204 17階層


 ボル隊も16階層へ辿り着いた。


 崩れた城址がところどころに点在する草原エリア。

 膝下あたりの壁跡から、枠だけながら2階建のものまでが朽ちて残る草原だ。


 栄枯盛衰。

 石組の城址は、嘗ての栄華も遥か昔を思わせた。

 それは何のロマンもない、褪せた風景。


 ザッ ザッ ザッ ザッ…


 ボル隊はここでも小走りに歩みを進める。



 たしかここの魔獣はミニコカトリスだったよな。

 鶏の身体に頭が蛇みたいなやつだ。


 鶏が4、5倍になったミニコカトリス。攻撃力自体は怖くはないんだけど、血に触れたらそこから全身がゆっくりと石化する。

 石化は怖いな。


 石化防止には、雌の胎盤から軟化薬が作れるけど、雌は10体に1体。

 雌を探さなきゃ。

 石になりたくないもん。



「アレクは1回石になったらいいのよ。そしたら少しは油断しなくなるわ」


「え〜1回って、死んじゃうじゃん!」


「いいのよ1回くらい。ね〜シンディ」


「そうよね〜、シルフィ」


 アハハハハ

 石になーれ、石になーれ

 フフフフフ


 なんか変な呪文のような言葉を吐きながら俺の周りを飛び回る2人…。

 なんで俺が石にならなきゃいけないんだよ!

 なんでシルフィとシンディの2人はいつも俺を揶揄うんだよ!

 くそーっ!



 ん?

 前方から何かくる。

 微かに鳴き声も聞こえてくるぞ。


 ガァ– ガァ– ガァ– ガァ–…


 微かな点が2つ。

 前方から飛来する2体の魔獣。点滅するようなドットの2つがだんだんと羽ばたくモノに変わってきた。


 ガァ– ガァ– ガアー ガアー ガアー ガアー


 バサッ バサッ バサッ バサッ バサッ


 動きの鈍いカラス?

 そんな遠目の魔獣はミニコカトリス。

 羽根の短いコッケーの身体に蛇の頭を持つ魔獣だ。



「アレク君、ぜったいに血を浴びちゃダメよ!」


「はい」


「アレク、血は避けるんだよ。冗談じゃなく本当に石になっちゃうからね!」


「わかってるよー」


 ガアー ガアー ガアー ガアー

 バサッ バサッ バサッ バサッ


 しかしデカい鳴き声だよな。1箇所でいつまでも鳴き続けられたら他にも魔獣が集まるよ。


 シュッ!


 グエエェェーッ


 シュッ!


 グエエェェーッ


 急所を寸分違わず、射抜く。


 ん?

 もう来た?


「アレク、次来たわよー。アレクを石にしたいんだってー!」


 くそー、シルフィめー!


「石になんかなんねーよ!」


 ガァ– ガァ– ガアー ガアー ガアー


 シュッ!


 グエエッーー!


 ん?

 次も来たか。3体だ。


 ガアー ガアー ガア ーガアー


 シュッ!

 シュッ!

 シュッ!


 グエエェェーッ グエエェェーッ グエエェェーッ


「アレクーまた来るわわよー。モテモテねー」


「わかってるよ!」


 くそーなんだコイツら。

 飛行速度も遅いから、怖くはないんだけど。ひっきりなしにやってくるじゃん。


 シュッ!

 グエエェェーッ


 それにしても雌が捕まらない。困ったな。


 ガアー ガアー ガアー


 おっ?!

 やっと雌がきた。

 雌は頭にトサカがないからすぐにわかるよ。


 シュッ!

 グエエェェーッ


 あっ、でも雌の胎盤だけじゃなくて、雄の血も取っておこう。

 雄の血は石化効果があるから、矢尻(鏃)にこれをつけて放てば魔獣にも効果があるからしれない。

 あっ、それから矢羽用にも羽根をたくさん採っておこう。




 ▼




 ガアー ガアー ガアー


 シュッ!


 グエエェェーッ


 散発的にやってくるコカトリスを射抜きながら先を進む。


 索敵はずっと意識してるよ。

 俺なら、どこからどう攻めるかなって。

 今のところ、対処に困ることはないけど。



 ん?


「マリー先輩、後ろから来ます。お願いします」


「分かったわ」


 後方から4体のオーク、レッドボア。

 俺たちを追いかけるように駆けてきた。

 その後ろにはゴブリンアーチャーも隠れながら近寄ってくる。



「私も今のうちに矢に慣れておこうかしら」


 そう言いながら、マリー先輩が矢を番えた。


 ドドドーーッ ドドドーッ ドドドーッ


 オーク、レッドボアが駆け寄ってくる。


 ブモーッ ブモーッ ブモーッ ブモーッ


 シュッ!

 シュッ!

 シュッ!

 シュッ!


 マリーが矢を射る。その軌道をシンディが補正する。


 ギャッ

 ブーッ

 ガーッ

 グギャ


 ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ


 倒れ伏す4体。

 4体の魔獣はそれぞれに急所を一撃で射抜かれた。


「さすがよねー。マリーとシンディは」


「でしょー」


 あははは

 ふふふふ


 シンディとシルフィの2人は余裕綽綽。

 楽しそうだよな。


「シルフィ、あの後ろのゴブリンアーチャーはどうするの。俺走ろっか?」


「いいわ、まだちょっと遠いから放っといても」


「ん。分かった」


そうだよな。

何とか狂じゃないんだから、むかってこなければ積極的に闘わない。

魔獣といえど生命は大事だもん。


「案外頭の回りが良いゴブリンアーチャーだね」


「意外ともっと後ろにゴブリンソルジャーが控えてるかもよ」


「そうかも」



 そういやゴブリンソルジャーも20階くらいになると、結構出てくるんだよな。

 レベルアップするゴブリンか。なんか不気味だよな。




 ▼




 17階層に至る回廊前で。キム先輩が待っていた。


「どうだったアレク?」


「はい、まだ予想通りの魔獣ばかりです」


「そうか」


「キム先輩、遠くで見てる奴は放っておいていいんですよね?」


 オークとレッドボアが後ろから襲ってきたとき。その更に後ろで気配だけあったゴブリンアーチャーは結局襲って来なかったもんな。


「ああ。基本放っておいていいぞ。ただ階層が進めば、ギリギリのところをずっと追走してくる嫌らしい奴もでてくるがな」


 おぉー、それは嫌らしいな。


「そんな奴は追いかけると逃げる。追いかけてチームが分断されたとみると、反撃してくる奴もいるぞ」


「え〜陽動まで!」


「ああ。進化したゴブリンはいろいろやりかねん」


 怖っ。


「だからどう攻撃されたらマズいと常に考えながら索敵していけよ」


「わかりました」





 夕方になった。


 なぜか時間の経過まであるダンジョンの中。

 すっかり夕陽が差し込んでいる。

 今日は回廊前で野営。

 回廊前は、比較的安全とは言うが、やっぱり危険には違いない。



「マリー先輩、ここに野営地作りますね」


「ええ、お願いねアレク君」


「みなさんちょっと動かないでくださいね」



 イメージする野営地は、ズバリ高床式倉庫だ。

 高くしたら、魔獣の侵入も防げるんだよね。

 もちろん垂直の柱で支えて、柱のすぐ上にはねずみ返しをつける。


 2階建家屋の屋根くらいの位置に家を備える感じ。

 高床式倉庫だから、やっぱり雰囲気重視で三角屋根なんだ。



 ズズズズズーーーーーーッ。

 ズズズズズーーーーーーッ。

 ズズーーッ。

 ドンッ !

 ズズーーッ。

 ドンッ !


 男女の間仕切りを付けた8畳間に台所とキッチンの平屋建1DK仕様。

 家屋の横にトイレも付けたよ。

 高床式倉庫を支える柱は6本。高さ5mでねずみ返し付きだから、夜も安心だ。

 柱はオークやレッドボアが突進しても倒れないくらい頑丈なものだよ。

 尚且つ、柱にはトゲトゲも付けて、柱周りには槍衾まで発現した。

 イメージもバッチリだ。

 ああそうだ、濠も作っておこう。

 穴掘っただけの空壕だけど。

 難攻不落の要塞だよ!

 うーん、次からは難攻不落の要塞をもっとかっこよくレベルアップしよう。

 楽しみだなぁ。

 フフフフ。



「ねぇシルフィー、アレクがまたどっかに逝ってるよー」


「ええ。シンディ放っておいていいのよ。どうせ変態の妄想だから」



「ア、アレク君?」


「ア、アレク?」


「シャンク君、セーラさん。そっとしておいてあげて…」


「フッ」



 こうなったらアレクが還ってこないことをマリーは知るようになっていた…。

 キムは当初から諦めている…。






 これで夜も安心して寝れるはず。

 一応、夜警は1人ずつ順番にするけどね。



「凄い、凄い、凄いよアレク君」


「アレク…いつもながら凄いね…」


「フッ、アレク…お前の魔力量はハンパないな」


「アレク君どこからこんな知識が?」


「あ、ああ、俺ヴィンサンダーで図書館に入り浸ってましたからね」


「あなたの勉強の師匠って『知恵のナターシャ』さんよね?」


「はい。シスターナターシャです」


「生活魔法は『知恵のナターシャ』さん仕込み、攻撃魔法はホーク叔父さん仕込みなのね。フフフフ」


「あは、あははは」


 それも事実だけど、転生したなんてことはやっぱ言えないよなぁ。



 ▼



「キム先輩、ミニコカトリスって夜は襲ってこないんですよね?」


「ああ。あいつらは夜目が効かないからな」



「まあその代わり、お前が作ってくれたこの家の下は夜凄いことになるけどな…」


 ん?魔獣の気配もしない、ただの寂しい野原って感じなんだけど

 …。


 夜ご飯は簡単に済ませた。

 ガッツリ食べるときは10人揃わないとね。


 夜はいつも通りキム先輩、俺、マリー先輩、シャンク先輩の順で夜警にも立つ。


 セーラは申し訳なさそうにしてたけど、気にしなくていい。いずれセーラしか闘えない魔獣が現れるから、それまでは少しでも体力を温存しておいてほしい。





「マリー、アレクの魔力量は本当に凄いな」


「だよね。私たちエルフでもダンジョンは魔力を控えるのよ。だって精霊は自分に憑いてる子しかいないから」


「アレクの土魔法か?」


「ええ。私なら外でもあそこまではできないわ。ましてダンジョンであれはないわーフフフ」


 そう。学園ダンジョン内には元々いるだろう土や水、火などの精霊はいない。

 いるのは俺やマリー先輩に憑いてる風の精霊シルフィとシンディだけだ。




 夜警といっても結構安全だよ。5mの高さのある高床式倉庫の床から外を見てるだけだけだもん。



 真っ黒な夜。

 周囲に一切の灯りがないから本当に真っ暗だ。なぜか夜空は星が綺麗なんだけどね。



 俺の夜警の番。

 高床式倉庫の外の床板に座って守衛。



 ザワザワ ザワザワ ザワザワ ザワザワ ザワザワ ザワザワ…



 辺りから何かが擦り合う音が聞こえる。めちゃくちゃたくさんのモノが蠢いてるみたい。

 肌を刺すような危険性はぜんぜん感じないんだけどね。



 床板を含めて柱はめちゃくちゃ頑丈にした。

 槍衾もある。

 さらには周囲を空壕で囲ってあるから空から飛来されない限りは大丈夫。難攻不落のジャブジャブー要塞なんだよ、連邦軍の諸君。

 赤いマントの人が来てもやられないぞ!

 あっ今度、土魔法でモビル◯ーツも作ろうかなぁ。

 あれが動いたらカッコいいだろうなぁ〜。



「…ク、…レク、もう!アレク!聞いてる?」


「!ああ、ごめんねシルフィ。俺またどっか逝ってたんだね」



「ったくもう!アレクのバカ!」


 ポカポカとシルフィに頭を叩かれた。


「アレク、この下がどうなってるのか知ってるよね?」


「ん?たくさん魔獣がいることはわかるよ。危険はない奴ばかりみたい…だけど」


「ええ、それで合ってるわ。でも、あのキムって子が言ってたように囲まれたらどうやって逃げるのかも考えなきゃダメよ」


「うん、そうだね」


 あーそうだよな。籠城の敵を倒すことを考えることは、逆に囲まれたときの防御策も考えられる。それと籠城の中から脱出することもいずれは考えなきゃな。

 


 1発花火も上げてみた。

 下がどうなってるのかなって。


 ヒューーーードーーンッ! 


 ピカッ!


 一瞬、辺りが照らされた。


 え〜っ!?

 マジ!?

 何処から来たのお前ら!


 一瞬、花火が照らした地面には見たこともないくらいたくさんのアルマジロー、チューラット、ジャイアントアントがいた!

 あたり一面を地面が見えないくらいに埋め尽くていた……。



 俺……グッジョブ!





【 ブーリ隊side 】



「よーし、最後に四隅の石柱にねずみ返しを付けて完成だ」


「こんなもんかな」


「ああ、いいんじゃないか」


「あとはジャイアントアントの汁とミニコカトリスの血を周りに撒いて完成だよ」



 野営準備。

 ボル隊と同じような高床式倉庫とまではいかないが、既存の城壁の岩や煉瓦を重ねて、それなりに頑丈な櫓はできた。


 タイガー、ゲージという2人の屈強な獣人はもとより、オニール、ビリーの2人もまた人族ながら、長身で力がかなりあったからである。


 高さ2メルほど。

 周囲も石壁で囲った4畳半程度の石舞台だ。


 石舞台を中心に、半径20メルほどには魔獣の忌避剤として、ジャイアントアントの体汁と雄ミニコカトリスの血を撒いた。

 あとは朝がくるまで、ひっそりと過ごす。


 幸い、ミニコカトリスは夜目が効かないために、夜は襲ってこない。それなりに強い魔獣も夜行性ではない。

 基本的に夜行性の魔獣は、食物連鎖の底辺にいるものばかりだからだ。



「お家ができたの」


 嬉しそうなリズを見て、ブーリ隊の男子面々も笑みが溢れる。



 梯子を外して完成。


 そんな4畳半ほどの石舞台で、膝を付け合って明日の朝までを過ごす。



 ぽりぽり ぽりぽり ぽりぽり


「このシリアルは美味しいの」


 積極的に火を使えない野営地の食事にシリアルバーは最適だった。


「お湯もまだ温かいな」

 

 魔法瓶とアレクが名づけた保温性の高い瓶からは一晩中温かいお湯が使えた。


「粉芋も美味いよな」


 アレク袋にお湯を少量注げば、マッシュポテトができた。


「芋のスープもおいしいよ」


 アレク袋にお湯を多く注いで塩で味をつければ、ポタージュスープになった。



 干し肉を齧り、ところどころにカビの生え始めたカチカチのパンを食べていた例年のダンジョンからは、考えられない野営食の豊かさだ。



「今年はアレク君がいて本当によかったね」


「ああ、本当だな」


「仕方なくアレクに食事当番を譲ってあげるの」


「ギャハハ、あれだけアレクが美味けりゃ仕方ないぞリズ」


「変なもん食って死なないのもアレクさまさまだよなー、ホント!ワハハハハ」


「フライ(浮揚)!」


 フワッ ユラユラ〜


 オニールは身体が宙に浮いて、石舞台から外へ出される。


「ええー!?」


「オニールは一晩反省するの」


「一晩こんなとこにいたらチューラットに食われるわ!」


「仕方ないの。意地悪なオニールはみんなの代わりに犠牲になるの」


「うわぁー、やめてくれリズ!やめてくださいリズ!俺の最後の飴もリズ様にあげますから、許してください!」


「えっ?オニール、まだメイプルシロップの飴持ってたの?」


「お前…みんなでリズにあげただろ?」


「い、いや…あげたけど最後の1粒は取っておいたんだ!リズ、この飴あげるから頼む!許してくれ」


「そんなに頼むなら許してあげるの」


 フワッ ユラユラ〜


 石舞台に戻ったオニールである。


「はーはーはー。怖かった。さすがにこの下で1人は死ぬぞ。はーはーはー」


「「オニール…懲りないなぁ」」


 タイガーとビリーが呟くのだった。




 陽が暮れて。

 いつの間にやら、石舞台と忌避剤を囲むように現れたのはチューラット、アルマジロー、ジャイアントアントの群れ。足の踏み場もないくらいの大群だった。




 その夜、石舞台の守衛をいつも以上にまじめに務めるオニールだった。


―――――――――――――――


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