第3話 おっさんの棒を握ることで通じ合う(意味深)
今あーしは
ものすごい
飛ぶっつって一体どーやて飛ぶんだろって思ったわけなんだけど、まさか上に乗ってサーフィンみたいにやんのかい? それじゃまるでブレイブストーリーやん。とかなんとか考えてましたワ。
結論から言えば、まさにそんな感じだった。
まるで箒にまたがる魔女のように、あーしは剣にまたがって空を飛んでいた。
いや、サーフィンみたいに飛ぶのはムリ。フツーに落ちる。
股が痛いかと思ったけど、そんなこともなかった。なんか体も一緒に浮き上がっている感じ。これ練習したら別にまたがらなくてもいけるかもしれない。
でも今のあーしは、剣くんに必死にしがみついていることしか出来ない。
なぜなら速度が、速度が、あり得ないくらい速い。速すぎ。冗談じゃなく速い。ヤバいとかじゃない速い。
ジェットコースターとか比較にならない。目ェ開けられないし。息も吸えてるのか分からん。もう何も分からない。
自分が今どこで、何のために、何をしているのか……分からないまま、それでもあーしは空を飛ぶ。
混乱した頭でそれを理解したのは、いつだったのか。
気がついたらあーしは停止していた。そして、そんなに高くないくらいに滞空している自分に気がつく。
「終わったんだね……」
あーしはまるで、何か重大なことを一つ成し遂げた後のような充足を感じていた。
視線を動かして前を見下ろしてみれば、そう遠くないところに街が見えた。デカい壁でぐるっと囲まれた都市。人の住んでいる街。
あーしは地上まで降りて、その足で大地を踏んだ。そして大地というものの素晴らしさを生まれて一番実感していた。
重力ってエラいね。何も言わずに仕事して、あーしくらいは褒めてあげなきゃだね。
そんな優しい気持ちになった。直後に吐き気が込み上げてきた。——いやちょっと待って待って……。
——セーフ。
座って落ち着いたら吐き気はおさまった。
最初はちょっと、コレ無理かも分からんねと思うレベルだったけど、落ち着いてみたら嘘のようにおさまっていった。
これはあーしの日頃の行いが良かったからか。今日一日で、クマを仕留めて男を四人ばかりしばき倒したケド、神様って見るべきところはちゃんと見てくれてるんだね。アーメン。
さて、これからは人間は空を飛ばない生き物なんだって肝に
でもお陰であっという間に街に着いたから結果オーライでしょ。歩いたらだいぶかかってたハズ。
でも今度からは、ゆっくり歩きでもいいカモと思うあーしなのであった。
さっそく街に向かって歩いていく。
入り口みたいなところに人が集まっていたので、あーしもそこに向かう。
街に着いてホッとしていたけど、そういやあーしってすんなり街に入れんのかに?
なんかこんな感じに入り口でチェックとかされてるのを見ると、ふとそんな思いが胸をよぎる。
しかしイマサラどーすることもできないので、もはや後は流れに身を任せるダケ、みたいな。
しばらく待ってたらあーしの番がやってきた。
まあ案の定、門番的な人が何か言ってることがイッコもワカラン。得意のボディランゲージも効果はイマイチ。
門番さんは、見るからに怪しいやつを見る目みたいなのをあーしに向けてくる。
そんなにあーしって怪しくみえる? こんなにマトモな人間って他にいないと思うケドなぁー、なんつて。
どうせできることもないので黙ってたら、なんか別室に連れて行かれることになった。
ダイジョーブかコレ? また変なことにならんよな?
まあ相手は街のちゃんとした人のハズだし、大丈夫よね。万一なんかあった時は……剣くん先輩、オネシャッス。
あんまり剣くんにばっか頼りたくないけど、他に頼れるもんないんで。
連れてこられたのは、フツーの部屋って感じの場所だった。机と椅子くらいしかないシンプルなとこ。
連れられてる間、一瞬、このまま牢屋とかにチョッコーさせられたりして——とか思ったけど、そうはならなかったようだ。ヨシ。
さてどーなるんかな、と思ったら、連れてきた人はあーしにここに待つように仕草で示してから、すぐにどっかに行ってしまった。
あーしはとりあえず椅子に座って待つ。
——すぐ戻ってくるんかと思ったけど、ゼンゼン誰も
いやマジで、ゼンゼン誰も来ないんスけど。
ナニこれ? なに待ちなの、この時間。説明プリーズなんだけど、言葉が通じねーんだよ。
マジそれ。ほんとどーにもならんのやが。言葉。コミュニケーション。一番大事なやつ。イマ痛感してる。——英語をもっと真剣に勉強するべきだったカナ? なんて。
まーこの人たちが話してるのえーごじゃないっぽいけど。英語の単語もイロイロ言ってみたけど、ゼンゼン通じねーし。
いやここってどの辺のアレなんだよ。まったく英語通じねーとか
つーかもう日本語通じろ。ホントに。それしか喋れんのじゃ。
待ち時間はとても長く感じる。
ショージキけっこー
……つーか、お茶かなんかくらい出さんのかい。めっちゃ喉渇いてんだケド。
強盗からパクった水の入った袋みたいなやつはあるけど、なんかこれクサイ臭いするし、口つけたくないんですけど。
せめて一回水洗いしたいわ。つーか洗って干したい。てかもう新品の別の水筒欲しいわ。臭くないやつ。
やることもなしに色々考えてたら、ようやく誰かが入ってきた。
中年のおっさん。門番とは違う服を着てる。
おっさんはあーしの対面の椅子に座ると、あーしに何か話しかけてくる。なんかあまり返事を期待してないような喋り方だ。
事実、おっさんはすぐに言葉を打ち切って、今度は
返事をすることもなくじっとしてたあーしは、出てきた棒を見つめる。
するとおっさんは棒を指して、あーしに握るようにジェスチャーで伝えてきた。
——
まあ、そんなことはないんやろね。おっさんはフツーにまじめ顔だし。てかなんならめんどくさげの顔してるし。
……よく分からんけど握るしかないかー。
握る前にいちおー、剣くんの反応を見る。何かよからぬ系のやつなら剣くんが何らかの反応を出す、ハズ。
剣くんには何の反応も無かった。たぶん大丈夫みたい。
よし、なら、棒を……握る! けど、それでどーなるんよ?
「よし、それで、私の言っていることが分かるかね?」
「日本語シャベッタァ!!」
めっちゃ驚いた。すっげ驚いた。……いやお前、日本語喋れるんかい!
「ニホンゴ? なんだねそれは」
「いや今喋っとるやろ」
アカン、なんか関西人みたいなツッコミしてしまう。だっておっさんが真面目な顔してボケるから。
「まあ、なんとなく言いたいことは分かるがね。私が話しているのは君の言葉とは違う。しかし君にはそれが自分の知っている言葉に聞こえているのだろう。それはこの
そう言って、おっさんは自分が握っている棒を示した。
そう、棒はおっさんも握ってる。あーしも握ってる。そんなに長くない棒の両方を、あーしら二人で握り合ってる。
まるで、ずっと渡されないリレーのバトンみたいに。正面向いて握り合っているのだから、
「この魔道具は通訳の魔道具で、これを握り合っているもの同士は、異なる言葉同士でも意思の疎通が出来るようになる。今の私と君のように」
「えっ、マジで?」
「君の話す言葉は私の知っている言葉に変換されて私に伝わり、私の言葉は君の知っている言葉に変換され、君に伝わる。言ってること、分かるかね?」
「あ、ハイ。分かりまっス」
「ならいい。これでようやく君と話を進めることが出来るということだね」
そういっておっさんは一息いれた。あーしも興奮がおさまって落ち着いてきた。そうして体の力が抜けると、うっかり棒を放しそうになって、慌てて握り直した。
「さて、それでまず、君は何者なのかね?」
いきなりそんなことを言われて、あーしは固まる。
何者って言われても、フツーの高校生っスけど……。なんて言っても、この場ではどーしようもないんだろーなーとゆーことは、なんとなく分かる。
だけど、んなら他にどう言えばいいとゆーのか……。つーか、イロイロ質問したいのはコッチなんだけど。
あー、でもそうか、今なら質問出来るんだよね? だって言葉通じてるみたいだし。
「あの、質問いいっスかー?」
「まずは私の質問に答えてほしいのだがね」
「あー、うん」
「まあ、いい。それで、何が聞きたいのかね?」
お、おっさん意外と親切なのかー? やたら
「ええっと、じゃあ、まず聞きたいんだけど……。この棒なに?」
「……それはさっき説明しなかったかね?」
聞いたけど、よく分かんなかったし。てかマドーグ? とか言ったよね。それがまず分からんのやけど。
んー、でもなんか当たり前みたいに出されたらなんか聞きづらいな……。それに他にもっと聞かないといけないことある気がする。というか、
「なんであーしこんな部屋に連れてこられたの?」
「それは、君が全く言葉が通じなくて、ほとほと困っていたからじゃないのかね」
「確かに、あーしめっちゃ困ってたけど」
「困っていた、というのはこちらの方なんだがね……」
なんだよそっちかよ。そっちも困ってたかも知れないけど、こっちも困ってたから。
「じゃー、その棒使うためにこの部屋に来たわけ?」
「まあ、大体そういうところだ」
なるほど。じゃ、まあそこはいいとして、ジッサイのところあーしが気にするべきは一つなんだよね。イロイロ聞きたいけど、まずはこれ聞かないとね。
「それで、あーしが街に入るにはどーすればいーわけ?」
「そのための質問を、私がさっきしたのだがね」
あ、そういうこと? でも何者とか言われても、なんて答えればいいわけ?
「何者って聞かれても困るんだけど……」
「君は自分が何者なのかも分からんのかね?」
ナニその言い方!? まるであーしのことバカって言ってるみたいに聞こえんですケド! あーしだってそんくらいフツーに答えられるわ! ……こんな状況じゃなかったらね!
「聞き方が悪かったかね。
そうそう、そーいう風に具体的に聞いてくれたらいーのよ。
まあ身分証とか持ってねーけどさ。サイフないし。バッグもない。学生証とか保険証とか何もない。
いや、それ出してもムリそうな気しかしないんだけどね。だって書いてあんの日本語なワケだし。
「無いんだよねー」
「……、それじゃ、名前は?」
んで名前か……。ショージキに答えた方がいーんかな。ま、そーだよね。
「まさか名前も分からないとか言うんじゃないだろうね?」
「
おっさんがイヤミ言うから、フルネーム言おうとして止まっちゃったよ。まー名前はあんまり言いたくないし……、苗字だけでもいーか。
「ユメノ、ね。あまり聞かん名だな。……まあいい。では次、出身はどこかね?」
うわこれ、全部答えていかなきゃいけないの?
住所か……。なーんか言いたくないんだよね。別に言うのが嫌ってゆーわけじゃなくて、なんか、言ったところで
だいたい、剣に乗って空飛んだ時点で、今の
なんだか話せることに浮かれてたけど、イロイロ聞かれるとなんか怖くなってくるなー。あーしってここではどういうカンジの扱いなんだろ? ……下手なこと言わん方が良くね?
「できれば早くして欲しいのだがね」
「ていうか、こんな風にイロイロ聞くのってひつよーなんスかー? あーしただ街の中に入りたいだけなんスけどー」
なんか
「君が怪しいやつじゃないと分かるまでは、街の中に入れるわけにはいかんのだがね」
「あーし別に怪しいやつじゃねーし!」
「私からみたら十分怪しいがね。現に今も聞き取りを拒絶しているわけだしね」
「ウグッ」
くそ、このおっさん痛いとこついてくるなー。やっぱ性格悪いっしょ。なんかイヤミな感じだし。
でもこの性格悪いイヤミなおっさんを何とか説得しないと、街に入れないんだよねー。
うーん、メンドクセー……。
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