271 邂逅


 「あー面白かった」


 多くの魔獣が焼け死んだ惨状のあとに戻った俺は椅子に座わりなおした。片手にグラスを発現して冷たい水を飲む。


 「かーうめー!」


 未だ燃え続ける魔獣や逃げ惑う魔獣も多々見られる中、まるで美酒に酔いしれるって具合だ。


 「じゃあそろそろ帰るか‥‥」


 そうして立ち上がった瞬間。ガクンッと力が抜けてその場に足をついたんだ。


 「チッ、魔力切れかよ‥‥。気づかなかったな‥」


 ガクガクガクガクガクガクガク‥


 生まれたての仔鹿のようにガクガクと震える俺。


 ふつうは魔力切れになる前に気づくものだけどメギドの炎を発現している間はまったく気づかなかったんだ。

 いきなりガソリンがカラの車になったみたいだ。


 (おいおい、だからお前は弱っちいんだよ)

 (うるせぇ)

 (魔力がないなら死ぬぞ)

 (くそー!)


 魔力切れが魔獣たちにも伝わったんだと思う。まだメギドの炎に焼かれていない魔獣たちも目の色を変えて突進してきた。中にはメギドの炎に焼かれながら突進してくる魔獣もいる。


 グギャーッ グギャーッグギャーッ‥


 「煉瓦!煉瓦!煉瓦!」


 わずかに残る魔力で煉瓦を発現して魔獣にぶつけるが……。


 (ヤバいな‥)

 (力を貸してやろうか?)

 (早く貸せ!)

 (その代わり今度は対価を貰うぞ?)

 (なんだその対価ってのは?)

 (何たいしたことじゃない。お前の生命だよ)

 (俺の生命‥‥)

 (ああ、何も難しいことじゃない。お前が一言俺に『生命をやる』と言うだけだよ。たったそれだけで元の最強のお前に戻るのさ)

 (よし、わかった‥)

 「俺の生命‥‥」

 「アレク!ダメ!」

 「えっ?!リズ先輩?」

 (チッ、あと少しで‥‥)


 俺の前に空から降りてきたのはリズ先輩だった。


 青白いメギドの炎が吹き荒れる戦場にまったく似合わない雰囲気を纏ったリズ先輩が現れたんだ。


 「ホーリーガード!」


 すかさず障壁を張るリズ先輩。


 「なぜ?リズ先輩が‥?」

 「ん。かわいい後輩のピンチには現れるのが先輩と決まっているの」


 ふんすと胸を張るリズ先輩。


 「リズ先輩、だって俺強くなったんですよ?ただ魔力がなくなっただけで。これもすぐに‥‥」

 「アレク、それは違うの。それは正しくない強さなの」


 リズ先輩がハッキリと断言した。


 「正しくない強さ?」


 そしてリズ先輩がガクガクと未だに立てない俺の頬に小ちゃな両手のひらを押し当てた。柔らかく温かい手のひらだ。


 「だって俺は確かに強くなって‥」

 「それは闇落ちなの」

 「闇落ち?」

 「ん」


 その瞬間、ホーク師匠が俺に言った言葉が蘇ったんだ。



 「いいかアレク。負の感情に支配されるな。闇堕ちはダメだぞ」

 「闇落ち?」

 「そうだ。負の感情は闇堕ちを誘う。そんなとき、悪魔の力は魅力的に見えるからな」



 「アレク闇落ちはダメだ」


 ホーク師匠はそう言ってたけど、俺は闇落ちしたのか?だって悪魔になんか会ったことないぞ。俺が会ったのはもう1人の俺だけだよ。悪魔と違うだろ?


 「俺は闇落ちなんかしてませんよ」

 「アレク‥‥」


 リズ先輩はゆっくりと頭を左右にふった。


 「闇落ちするときは既に自分の状態がわからなくなってるの」

 「いやいや俺は闇落ちしてませんって」

 「アレクはもう闇落ちしてるの」

 「してませんって!」


 リズ先輩が俺を憐れむように見て、また首を左右に振った。


 「だって‥‥だってシャンク先輩もキム先輩もマリー先輩もバブルスライムにやられましたよ?そんなのおかしいじゃないですか?そんなの‥‥だって不条理じゃないですか!そう、不条理ですよ!」

 「ん。不条理なの」

 「そうですよ!だから不条理をひっくり返して俺が、俺が、俺が強い俺が!」







 「ショーン」





 「えっ?!」

 「ショーン、大きくなったわね」

 「は、母上‥‥?」


 いつしかリズ先輩の顔には初めて見る女性の顔になっていた。そしてその女性は‥‥間違いない。母上だった。


 「ショーン負けたっていいのよ。次に勝てばいいの。大事なことは勝つことじゃないの。そこに至る過程なのよ。だけど闇落ちはだめです。正しくない行いは自分自身を滅ぼすのよ」

 「だって母上、だって」

 「ショーン、まだ小さなお前を見守らずに逝った母を許してね。お前に大切なことを教えずに逝った母を許してね」

 「は、母上‥‥う、ううっ」


 突然だった。頬を伝う涙は止まらなかった。そして流れる涙は温かく、母上の手も温かかった。襲ってきている魔獣はなぜかいなくなっていた。まるで母上と俺の存在自体が隠されるみたいだった。




 「ショーン毎日楽しいですか?」

 「はいとっても楽しいです」

 「友だちはできましたか?」

 「はい村の仲間、教会学校の仲間がたくさんできました。弟や妹もできました。ヴィヨルド学園にもたくさんの仲間ができました。学園ダンジョンには素晴らしい先輩たちと来ています。クラスメイトのセーラも一緒です。それからギルドには大人の仲間や‥‥」

 「そう、たくさんの大切な仲間ができましたね」

 「はい母上に紹介したいです」

 「ええ、ショーン。でもそんな大切な仲間を前に胸を張って今のショーンが私を紹介できますか?」

 「だって‥‥」

 「ショーン、お前の自慢は何?」

 「才能のない俺が誰にも負けないのは努力をすることだけです」

 「そう。よくがんばりましたからね。でもショーンには誰にも負けない宝、自慢できる宝がありますよ」

 「えっ?」

「ショーン、お前には大切な仲間がいますね。私に紹介したくなるという自慢の仲間が。そしてその宝はヴィンサンダー領にも‥‥お前を待つ者もたくさんいますね」

 「はい‥‥」

 「そんな仲間に恥ずかしくない男の子であらねばね」

 「‥‥」

 「ショーン、時間が来ました。そろそろ母はいきますね。父上も私もいつまでもお前を見守っていますよ」

 「母上‥‥」

 「お行きなさい。そしてどこまでも陽の当たる道を歩きなさい」

 「陽の当たる道‥‥」

 「ええ、陽の当たる道です。自分自身が胸を張って生きていく道です」



 「陽の当たる道」。その言葉は俺の中にすっと入っていった。それはしっくりくる言葉だった。









 「んん?」

 「アレク目が覚めたの?」

 「はい‥‥リズ先輩」


 魔力欠乏だった俺の身体はいつのまにかいつもどおりに魔力に満ちていた。


 「ん。もう大丈夫なの」


 なでなで。リズ先輩が俺の頭を撫でてくれる。


 「リズ先輩、俺めちゃくちゃ迷惑をかけました。とてもとても謝りきれないくらいに‥‥」

 「ん。あとで聞くの。それより早く戻るの。セーラの魔力が尽きるの」

 「はいリズ先輩」


 そうしてリズ先輩と俺はセーラの下へ戻った。




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