた。

スマートフォンに着信が来た。凛からだったので、彼の体調がらすぐれないから預かると話すと、回復したら電話をくれと返答した。


更に彼のバッグに入っていたスマートフォンも鳴り、マネージャーから連絡が来た。

週刊誌などのマスメディアが僕との密会を捕らえたと話していた。後日出版社に出向くので今はまだ黙秘して欲しいと告げていた。


「腹、減ったかも」


子供のように見上げながら僕に甘えてきた。

あらかじめストックしておいたパウチ型の粥を温めて、皿に盛り付けて湯気がほんのりと優しく立ち込む粥をレンゲですくい、冷ましながら食べていた。


「和馬、少し時間をくれ」


その間、僕は何かを閃いたかのように仕事場の机の椅子に座り、パソコンを開いた。


そうだ、僕自身が今、体感している事を書いていけばいい。あくまでフィクションだ。同性愛者である人物が己れと性の葛藤を通じて世間体に晒していく構想でいい。


ほとばしるようにキーボードを打ち鳴らして、1時間もしないうちに5万字近くの文章を書き上げた。


「真翔?」

「新しい作品が出来そうだ。お前のおかげだ。出来上がったら、一緒に読んでくれ。…だから、不安になる事なんてない。あぁ、温かい。体内の血が勢いよく流れて生きる力がみなぎっている。」

「何か目が輝いているな。うん、その作品が見たい。出来上がったら俺が声に出して読み上げたい。良いだろう?」

「やっと、出雲和馬が戻ってきた。お前の告げたい事を素直に言えば良い。誰も傷つかない、むしろ僕らのような人間が理解してくれる時代だ。自分の事を公表しよう。」

「俺もこれ以上独りでもがいていたくない。逃げ回るのも何か違う気がする。真翔、早速明日事務所に行く。」

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