462 アリサ



 「この子が次女のクロエ様だよ。

 さあクロエ様お部屋に戻ろうかね。あんまり年寄りを心配させんとくれよ」


 そう言った老婆がクロエという名の幼女の手を引いて部屋まで戻っていった。


 クロエはそんな老婆の顔はもちろん俺の顔も見ることはなかった。手を引かれるままただ素直にっていうかロボットのように老婆の後に付いて行ったんだ。

 目から流れる涙を拭いもせずに。



 「なあ婆さん」


 「婆さんじゃないよ!あたしゃバブーシュカって名前があるんだよ!このくそガキが!」


 「そうかいバブ婆ちゃん。俺もくそガキじゃなくってアレクって名前があるんだよ!」


 「バブ婆‥‥そうかい変態顔のアレク。ヒッヒッヒ」


 「変態顔じゃねーし!」


 ホント口の悪い婆さんだなバブ婆ちゃんは。


 「あんたも同じだよアレク」


 あらら‥‥

 

 「なあバブ婆ちゃん。なんでクロエはあんなに汚いんだよ!せめて拭いてやったらいいじゃんか」


 「あんたね‥‥あの子は自分で身体を拭こうともしないんだよ。まして他人に触られたら火がついたように泣き叫ぶのさ。それは上のアリサが触っても同じさね。だからあたしが触れるわけないだろうが」


 「そんでもあれじゃ汚過ぎじゃないか」


 「皇帝さんが来る前の日だけは泣き叫んでも無理やり身体を拭いてるんだよ」




 「アレク‥‥人族は多少汚くても死なないわよ。それよりあの子の心のほうが心配ね。そう遠くないうちに完全に心が壊れるわよ」


 そうだ。今でもまるでフランス人形そのものだもんな。


 「そうだねシルフィ」


 「(おやまあまた変態アレクが独言を始めたね)」


 「どうするシルフィ?」


 「心が病んだ理由は母親が死んだからだわ。そしてそのぽっかりと空いた悲しさ、寂しさを埋めるべき父親や兄妹からの言葉も行動もなにもかもが足らなかったんだわ」


 「そうだよね‥‥」


 「還ってこさせるにはクロエって子がもう1度母親の死と向き合わなきゃいけないわね。

 そしてそのときあんたが横にいてあげることでしょうね」


 「うん‥‥」


 「だってアレク‥‥あんたも病気で死ぬ直前まであの子と同じだったじゃん」


 「だね‥‥」


 シルフィの言うとおりだ。

 俺はたまたま女神様がこの世界に生き返らせてくれたから振り返られる。

 だけどそうじゃなかったらただ救われない絶望のなか、恨みや憎しみ、恐怖の辛い心を抱いたまま生を終えてたからな。
















 「アレク独言は終わったかい」


 「ん?ああごめんなバブ婆ちゃん」


 「‥‥さて2階に行くよ。次は長女さね」


 クロエを寝かしつけたあと。バブ婆ちゃんと2階に向かったんだ。


 ギシッッ ギシッッ ギシッッ ギシッッ‥


 床板抜けないかな。でもこれはこれで盗賊でも入ったら音でわかるよな。てか探知すればいいだけなんだけど。


 「長女のアリサ様はお綺麗だからあんたは絶対へんな気を起こすんじゃないよ」


 「いやだからバブ婆ちゃん俺変態じゃないから」


 「わかるもんかい」


 「俺だってまだ皇帝のおっさんに殺されたくないわ」


 「そりゃまあそうだねヒッヒッヒ」


 ギシッッ ギシッッ ギシッッ ギシッッ‥


 2階の右奥。バブ婆ちゃんとクロエの部屋の上あたりに長女アリサの部屋があった。



 「アリサ様は帝都学園の2年2組さね。強力な火魔法を発現できるから魔法科に入りゃいいのに武芸優先のほうがいいんだとさ。だから剣の修行もしてる変わり種さね」


 へぇー。たしかに帝都学園はヴィヨルド学園のモデル校だもんな。

 学年のクラスは武闘祭の結果による各50人×10組。500人が上位1組から10組までのクラス分け。

 帝都学園に入るだけでも至難の業なんだ。だからたとえ学園10組生でも十分立派とも言えるだよ。

 

 そんな帝都学園には武芸はだめでもごく僅か魔法の発現に優れた魔法士を養成する魔法科もあったはずなんだよな。たしか学年20人の上位下位10人ずつの2組制だっけ。

 アリサの2年2組は充分強いな。


 「入るよアリサ様」


 「ノックしてから入ってって何度言ったらわかるのよ!」


 そんな怒号とともに出迎えてくれたのは‥‥


 ああ。たしかに綺麗な子だな。クロエがおかっぱ頭のフランス人形だったらこのアリサは背中まで伸びたウェーブがかった栗色の髪が綺麗なリアルフランス人形だよ。洗濯が行き届かないから貧相にみえるけどレースが飾られた漆黒のワンピースはリアルゴスロリのお嬢だよ。


 クロエと同じ大きなブルーの瞳は意志の強さを表してて勝ち気な印象を与えるな。

 てかなんで怒りまくってんだ?それともふだんから鬼の形相なんじゃね?


 でもさ。こんな綺麗な娘がツンでたまにデレてお兄ちゃんなんて呼ばれた日にゃあ俺間違いなくキュン死するよ!あははは間違いなくね!


 「誰よこの変態!誰が鬼よ!誰がつんでなんとかよ!なんで私が初対面のあんたをお兄ちゃんなんて呼ばななきゃいけないのよ!」


 「アレクあんた‥‥ヒッヒッヒ」


 あっ!しまった……。


 「バブーシュカ。この変態を早く連れてってよ!」


 「へいへいアリサ様。こいつはアレク。今日からこの家に住む帝都学園生さね」


 「そんなこと聞いてないわよ!なんでこんな奴と一緒に暮らさなきゃいけないのよ!」


 「あたしに文句を言われてもね。お父上に言いな。

 でもペイズリー様からの話だしお父上も許可されてるだろうさねヒッヒッヒ」


 「アレクあんた何年生だい?」


 「ん俺?ああ3年1組でたぶん学園1位のはずだよ」


 「じゃあアリサ様の1つ上だね。本当に兄さんだねヒッヒッヒ」


 「そうなるよな」


 「あんた‥‥ひょっとしてマルコ先輩の代わりに来たっていう留学生?」


 「ああそうだよ」


 「まさか‥‥マルコ先輩より強いの?」


 「直接闘ってないけどたぶん俺のほうが強いかな」


 「うそうそうそ!ぜったいうそよ!マルコ先輩より小さいしあんたみたいな変態顔が強いわけないわよ!」


 なんだこいつ?俺にもいきなり噛みついてきたな。キャンキャン吠える小鬼顔の犬かよ!

 ゴスロリ系美少女って思ったけど訂正だ。こいつはかわいいけど癇癪持ちの妹だな。


 「誰があんたなんかの妹になるもんですか!なんなのよ一体!」


 速射砲のように叫び続けるその顔はやっぱり鬼の形相だった。


 「じゃあ今日からよろしくな」


 手をさし出した俺の手を叩こうとするアリサ。


 ガシッッ!


 「そう。握手はちゃんとしないとな」


 「くっっ‥‥」


 叩こうとした手のひらを掴んで握手する俺。

 ああアリサ魔力はけっこうあるじゃん。火魔法か……。


 「なにするのよ!誰があんたなんかと握手するもんですか!離しなさいよ!」


 「うるさい!アリサお前は今日から俺の妹だ。逆らうことは許さねぇからな!

 行こうかバブ婆ちゃん」


 「ああ。おもしろくなってきたねヒッヒッヒ」



 アリサの部屋は綺麗だった。姿見もあったしシンプルだけど女子らしい小物類もあった。


 「バブ婆ちゃんアリサの部屋は?」


 「ああ自分で掃除してるんだろうね」


 「ふーん」



 でもやっぱ服も薄汚れてたし顔も清潔感がちょっと足りないかな。てかそれこそ妹のスザンヌのほうが貧しい農民らしい服装だけど温泉効果で肌もツヤツヤして清潔なんだよな。


 あっ!温泉?

 そっか温泉だよ!













 「アレクあんたいつも独言言ってて気持ちの悪い子だねえ」


 「そう言うなよバブ婆ちゃん。今日から一緒に暮らす家族じゃないか」


 「あんた‥‥あたしの部屋に入ってくんじゃないよ!」


 「入らねーよ!絶対!」

 



 ギシッッ ギシッッ ギシッッ ギシッッ‥


 「こっちの角にいるのが長男さね」


 「デーツ様入るよ」


 そう言いながらバブ婆ちゃんが入った部屋は‥‥。


 なんじゃこりゃ!?


 描きかけの失敗作らしい羊皮紙の画紙が散乱する部屋だった。

 ああ丸めてポイしてあったのはこれだな。


 そこには一瞬チラッとこちらを見ただけで絵を描く作業に戻った長男がいたんだ。


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