246 閑話 村に迫る暗雲
「あら、スミス騎士団長様?」
「ご無沙汰しておりますシスターナターシャ。夜分に申し訳ない」
「‥‥いいえ、いついかなる時も女神様の門は開いておりますわよ」
「フッ、そうは言われましてもな。申し訳ない」
再度深く頭を下げるスミス・シュナウゼン。その所作はいかにも実直な人となりを思わせるものがあった。
「スミス、まずは座れ。シスター、茶をお願いできるかな」
「はい」
「よければシスターも同席いただければ」
「はい、もちろん喜んで」
ディル神父とシスターナターシャに、お忍びであることは明らかな冒険者風のいでたちをした私服姿のスミス騎士団長。
「デニーホッパー村は噂とおり素晴らしいですな。閉門前に冒険者を装ってこちらに入村しましたが、温泉にも驚きましたぞ。開拓村とは名ばかり。堅牢、既になかなかの町を形成しておりますな」
「あら、温泉で気持ちよくなっていただくだけでよかったのに。ふふっ、さすがに見方は騎士団長様ですわね」
「なんのなんの。周囲の城壁は領都サウザニアにも匹敵、或いはそれ以上に堅牢。家々の配置、火攻めにも強い造りの水路等々、副長と知恵のナターシャ様のお考えですな。よく守りを考えられた村に感服致しましたぞ」
「ならばスミス、お主ならどう攻める?或いはどう守る?」
「はい‥水も食料も充分にあるようですから籠城されたら攻め難いですな。私なら‥‥」
「ふむ。お主ならどうする?」
「ふふふ。スミス様ならどうするか楽しみですわ」
ディル神父、シスターナターシャがスミス領都騎士団長の話を興味深く聞いている。
神に仕える者と、領国に仕える騎士団と、進む道こそ違えど民を守るという思想を育む者同士、同志の認識が双方にある故の語らいである。
「守るには、堅く門を閉じて籠城します。攻めるには……日中に兵を潜ませてから、夜半に東西の門の開放ですかな」
「やはりそうなるわな」
「ええ」
「以前襲われたときもそうでしたか副長?」
「ああ。以前の賊はまさにその通り。潜んでいた者が夜半に開門して手引きをしたんじゃよ」
「で、中に入った賊は、まさか開拓村にお2人とモンデール神父様がお見えとは思いますまいて。ははは」
「モンデールがおったのはほんにたまたまじゃよ。じゃが奴のおかげで1人の死人もでなんだがな」
「さすがは治癒魔法も使える『不倒の盾』ですな」
「来春からは、スミス様の部下の領都騎士団員も何人かこの村に常駐いただけると聞きましたわ」
「ええ‥‥」
「これで村の守護も万全になると、村の誰もが喜んでいるんですよ」
「はい‥‥」
「話というのはそのことか、スミス?」
「ええ‥‥」
「シスターがおっしゃられたように、来春よりこの村にも領都騎士団の駐在所が作られます。おそらくは東西の門に2人ずつ。予備役2人を入れて合計6人‥‥」
「それは村の主だった者たちにも言うてある。その経費もおそらく村持ちであろうともな」
「申し訳ありませんがそうなるかと思います。実は問題が幾つかあります」
「ん?」
「今般、領都に公布された人頭税。我ら騎士団も納税する者となります」
「ふん。警護に生命をかける騎士団にも新たな税をふっかけるか。1度も王都から動かぬ『お館様』なる者が言いそうなものよな」
「ディル神父様、そうハッキリおっしゃられるとスミス騎士団長様がお困りになりますわよ。おバカな『お館様』を侮辱するなって」
「ははは。お2人には勝てませんな」
「何を言うスミス、お主の民を思う気持ちの真っ正直なことは先代のお館様譲りだということをワシらはわかっておるわ」
「副長、それはこのスミスになによりの褒め言葉です」
「よいよい、当たり前のことよ」
「それで、春より駐在する騎士団員6名分も人頭税としてデニーホッパー村の員数に加算、村の持ち出しとなります」
「ふん、駐在に係る費用プラス人頭税か。どうせいるかいないかわからない員数も含めて領都騎士団側からも取るんだろうよ」
「あの欲得だけは頭のまわる家宰が考えそうなことだわ‥‥」
「スミス、それだけではないな?」
「はい。今後、領国の収税担当の実務は騎士団がこれを担います。そしてその者たちの任命権は私にはありません。今後税に関しては、その人事を含めてすべてをホセが担います」
「なに!」
それは、これまでは領都サウザニア文官のトップを得体の知れない男のホセが、武官のトップをスミス騎士団長が務めていた体制の変革を表すことになる。
「スミス様、すると駐在していただく騎士団員は騎士団員とは名ばかりのホセが任じた者になると‥‥」
「はい、或いは私と志しを同じくはしていない者か、まだ若い騎士団員がおそらくは‥‥」
「なんと愚かな‥‥」
今後は文官、武官ともにホセ体制への移行を表すことになる。
「もう1つお伝えせねばならぬことが」
「ふん。遅かれ早かれ目をつけられるとは思っておったが、アレク工房のことだな」
「はい。出身地はデニーホッパー村の若者。さまざまな商品をミカサ商会経由で王国中で販売している者と」
「出身地がデニーホッパー村というだけですよ。現在はヴィヨルド領と王都が活動の拠点です」
「はい。そこのところの調査はホセ周辺の者がしているかと思います。武闘派のヴィヨルド領はもちろん、王家ご用達のミカサ商会には手を出すことはないかと思いますが、この村に関しては別かと。おそらくは近々にこの村にもその者が調べに来るかと。私も詳しくはわかりかねますが、10年の無税とする期間が終わる4月までにでき得るすべてをミカサ商会等にし、この村主導での経済活動は一切ない形をとられることをおすすめします」
「シスター?」
「はい。スミス様の仰るとおりかと。村の共同事業をホセにつつかれると、課税対象となるどころか痛くもない腹を探られることになるかと」
「やはりそうなろうの」
「よう教えてくれたスミス」
「いえ」
「それでお主のほうはどうなるのかの?」
「はい‥‥おそらくは今の勤めも春までかと。領都は騎士団も含めてホセの傘下に入るかと」
「もし……先々いくあてがなければこの村に来ればよい。お主の家族くらいなんとでもなろう。ただ土をいじってもらうことになろうがのハハハ」
「ご配慮痛み入ります副長。ですが、たとえ騎士団という席がなくなろうが、領都の民を守る気概に変わりはございません故」
「そう言うと思ったよ。あい、わかった」
「いえ恐縮です」
「よう訪ねてきてくれたのスミス」
「いいえ副長」
「馬か?」
「はい。調教を兼ねて走りましたら、たまたま領都の外のデニーホッパー村に出ましたので」
軽く笑みを浮かべるスミス騎士団長。
「スミス泊まっていくかの?久しぶりに一献飲るか」
「ありがとうございます副長。ですがどこにホセ一味の目があるかわかりません故。このまま宿に戻り、明日早朝に領都に戻ります」
「そうか‥‥」
「スミス様、お帰りの荷物になり申し訳ありませんが、この芋をお持ち帰りください」
そう言ってシスターナターシャが指差したのは、麻袋いっぱいに詰められた芋であった。
「これは先ほどのアレク工房の若者の親が作った芋ですのよ」
「こんなにたくさん。ありがたいことです」
「ふふふ。食卓の席でご息女にお聞きになれば、よくお分かりのことですよ」
「ハハハ、そうじゃのぉ」
「えっ?恥ずかしながら、永く仕事にかまけて娘のことを疎かにしてきたツケが今に回ってきたようで。
恥じておる次第です」
「スミス様、今からでも遅くありませんよ」
「そうだといいのですが‥‥」
「スミスよ」
「はい副長」
「ここからはワシの独り言じゃ」
「はい‥‥」
「あと10年。この先何があろうが、あと10年辛抱せい。この領は、ある日、激的によくなるぞ」
「そうあってほしいと毎夜女神様に祈ります」
「「‥‥」」
「それでは副長、シスターナターシャ。失礼します」
「また会おう」
「お気をつけて」
「はい」
「いよいよあの家宰が村に食指を動かし始めたか」
「ええ。領都でも何やら画策してそうですね」
「まああれだけ遊び呆けておれば、金も無くなっただろうからな」
「明日にでも皆を集めて話をするかの」
「はい神父様」
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