積み荷のない船~暴走ミャンマー編~
ラビットリップ
第1話 積み荷のない船は西へ舵を取った。
今回私が指定した、逃亡先条件は以下の通りである。
1.期間は冬季休業開始の12月21日から、仕事開始日前日の1月4日までの15日間。
ともかく、親と顔を合わせる時間を一切なくしたい。
2.旅行費用は15万円くらい。(航空券、宿代、雑費も含む。)
3.暑い国へ行きたい。洗濯で回すことができるから、荷物が少なくて済む。
4.地方田舎に住んでいるため、面倒くさいから、出来れば小松空港から旅立ちた
い。国内ハブ空港からの出発となるとそこまでの往復交通費も馬鹿にならない。
地方空港は本数も少なく航空券代も高いが、関西空港などのハブ空港までの往復
交通費を引いたら、ほぼ同じ価格ということもある。だから先に地方空港発をチ
ェックしてから、ハブ空港発の値段を見る習慣にしている。
10月中旬、これらの条件を満たした国と出会った。それがミャンマーだった。この選定に際しては、昨年末行ったスリランカバックパッカー旅行の成功の余韻を引きずっている自分を認めざるを得なかった。スリランカもミャンマーも、仏教国であるスリランカ旅行の成功で、仏教国は無条件に日本人に親切であり優しくしてくれるだろうという、自己中心的な解釈を持つようになっていたのだ。
通知表を付け終わり、さて1月からの授業準備に取り掛かろうかとしていた時、管
理職の大西が満面の笑みを浮かべながら、私に近寄ってきて、机上に渡航届の紙きれ
を置いた。
「今年はどこへ家出すんの?お土産はいいからね。荷物になるさかい。」
年末年始を海外で過ごすイメージがついている私に大西は、気を利かせて先に渡航
届を持ってきてやったぞ、と言わんばかりのどや顔も添えてきた。要はしっかりと職
員分のお土産も買って来いよ、と言いたいのだろう。公的機関に勤めている者は、居
場所の確定と言う意味合いにおいても、民間企業よりも海外渡航届の提出に厳しい。理解しているが、この紙きれを書くのが一番嫌な作業だった。
「承知しました。」
と口元だけ笑ったものの、心は完全に拒否していた。渡航先がミャンマーであること
や、宿の名前、行程などをざっくりと書き、先に帰宅して、空洞になっていた管理職
の机上に無造作に置いた。きっと明日、根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
「なにこれ?どこ行くの?何をするの?これ泊まれるの?安全なの?」
質問攻めにあうことは容易に想像できたが、バックパッカーの旅は、そんなにかっ
ちりと行程を決めず旅立つことが多いから、聞かれても口ごもることが多い。一人旅
をしたことがない人に説明することだけでも骨が折れるのに、明日からは保護者と向
き合い通知表を渡すと言う、おしゃれなイベントが3日も続く。憂鬱な事柄が1つ増
えたことに軽く嫌悪感を覚えた私は、そそくさと職場を後にした。
※
12月21日、衣類と化粧品類と小物だけ詰め込んだ機内持ち込みサイズのスーツケースとリュックを抱え、重い雲に覆われた小松空港から、経由先のソウルへ大韓航空で向かった。
基本的に私は貧しい国へ旅立つとき、現地で衣類を寄付してくる。簡単に言うと、宿泊するゲストハウスのオーナーに上げる感じだ。最終日に捨てたくない最低限の衣類を身に付け、半分空っぽになったスーツケースにお土産をぶち込んで帰国する。
だから私の断捨離は基本的に海外旅行で行われるのだ。
昔ベトナムへ渡航した際、いらない服をごみ箱に捨ててチェックアウトしたら、清掃スタッフが
「もらってもいいか?」
とわざわざ私を追いかけて言ってくるということがあった。
こちら側からしたら、もう色も剥げていて、パジャマとしてもいかがかな、という代物だったので、欲しいならどうぞ、という感じで返答したが、その時、このようなレベルの衣類でも欲しがる人もいるんだなと言う現実を知り、なるべく日本より貧しい国へ渡航する際は、現地で衣類を捨てて来ようと決めた。
ごみ箱には捨てずに、ベッドの上に畳んで置くようになったのもこの1件からだ。
小松ーソウル便の機内は、地方便らしくモニターもなく、本を読むしかない環境だった。さて、機内誌でも読むかとページをめくろうとしたとき、残念ながら、ちょっと前より気になっていた横の違和感が本格的になった。それは、多動の乗客だった。
ずっと体を激しく動かして、私の座席まで振動が伝わってきて、飲み物が床にこぼれるほどだった。この状況を伝えるためにCAを呼んだが、地方発着便の外国航空会社には日本人CAが乗務しておらず、母国語と英語と単語的な日本語しか話せないため、非常に困った。
最終的には状況を見てもらい、
「シートチェンジ、プリーズ。」
という、薄っぺらい英会話で他の席に移ることができたとき、少しホッとしたものの、心には茶色いものが広がってしまった。
ADHDではないか?発達障害?と言う英単語を言おうとして、うまく伝わらなかったから、心に濁りが残ったわけではない。端から私は、どうせ伝わらないだろうから冷静に状況を見てもらおうと、どこか腹を括ってCAを呼んだ節がある。
普段から多動の児童と向き合う仕事をしているため、その児童と重なっただけだ。
彼も飛行機に乗ったら、このように相手に違和感を与えてしまうのだろうか。
そんなどんよりとしたことを考えていたからだろうか。離陸後すぐに配られた、機内食のサンドウィッチを食べる気力を失っていた。朝食を口にしてこなかったため、ひどく腹は減っていたはずだったが、胃が受け付けなかった。この時まだ、全身が仕事モードに入っていたのかもしれない。サンドウィッチと一緒にモッツアレラチーズのサラダが添えられていたので、好物のモッツァレラチーズだけ口に放り込んだ。
あと40分で仁川国際空港へ到着する。身も心も旅モードにするべく私は、リュックサックの中からガイドブックを取り出し、旅の予習を始めた。
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