274 吐き出す



 「「「お帰りー」」」

 「ただいまです」



 「どうだった?」

 「はい、みんなに話を聞いてもらいました」

 「そう」


 俺は少しはにかみながらも笑顔で応えた。

 行く前の逃げるようにブーリ隊に向かったときとは俺の顔つきが違うんだろうな。話をしたことで今は少し晴れやかな気持ちにもなったんだ。

 こっちでも、みんなにちゃんと思いの丈を話さなきゃな。


 「その前にメシを作りますね」




 ▼




 ボル隊の夜ごはんはお粥にした。

 みんな病み上がりだからね。


 「今日の夜ごはんは消化の良いお米のお粥です。食べられそうな人は焼魚や貝をのせて食べてみてください。この胡麻油を少しかけると味も深まります」


 鮭や貝柱は少し干してから炙ったもの。塩味と素材そのものの味がするから食欲が湧いてくるはずだと思う。

 鮭はまさにキングサーモンそのものの素晴らしい味だった。昔スーパーで買った安売りの冷凍鮭の塩焼きをよく食べさせられたけど、それよりもはるかに美味しかった。そんな鮭や貝柱を炙ったものをのせたお粥に胡麻油を少し垂らすと一気に中華風になって食欲も増す。でもまだ食欲があまりない人はお粥だけでいいんだ。

 魚や貝は残ってもいい。明日のおにぎりの具材にするから。これからはフードロスにも気をつけないとな。いつ補給もままならなくなるかもわからないから。

 と言っても鮭や貝はたくさん確保してあるけどね。



 「へぇー前も食べたやつだよね?麦のよく似たのは小さなころ風邪をひいたら食べさせられたわ。見た目も含めてあんまり美味しくなかったけどこのご飯のお粥?これは美味しいわね」

 「ああなんだか優しい味だよな」

 「魚や貝柱をのせると何杯でも食べられそうだよ。僕食欲も出てきたよ!」

 「アレクこの胡麻油も美味しいです!」

 「うん、良かった‥‥」

 「あーアレク泣いてるー!」

 「泣いてねーし‥‥」

 「やーい泣き虫アレク!」

 「言うよなセーラは!」

 「当たり前です!アレクはほっとくとまたみんなに心配をかけるんだから!」

 「ごめんって……」

 「ホントよアレク君。セーラさんに心配かけ過ぎなのよ。ブーリ隊に言ってる間もセーラさんは心配して大泣きしてたんだから」

 「あーマリー先輩言っちゃだめです!」


 セーラが赤い顔をしてモジモジ下を向いていた。



 フフフフ

 あははは



 「「「おいしかった。ごちそうさま」」」


 お粥は俺も含めて満身創痍だったボル隊にはよく合ったみたいだ。


 食後の「別腹」は塩大福を作った。ブーリ隊には同じやつを倍量ほど用意してきた。

 塩大福は甘塩っぱくて大好評だった。




 ▼




 「さて‥‥じゃあ聞こうか」

 「ああ」

 「「はい」」

 「はい」



 ボル隊のみんなの自然体にちゃんと聞くよって感じがとってもありがたい。

 ブーリ隊の先輩たちもそうだったけど、あらためて俺は仲間に恵まれていると実感したんだ。



 「アレク、ちゃんと話すんだよ。がんばれ!」

 「がんばれ!」


 シルフィとシンディの2人がマリー先輩の肩に乗って声援を送ってくれる。


 「ちょっぴり長くなりますけど聞いてください」


 うんうんとみんなが頷いてくれる。


 「俺本当の名前はショーン・サンダーと言います。生まれはヴィンサンダー領領都サウザニアです。

 父上の名はアレックス・サンダー、母上の名はセーラ・サンダーと言います」

 「「まさか‥‥」」


 マリー先輩もキム先輩も即座に気づいたようだ。


 「はい、先輩たちのお気づきのとおりです。父上はヴィンサンダー領の領主でした。

 母上は俺が産まれてすぐに亡くなりました。病気で亡くなったのか、何か理由があるのかどうかは今ではわかりません。


 父上は生まれたての俺の養育もあってすぐに家宰の言うままに後添えを迎えました。女の名はオリビア。家宰のアダムが何処から連れてきた女です。その直後に産まれた弟はシリウス・サンダー。顔は俺や父上にはまったく似ていません。性格もですが‥‥言い難いことですが家宰のアダムやオリビアによく似ています。

 父上は母上が亡くなってから3年後にノクマリ草という毒草で毒殺されて亡くなりました。その葬儀の前後に俺もまた毒殺されました」


 「酷い‥‥」


 セーラが唇を噛みしめる。


 「‥‥」


 何か思うところがあるのか、キム先輩は難しい顔をしていた。


 「父上の葬儀のとき、弟のシリウス・サンダーが世継ぎになると発表されました。まだ父上が生きているうち、父上は俺にヴィンサンダー領を託すとよく言っていました。が、もちろんその言葉の証拠はありません。


 家宰アダムは現在ヴィンサンダー領では『お館様』と呼ばれています。家宰アダム、継母オリビア・サンダー、弟シリウス・サンダーの3人が現在のヴィンサンダー領を動かしています」

 「悪名高いヴィンサンダー領主の3人組ね」

 「マリー先輩、アレクの親族のこと知ってるんですか?」

 「ヴィンサンダー領の3人組は王都でも何かと有名よ」

 「ああ黒い噂の類いは俺でさえも知ってるぞ」

 「そんな‥‥」


 セーラが青い顔をしている。


 「俺も父上の葬儀からすぐに毒殺されました。が、それを事前に察知していたモンデール神父様のお力添えで毒殺されたショーン・サンダーもまたこの世を去りました。おそらく3人組は今の俺を知りません。そして開拓村デニーホッパー村の農民の子アレクが誕生しました。ヴィヨルド学園に来るまでは、モンデール神父様、ディル神父様、シスターナターシャの庇護下と養父母に支えられて俺は生きてきました」

 「不倒、不断、知恵のナターシャさん。ヴィンサンダー領が王国中に誇る3人がアレク君を支えたのね。そしてそこにホーク叔父さんも加わったのね」

 「は、はい‥‥」


 俺はいつしかまた泣きながら話をしていた。それはブーリ隊で話をしたときと同じで、泣きながら話をすればするほど心が軽くなっていく気がしていた。


 「3歳のとき、名を捨ててこのまま農民として生きていこうとも思いました。実際、俺を本当の息子として可愛がってくれている養父母の愛情はとても深いものでしたから。

 だけど‥‥魔法を覚え、ディル師匠から剣を学んで歳が経つほど‥‥だんだん俺は勘違いをしていきました。俺は強くなったんじゃないかと。さらに父上と俺を毒殺し、すべてを奪った家宰たち3人への憎しみの思いは消えることもなくどんどん大きくなっていきました。人伝に王都から聞こえてくる3人の醜聞も、俺の心に潜むどす黒いものをどんどん大きくしていきました。その怒りや憎しみやはだんだん隠しきれなくなっていきました。

 そんなとき、バブルスライムがみんなを傷つけました。俺の心の中にみんなが倒れていく絶望感とバブルスライムへの憎しみがいっぱいになりました。不条理じゃないかって。

 そして俺は‥‥俺の心の命ずるままに闇落ちしました。酷いことをする奴には同じくらい酷いことをすればいい。暴力には暴力で対抗すればいい。そう結論付けた俺は、暴力を振るう自分自身に酔いしれたんです。あんなに苦しんだバブルスライムは俺から逃げるくらい、弱くなっていました。俺はますます自分の力を誤解していきました。でもリズ先輩とセーラが俺を信じてくれたおかげで俺は踏みとどまることができたんです。

 死んだ母上も闇落ちした俺にまだ間に合うと言って現れました。

 あのとき、リズ先輩と母上のおかげで還ってこれました。

 でも、もしあのまま闇落ちしたら俺はみんなを危険の中に置き去りにしたと思います。

 でも闇落ちから還ったあとにセーラとリズ先輩は俺を助けてくれたんです。俺は‥‥俺は最低でした」


 「う、ううっ‥‥」


 セーラが咽び泣いている。その姿に俺は胸が締めつけられるような気がした。


 「俺はこの学園ダンジョンが終わってもしばらくはこのアレクの名前のままで生きていきます。

 そしていつか本当の名前を出しても誰からも後ろ指をさされることなくちゃんと生きられるようになったら、父上と俺の無念を正々堂々と晴らしたいと思います。以上です」



 これまで溜めていたものを吐き出した。

 言ったことに後悔はない。それどころか、言ってよかったと自分自身を鼓舞する気持ちも溢れたんだ。みんなに謝って、許してもらって、それからちゃんと生きていかなきゃなと改めてそう思ったんだ。




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