第16話 斬ってから考えようぜ



 森の中を進んでいたあーしら一行は、開けた場所に出たので休憩することになった。


 その際には、依頼主のボンドルドさんが、なんかの道具(というかこれまた魔道具マドーグとかいうやつ?)を使ったことで、なんかその場は安全に休めるようになった、とかいう話だった。

 なんか魔物モンスター避けの結界がどうたらとか、言ってたような気がしたケドなんのこっちゃ分からん。

 そんなことよりあーしが気になるのは、アレだ。

 せっかく休憩になったから、とりま今のうちにおトイレでも行こうかな——なんて思ったあーしは、ハタと気がついた。

 いやトイレってどーすんの。


 モイラに相談そーだんしてみたら、返ってきた答えは……そのまま言うのもはばかるような……まあ一言で言えば——野生ニ還ルノダ……!


 …………。


 モイラはあーしの反応を見て何を思ったのか、一緒について行こうか? と聞いてきた。そうは言っても、森の中はモンスターも出るしジッサイ危険だからとか、なんとか……

 あーしは断固としてそれはお断りして、一人でその場を離れた。


 じっさいのとこ、あーしはちょっと森を抜けるということを軽く考えていたよーだった。

 その一件の後、それでは休憩しようということで、みんな思い思いにご飯食べたり座り込んだりしてるなか、あーしもなんか食おうと思ったところで、またハタと気がついた。

 ——いや、あーし食いモン持ってねーじゃん。

 ……え、マジ? あれ、どーしよ……?


 つってもどーしよーもないから、とりま再びのモイラ相談窓口へ。


「あのさ、モイラ……」

「ん、どうしたの?」

「や、あーし、なんも持ってきてないんだケド……」

「えっ?」

「いや、食べ物とか、自分で用意するとは……」

「……ええっ??」


 したらそっから、モイラは自分の分を分けてくれようとした。

 しかしそれを見ていたフランツさんがモイラに尋ねる。


「——ん? なんでモイラがユメノに手持ちを分けているんだ?」

「あ、いえ、それは……」

「“手持ちが何もなくてな”」

「……は? 用意してないのか」

「……ハイ、ないっす」

「ええぇ……なんで用意してないんだ? 確かオレ、出発前に準備のこと聞かなかったっけ?」

「や、なんでとゆーか、用意する必要があると気がついてなかったとゆーか……」

「……はぁ」

「……まあ、気がついてても用意するカネもないんだケドね」

「……はぁっ??」


 フランツさんが呆れた顔でさらに何かをあーしに言おうとしてきたところで、今度はボンドルドさんが話しに加わってきた。


「なんか訳ありなのかと思ってたけど、まさかお金も全然無かったのかい」

「——あ、ボンドさん。はい……どうもそうみたいなんです」

「まあまあ、フランツくん、新人なんだから至らないところもあるさ。——そういうことなら、僕がユメノ君の分の物資を出すよ」

「えっ、いいんですか?」

「道中の物資を依頼元が持つ場合だって普通にあるだろう? 今回の依頼は急ぎで出したからその辺は曖昧だったし、彼女が勘違いしたのも仕方がない。それに、ちゃんとその分はきっちり報酬から引かせてもらうからね。まあ、それにしたって、ちゃんとギンザにつけたらの話だけどね……」

「……そうですね」


 今更だけど、そんなに先行き怪しーんか? 今回の旅……

 まあマジで今更だし、とりま、おじさんにはお礼を言っとこ。


「あのー、ボンドルドさん、なんか、ありがとーございました」

「ああいや、一人分の物資くらい大したことないからね。これでも商人だから手持ちには余裕があるし。困った時はお互い様さ。——まあ、恩を感じてるなら、その分働きで返してくれたらいいんだよ」

「“任せておけ、必ずアンタを無事に街まで連れて行くさ”」

「……ああ、頼んだよ」


 つーわけで、あーしの手持ちがない問題は解決した。

 つーかそんな問題があった事すら自覚してナカッタけど、まー解決したからヨシ。


 ボンドさんが食べ物やら水やらくれたので、あーしもジューブンな休憩きゅーけーをとることが出来た。


 そして、それなりに休んだところで、あーしらはまた出発した。


 休憩中に話をしたことで、あーしはある程度てーどこの先の予定を把握した。

 なんでも今回の道行きには、二つほどヤバイ部分があるとか。

 

 この後は、暗くなるまではフツーに進んで、今日は森の中で夜を明かすことになる。んで、そん時にどこで休むのかが問題らしい。いー感じの場所を見つけて野営地——もとい拠点を築けるかどうか、とかなんとか。

 夜はやっぱ暗いし、なんかモンスターは夜に活性化したりとかするらしいので、この夜を無事越えられるかが、まず第一関門みたいな。


 そんで無事夜を乗り切ったとして、翌日の最初に第二関門がある。

 なんでも森は奥に行くほどつえーモンスターが出るので、なるだけ通りたくないけど、急ぐためには通らざるを得ないとか。

 そこで今日は奥に行く前のところで野営して、明日になってから一気にそこを突っ切るという作戦らしい。

 ここが一番やべぇ部分だから、ここさえ乗り切れれば、後はなんとかなるだろうっつーことだった。

 なので勝負どころは夜、そして明日ってなワケだ。

 まあ、奥に行かないでもモンスターはフツーにいるし、だから他はゼンゼンよゆーってワケでもないみたいだケド。


 それを証明しょーめーするように、それからの道中もちょくちょくモンスターとはでくわした。

 それも進んでいくうちにどんどん頻度も上がっていくようで、出てくるモンスターの数と強さも上がっていっていた。

 その分フランツさん達も苦戦する——かと思いきや、わりとどうにかなっている。

 というのも、まあ今までは手を抜いていたわけではないケド本気でもなかったようで、実力をしっかり発揮すればまだまだ問題ないレベルだという。

 しかしその分、余裕は少しずつなくなっていく。まあだからこそ、最初のうちは軽く流して力を温存する作戦だったというワケなんだろーけど。


 相変わらず、あーしは戦闘の際もボンドさんのそばで待機するだけで、まったく参加していない。

 すでにレイブンのパーティーもわりと戦闘に参加するようになっていた。それだけフランツさん達にも余裕がなくなっているということだ。

 しかし、今のところはまだあーしの出番はない。それはつまり、馬車まではモンスターの接近を許してないということ。

 だけどそれも、そろそろ分かんなくなってきたカモ……?


 本日何度目とも知れない戦闘せんとー突入とつにゅーした。しかしその戦闘は優勢ゆーせーのうちに進み、そして今、無事に終結シューケツした。

 と、思ったのも束の間、はかったようなタイミングで新たなモンスターが現れた。

 戦闘終了の安堵から一転、再びの開戦。一度ユルみかけた意識の隙を突かれたかのような展開に、フランツさん達の動きにホコロびが生まれる。

 新たにやってきた猿のような敵を、前に出た二人は上手く抑えきれず、後方への進行しんこーを許してしまった。

 後ろの二人が狙われて——これはピンチか、と思ったところでレイブン達がサポートに入った。それにより、崩れそうになった形勢は危ういところで拮抗キッコーした。


「——おおっ! だ、大丈夫か、な……?」


 あーしの隣で、ボンドさんが戦況を見ながら呟いた。

 戦闘の時には彼もいちおー、なんか弓の銃みたいなやつを手に持って構えている。ただその構え方はいかにも使い慣れてなさそーで、お世辞にも戦力にはなりそーにない。

 つまり今、ボンドさんを守れる戦力としてはあーししかいないワケだ。

 そして、そのあーしの出番がついにきそうだった。


 向こうのみんなは自分達の戦闘にかかりきりで気がついていないケド、どーもそっちと反対方向からも敵が来てるっぽいのよね。

 あーしもいちおー気を張ってたケド、それに気がついたのは例によって剣くんだった。


「“ふむ、どうやら新手のようだ。さて、ようやく出番となりそうだな”」


 あーしはボンドさんに気をつけてって言おうとしたケド、“ヤツ”がそんな感じのセリフに変換する。

 とはいえ、あーしの言いたいことはそれでボンドさんに伝わった。


「——なにっ!? ユメノ君、それは——」

「後ろから来るよ——! ボンドさんも気ーつけて!」


 あーしは敵の方に向き直って、腰から剣を抜いた。

 同時に、森の木々の間から素早く動く影がいくつも飛び出してくる。

 ——コイツらは、あっちでフランツさん達が戦っているのと同じヤツか。

 

 猿っぽい姿でサルっぽく跳び回るモンスター。立体的に動くので対処がしにくい。

 フランツさん達の場合は、なんか知らんけどランドさんのとこにモンスターが集まるので、それでなんとか対処出来てる感じだった。それプラス、向こうは数人がかりで挑むことでどうにかなっていたワケだケド、反面、あーしは一人だ。

 しかしあーしに不安は無かった。なぜなら剣くんが余裕の構えだったから。つーことは大丈夫とゆーこと。


 あーしはサル達が襲い来るのを、その場から少しだけ前に出て待ち構えた。

 そうは言ってもあーしは一人。ボンドさんを守るためには、彼のすぐ近くにいるのが一番。


「ヒィッ——!!?」


 間近に迫ったサル達に、ボンドさんが悲鳴を上げた。

 先頭のサルが飛びかかってくる。それに合わせて、あーしの剣くんも一振り。サルは飛びつきの勢いのまま真っ二つになった。

 その瞬間、あーしは全力でもって動いた。なぜなら、二つに分かれたサルから飛び散った血やらナニやらが、こっちに降りかかりそーになったから。

 

 ——キタネッ!? くおっ! 浴びてたまっかよォォォ!!

 

 全集中でもって降り注ぐモノを回避。しかしそこに次々とやってくるサル達。それをあーしの剣くんはヨーシャなくぶった斬っていく。

 

 ——ウオオッ! かわせっ!! 集中ゥゥッッッ!!

 

 そして飛び散る赤いアレコレ。あーしは全力でかわしていく。

 サルの飛びつきはなんてことなかった。剣くんは余裕で迎撃する。左右から同時に来ようが、上下から来ようが、時間差で来ようが、全てを一刀の元に両断した。

 問題は飛び散る赤だ。これを躱すのが大変だ。

 あーしは途中から、自分でもどうしてそこまで必死になっているのか理解しないまま、時には剣くんにより降りかかる赤を斬り払ったりもしながら、病的なまでにサルの内容物ナカミを回避していった。

 

 そうして、気づけばあーしは、襲い来るサルのすべてを始末していた。

 そして、あーしの服にはサルの血の一滴もついていなかった。戦う前と変わらず、キレイなものだ。……あ、いや、元から薄汚れた服だからたいしてキレーではねーか。


 あーしは——周りの至る所がサルの内容物で真っ赤に染まった中で——剣を収めた。


「……す、スゴイ……アレだけいた毒血猿ポイズンエイプを、一人で瞬殺とは……」


 ボンドさんが、あーしの方を向いて何やら呟く。

 あーしはといえば、地面の上のキタナイやつを踏まないように、つま先立ちになっておっかなびっくり移動して、ボンドさんのすぐそばまで帰還する。


「——あ、き、君、怪我はないか? その猿の血には毒があるから、浴びるだけでもマズいんだが……」

「“ふっ、見たまえ、この服を。どこかに赤が見えるかね?”」

「……なんと!? あの激しい戦いの中で、返り血すら完全にかわしていたというのか……! 信じられん……!」

「……まあ、サルはともかく、返り血は強敵だったっス」

「いや、サル本体も決して弱くはないはずなんだがね……。——と、おお、向こうの戦闘も終わったようだね」


 言われて見れば、フランツさん達もサルを倒し終えたようだった。

 しかしその姿は、中々にヒドイことなっていた。

 みんなサルの血で赤く汚れていたし、それだけでなく、怪我もしている。

 特にヒドイのは、ランドさんとレイブンのパーティーの二人だ。

 ランドさんはとにかく真っ赤だし、レイブンのパーティーのレイブン以外の二人は、かなり弱った様子だった。


 フランツさんはこちらに戻ってくると、素早く指示を出していった。


「モイラ、まずはあの二人を治療してやってくれ。その次はランドだ。オレは後でいい。まずは“浄化ピュリフル”で毒を治してやってくれ。まあ、あと、汚れもな」

「は、はい、分かりました!」

「ローグ、怪我はないか」

「ある……が、平気だ。毒は食らってねぇ」

「そうか。じゃあ悪いが治療は後だ。引き続き周囲を警戒しておいてくれ」

「ああ、分かってる。任せとけ」

「うん、頼むな。……それじゃ、ええっと——レイブン、君は大丈夫か?」

「……ああ、俺は平気だ。しかし二人が……」

「大丈夫、あの二人はモイラが治してくれるさ」

「……いいのか? そっちの回復役ヒーラーの世話になっちまって」

「もちろん。放ってはおけない」

「しかし……」

「今のオレたちは、同じ目的を持った仲間だ。パーティーが別だとかは関係ない。それに、二人が倒れたらそれだけ戦力が減る。それは困るから、二人には元気になって貰わないとね」

「……そうか」

「レイブン、君も毒を食らってるだろ? 後になるが、君も治療してもらっておいてくれ」

「……ああ、分かった」

「——さて、それじゃ後は……」


 それからフランツさんは、あーしらのところまでやってくる。


「ユメノ、そっちは平気だったか?」

「あ、うん」

「そうか、ならよかった。再び移動を開始するまでは、おそらくもう少しかかる。……もしも、今またモンスターが現れたら、今度は君にも戦ってもらわないといけないかもしれない……」

「おけ、りょーかい」

「まあ、無理はしないように——」

「いやいや、待て待て、フランツくん。こっちこっち、これ見て!」

「? なんですかボンドさん」


 そう言ってボンドさんは——今まで馬車のかげになってフランツさんには見えていなかった——あーしによるサルの惨殺現場を指し示した。


「なっ、これはっ……!?」


 ボンドさんにうながされてそれを確認したフランツさんは、驚きの声を上げる。


「これは、まさか、ユメノが……?」

「そうそう。いやー、凄かったよ。一人で全部、一瞬で倒しちゃった」

「この数……オレ達の方より多いじゃないですか……!」

「なんと! いやー、それはビックリだ」

「ユメノ、君っ、怪我は? 大丈夫——、……っぽいな」

「無傷だよ、彼女。どころか、返り血一つ浴びてないみたいだよ」

「——! スゴイな……コイツら全員、一撃か……? “技”を使った形跡も、ない……? まさか剣で直接……!?」

「“技に頼るまでもなかったということさ”」

「ううむ……しかし、それだけの腕があるなら、叩いても普通に倒せたんじゃ……?」

「ふむ、確かにそうだね」

「叩く?」

「ん、もしかしてユメノ君は知らなかったのかい? ——えーっとね、この毒血猿ポイズンエイプという魔物モンスターは斬撃が有効なんだが、実はそれは罠みたいなもので、斬られることで殊更に激しく出血して血を浴びせてくるんだ。毒の血をね。だから対処法としては、むしろ殴打による攻撃が推奨されるんだよ。まあ、斬撃よりは効果ダメージは低いんだけどね」

「そう、だからオレ達も対処に時間がかかった。まあ結局、レイブンのパーティーが対処法を知らなくて普通に出血させてしまったから、斬撃を解放して早くに倒すように途中から方針を変えたんだけど」

「……いや、そうか! ユメノ君は最初から最短で倒すつもりだったから、普通に斬ってたわけだね! ——確かに、すべての返り血を躱せるほどの腕があるとしたら、それが最適解となるわけか」

「なるほど……そういうことですか」

「“……まあな、そーゆうことだ”」


 ウソつけっての。なんも考えんと斬ってから慌てて躱してただけダワ。

 確かに、血が出た瞬間に触れたらヤバイってなんか知らんけど理解できたけど、もはや後の祭りというか、そっからはもうヤケクソ気味に無理やり斬り抜けただけだわ。文字どーりね。

 毒がどうとか知らナカッタし。知らんまま躱してたワ。まあ、毒とか以前にキタネェから浴びたくねぇってのはあったしね。


「しかしまさか、ユメノがそれ程の腕前だったとは……もしかして、ボンドさんは最初からそれを見抜いていたんですか?」

「いや、僕もこれ程とは……」

「でも、ボンドさんは最初からユメノを買っている感じでしたよね? やっぱり何かしらを見抜いていたんですか? あれですか、商人の目利きってやつ……?」

「そうだね……まあ、僕が見抜いたのは、彼女の持つ“剣”の価値、だけれどね。——いや、実際のところは、全容はまるで見抜けていないのだけれど。ただ、“優れた剣を持つ者は、また優れた使い手でもある”というのは、往々にして言われていることだからね。少なくとも僕には、あの剣を見てからは、彼女の参加を断る理由はなかったね」

「どうりで……納得しました。そういう理由だったんですね」

「ああ、あの時はロクに説明もせずにすまなかったね。まあ、確証のある話ではなかったから」

「いえ、結果としてその判断は間違いではなかったわけですし——いや、それどころか大当たりですよ! 正直、あの上級者エキスパートクラスの連中が来ないと知った時は、決死行を覚悟してましたけど……、希望が見えてきた気がします……!」

「そうだね、僕もそう思うよ……!」


 そう言って、二人してあーしのことを、何やら熱のこもった眼差マナザしで見つめてくる。

 

 ……アレ、なんかあーし、やたら期待されてるくね?


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