第67話 土曜日まで白檮山さんはこれからの軍資金つくりの連勤か

 さて、ふみちゃんとの再会やら、自宅の周辺の案内やらと、学校の予習復習だけで日曜日は終わってしまった。


「あ、やべ、来週からのバイトのシフト聞いてなかったな。

 確認しておくか」


 俺はスマホのSNSアプリから王生いくるみさんへメッセージを送った。


 ”来週のバイトのシフト、俺どこか入った方がいいですか?”


 しばらくして王生いくるみさんから返信が戻ってきた。


 ”来週は白檮山かしやまさんが月曜日から土曜日まで、オープンから夕方までシフトに入ってくれますので、厳しいようなら無理しなくても大丈夫ですよ”


 ”ならオープン準備だけ手伝いに行きましょうか?”


 ”あ、そうしてもらえるとこちらとしては助かります”


 ”了解です。

  じゃあ来週は日曜日以外朝7時から10時過ぎまでで入りますね!”


 ”よろしくお願いします”


 という訳で来週は日曜日以外、朝一番のパティスリーのバイトに入ることにした。


 白檮山かしやまさんが連勤する理由も、今後薄い本を買うための資金調達だろうな。


 大してページ数がなくても、500円から1000円くらいはするのが薄い本というもので、それを何十冊と買ったりするのも普通だったりする。


 基本的に大手もメジャーな作品は委託販売していることもあるが、個人の作品などは同人イベント以外では手に入らない場合も多いからな。


 さらに様々なグッズなども買うともうきりがない。


 そうするとイベント一回で何万という金が吹き飛ぶことも、決して珍しくなかったりもする。


 実際コミケなどでは、一人当たり平均2万くらい使われてるらしいし。


 なので、ドルオタや同人オタはバイトの勤務態度は非常にまじめで長時間労働を苦にしないが、イベント開催日になる土日を休みやすいのが雇用主側には悩みの種らしい。


 風俗嬢にも結構そういうタイプの女の子が多く、日曜日は女の子を集めるのが大変だったなぁ。


 それはともかく、翌朝は朝早かったこともあって、さすがにふみちゃんは来ておらず、ささっとコーンフロストのシリアルに牛乳をかけたものと、皮付きのリンゴをかじって、朝食を済ませパティスリーへ出勤。


「おはようございます」


 俺は約束通り7時の15分ほど前にお店に顔を出した。


「あ、おはようございます」


 王生いくるみさんはあいかわらず早い。


「相変わらず7時から仕込みなんて朝早くて大変ですね」


「いえいえ、ゴールデンウィークはもう暇な時期なので余裕を見ているだけですよ」


「ゴールデンウィークって暇なんですか?」


「うちは町の洋菓子屋さんですからね。

 わざわざゴールデンウィークに来てくれるお客様はそう多くないんです。

 あと、暖かくなってくるとどうしても甘いものよりさっぱりしたものに趣向が変わりますし。

 なのでパティスリーの繁忙期は10月から4月くらいなのです」


「なるほど、夏だとどうしても生菓子は痛みがちですし、かといってドライアイスをたくさん用意するのもコストがかかりますし、難しいところですね」


「私は製菓の専門学校を卒業していますが、専門学校という場所は美味しいケーキの作り方は教えてくれても、それをどうやって売るかは教えてくれませんでしたからね」


「そうなんですよね。

 学校は勉強をするところではあっても、ものをうまく売り出したりして生活するためのすべを教えてくれるわけではないのですよね。

 特に高校や専門学校までは」


「そうですね。

 その点で秦君はすごく変わった子だと思いますが。

 オープンの準備だけなんて大変で楽しくない作業を手伝ってくれる人は初めてですよ」


「ああ、そうかもしれません。

 でも、たいていのことって準備とか段取りが大事ですし、楽しくないところをきちっとやる人間は絶対必要ですからね」


 それについては風俗時代にさんざん痛感したからな。


 受付や女の子の待機場所の掃除とか、女の子が使う仕事道具の入った小物セットの中身、たとえばコンドームがちゃんとそろってる、コスチュームがきれいに洗濯されている、などというのは、それが当たり前のはずなのだが、人手が足りないとどうしてもそこまで手が回らなくなってしまう。


 そういう下っ端がやっていて当たり前のことを手を抜かずにやるのは大事なんだ。


 まあ、ここにかぎらず個人経営のお店のパティシエは大変だったりするのだが。


 ともかく俺はいつものように手洗いや粘着シートで衣服の糸くずや髪の毛、埃などを取って、照明のホコリを落とし、ショーケースの中と外をきれいに掃除し、店の外側のガラスをきれいにして、清潔感がとても大事なトイレの便座だけでなく、壁や床、洗面台、鏡、蛇口などもピカピカにする。


 お店の顔である玄関やフロアもほうきで掃いた上でモップがけし、テーブルや椅子もきれいに拭いて店舗の清掃を終えるころには、焼きあがったケーキをもって王生いくるみさんが厨房から出てきた。


「いつも丁寧に掃除していただいてありがとうございます。

 本当にありがたいです」


「本当は誰でも同じようできるように、手順マニュアルを作成したり、掃除後のチェック表も作った方がいいんですけどね」


「すみません、なかなかそこまで手が回らなくて」


「いえいえ、余裕ができてきたら俺が作ってみますよ」


「ではお願いしますね」


 そして白檮山かしやまさんも出勤してきた。


「おはよー。

 相変わらずお店がぴっかぴかになってるね。

 これはすごい」


「おはようございます。

 白檮山かしやまさん。

 では、今日は俺はこれで上がりですね」


「はい、オープン準備のお手伝いありがとうございました」


 そして王生いくるみさんがいくつかの洋菓子を俺に手渡す。


「この南瓜のブラウニーにハロウィンティラミスとパンプキンパイは今年のハロウィンに出す予定の新作なので食べて意見を出してみてください」


「もうハロウィンの新作の準備ですか?」


「ええ、8月くらいにはチラシなどの準備もしないといけませんしね。

 実はそれほど余裕はないんですよ」


「なるほど4か月ぐらいで今年のハロウィンやクリスマスの新商品として売るものを、決定しないといけないわけですしね」


「それにクリスマス用の試作品も並行して考えないといけませんし」


「わかりました。

 ではいただいていきますね」


 という訳でおれはどう考えても季節外れなハロウィン用の洋菓子を抱えて自宅に戻るのだった。

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