461 クロエ



 「すいませんゴミ屋敷はどこですか?」


 「ああ次の角を右に曲がってすぐだよ」


 ゴミ屋敷は帝都に住む誰もが知ってる「名所」みたいだった。



 国民から絶大な人気を誇る前皇帝とそれに相反するゴミ屋敷の存在。不思議だよなって思ったんだ。


 なによりもゴミ屋敷なるものがモノ自体が無いこの世界で存在するんだって事実が信じられなかったんだ。

 でもね。ゴミ屋敷はたしかにそこに存在してたんだ。



 俺の目の前には錆びついた門扉。周囲は本来なら剪定が施された庭木の類い。でも現実には荒れ放題伸び放題の草木。

 門扉から建物の玄関まで。以前は馬車で行けたんだろうな。土も踏み固められてるから雑草も玄関までの直線道には少なかったから。


 門扉から建屋までは15メルほど。本来は緑の芝生だったんだよここ。だけど……ここも雑草が生えまくっている。


 ササササッッ!


 チューラットが走っていったよ。帝都の真ん中で生きてるチューラット。こりゃ相当酷いな。


 2階建の立派な建屋はさらに凄かったんだ。うんリアルお化け屋敷だね。


 乾涸びた鳥の糞やら何かの動物の糞が薄汚れた灰色のペンキとなってあちこちにぶち撒けられている外壁。

 石造の部分は色が変色するくらいだからまだ許せるけど、木造の部分酷いな。

 たった5年の雨風にさえ耐えられなかったみたいなんだよね。

 穴が空いたままだったり風で飛ばされたり動物の爪研ぎ跡やハミ跡だったりと散々の様なんだ。まさか安普請なのかな。


 朽ちてはがれ落ちた木材の外壁が辺りに散らばってるよ。帝都は海からも近いから塩を含んだ海風の影響をモロにうけたのかな。


 ああこりゃたしかにゴミ屋敷だよ。さらによくよく見たらクチャクチャに丸めて捨てられた羊皮紙っぽいものもたくさん無造作に捨てられてるよ。これって絵を描いた跡?

 他にも割れた陶器もたくさん捨てられてるし。


 モノがない世界にあるゴミ屋敷。なるほどなあ。これは想像できなかったよ。



 ギギギギギーーーーーッッ


 錆びついた門扉を無理やりこじ開けて中に入る。人1人分の道すじはまるで獣道だよ。これひょっとして皇帝のおっさんかな。いや絶対皇帝のおっさんの足あとだな。


 「すいませーん」


 










 しーんと静まりかえるお屋敷。

 門番(衛兵)がいるわけないし、呼鈴らしきものも錆びついてるし。


 「ごめんくださーい」










 「誰かいませんかー」













 2、3度声をかけても反応はなかったんだ。

 元は馬車が横づけできたであろう玄関。ここは石畳だから流石に雑草は生えてないな。

 でもチューラットの糞がそこらじゅうに散乱してるよ。


 うへっ。くせぇな。どんだけいるんだよチューラット!



 「勝手に入るよー」


 玄関から室内へ。土足だから入れるレベル。


 ギシッッ ギシッッ ギシッッ‥


 あらら。床板に穴空いてるよ。こりゃ安普請確定だな。うちの村じゃあり得ないよ。だいたい木造の木なんか高級品だから湿気に注意して無駄なく建ててるからね。


 こんなとこにゴーストでも住まれたら。俺ちびる自信あるぞ。


 「シ、シルフィさんお願いします。ど、どうか根性なしの俺を守ってください」


 「お前相変わらずビビりだよな」


 「男前のシルフィさんだけが頼りです」


 「任せとけべらんめえ」


 あっ。謎の江戸っ子精霊シルフィだ。


 「あ、ありがとうございます」


 ギシッッ ギシッッ ギシッッ‥


 玄関から右手の食堂らしき部屋に向かったんだ。そしたら。


 「誰だい?」


 「ヒッ!」


 俺よりも小さくて背骨がしっかり曲がった皺くちゃな婆さんがいたんだ。


 ででで、出たゴーストだ!


 「誰がゴーストだい!失礼な子どもだね!物盗りかい?金目のものなんかありゃしないよ!それでもよかったら勝手に持ってきな。

 ただ子どもたちに手を出すはやめときな。

 ここの主人は『帝国の不沈艦ロイズ皇帝』だからね。あんたの親族もろとも跡形もなくやられちゃうよ」


 「物盗りじゃねぇよ!」


 売り言葉に買い言葉。思わず叫んでたんだ俺。

 てかなんだよその2つ名!あの変な皇帝のおっさんかっけぇ2つ名があるんだな。


 「フフ変態や狂犬と大違いね」


 くそーっ!そのとおりだよ!



 「あの俺ペイズリーさんから頼まれて今日からこの家に住むアレクです」


 じっと俺の顔を見た皺くちゃの婆さん。


 「ああなんだい。あんたがそうかい。

 案内してやるからついてきな」


 そう言った老婆が屋敷内を案内してくれたんだ。

 いきなり現れた俺に何の驚きも疑念も感じないだなんて。やっぱ話はついてたんだな。


 ギシギシッ ギシギシッ ギシギシッ‥


 「鍵なんてないから要るなら自分で何とかしな。だいたい金目のモノなんてないから盗っ人だって来ないさね」


 ギシギシッ ギシギシッ ギシギシッ‥


 「ここが食堂さね。メシは朝晩2回だよ。昼は学校で食べな。

 子どもたちのメシは部屋にあたしが運ぶけどあんたはどうするね?」


 「俺?俺はここで食うよ」


 食事はみんなで食堂で食べなきゃな。それとどんな食事を食べてるのか俺も食べてみないとわからないもんな。


 「好きにしな。ただ人がいないとすぐにチューラットに食われるから注意しなよ」


 「わかったよ」



 食堂の広さは充分過ぎるくらいに広い。いや広過ぎるんだ。ヴィンサンダーの屋敷と変わらないくらいにね。人がいないからこそ寂しいんだ。

 昔は賑やかだったんだろうな。


 煤けて蜘蛛の巣が張りまくった燭台。床にはカビやら何かの残滓。もちろんチューラットの糞も点在してるよ。てか家の中なのにありんこや小さな虫も普通に這ってるし。


 ササササッ!


 あっ!またチューラットだよ!

 家の中にもチューラットが複数いるよ!あり得ない!


 てかカビ臭いな。へんな匂いもしてるし。こりゃペイズリーさんの言うとおりゴミ屋敷だな。


 「隣には小部屋が2つ。奥はあたしの部屋だからね。入るんじゃないよ。変なことしたら承知しないからね」


 誰がするか婆さんめ!


 「本当かい?あんた変態みたいな顔してるからねヒッヒッヒ」


 「あはははアレク言われてやんのー」


 くそー!どんな顔だよ変態って!


 「へんな子だね。大声で独り言言って。やっぱりあんた変態だねヒッヒッヒ」


 「勘弁してくれよ婆さん」


 口は悪いけど悪人には思えない婆さんだな。


 「あたしの手前が次女の部屋さね」


 と、老婆はノックもなしにその小部屋を無造作に開けたんだ。


 「クロエ様。ん?居ないね。またかい。あの子娘ときたら‥‥世話の焼ける子どもだよ。ほんとにもうブツブツ‥‥」


 そんなことを独言しながら老婆が部屋を出たんだ。

 

 (何だこの部屋?これが子どもの部屋なのか?)


 次女の部屋は殺風景そのものだった。部屋にはベットが1台あるのみだったからなんだ。まるで病室だよ。

 でも清潔な病室と真逆の部屋だった。

 ベット。シーツ全体にはおしっこ滲みが見えた。しかもそのベットの脚にもカビが生えていた。


 壁から天井に至るまで全面がカビや蜘蛛の巣だらけ。

 

 「臭っ!」


 ツーンっと臭うあの臭は間違いなくオネショだな。


 「婆さん掃除はしないのかよ?」


 「するわけないだろうが!」


 老婆が目を吊り上げて言ったんだ。


 「なんでだよ?こんなに汚いのに!」


 「なにも知らないくそガキがもの言ってんじゃないよ!

 あたしがもらうのは食材代として月に100,000Gと3人分の朝晩の料理代、洗濯代が100,000Gの合計200,000Gだけさね!

 今どきこんな端金で働くメイドなんているもんか!」


 そう吐き捨てるように言った老婆。


 3人の子どもの食費が月に100,000G。朝晩合わせてに1日3,300Gで3人食わすのか。そりゃたしかに厳しいだろうな。帝都は物価も高いだろうし。

 それでもこの汚さはなんなんだよ!?掃除くらいしろよ!


 「こんだけチューラットの糞やカビが生えまくってて。皇帝は怒らないのかよ!?」


 「ああ怒らないさね」


 「なんでだよ?」


 「だいたい皇帝がこの家にお顔を見せに来るのなんてこの数年、月に1回あればいいほうさね!」


 なんだよそれ?!なんで自分家に毎日帰らないんだよ?!


 「なんでってそりゃあんた、子どもたちからあんだけ拒否されりゃあ‥‥」


 そう言って老婆が寂しそうに笑ったんだ。


 「皇帝が来る前の日にゃ誰か人が来るさね。

 あたしはそれを3人にあらかじめ伝えておくのさ。

 『明日はお父上が来ますから癇癪を起こさないでください』とね」


 屋敷外に転がる割れた陶器に目を移しながら。老婆はUターンして食堂の反対側、玄関から左手にある部屋に向かったんだ。


 ギシギシッ ギシギシッ ギシギシッ‥



 「部屋に居ないときの次女はいつもこの部屋にいるのさ。日当たりのいいこの部屋の椅子には亡くなられた奥様が座ってたそうだからね」


 そう言いながらまたしても老婆がノックもなしに扉を開けたんだ。


 「クロエ様」













 「ああまたここにいたね。心配させないでくれよ。あたしゃあんたに居なくなられると困るんだよ。

 この子が次女のクロエさね。歳は3歳。本当なら今月から教会学校の1年だが‥‥まあ見てのとおりさね」


 「!」


 そこにはこのゴミ屋敷に来てから1番の衝撃が待っていたんだ。


 ギーコ ギーコ ギーコ ギーコ ギーコ‥


 揺れる椅子(ロッキングチェア)に揺られ呆然と座っていたのは3歳の幼女だった。

 東北の爺ちゃん家のテレビ横に座っていたフランス人形だ……。


 淡い栗色のおかっぱはグリスで塗り固められたようにカチカチ。これ長い間洗髪していないな。

 当然のように顔や手足もまた垢まみれ。乾燥した皮脂が粉になってふいている。

 糞尿のすえた臭い。

 風呂は疎か1ヶ月近く拭いてさえいない有様だな。



 「マジか‥‥」


 「酷いわねアレク‥‥」


 「ああ‥‥」

 

 そんな見た目よりなにより。俺が固まってしまった1番の理由はクロエの瞳なんだ。


 ブルーの瞳からは喜怒哀楽はおろか生者としての輝きの一切が失われていたんだ。


 世の中のすべて。ありとあらゆるものに絶望し尽くした瞳。

 そのくせ瞳から流れ落ち続けているのは涙という名の水分。


 それは転生する1年前の俺そのものの瞳だった……。


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