202 閑話〜ヴィヨルド教会バザー(後)



 教会バザーの開催があと2週と迫ったころの話。



「ヘンリー兄さん、今年の教会バザーは領都中の人が押し寄せるから、混乱しないように騎士団で領民の整理をしてくれないか?」


「ん?なぜだモーリス」


「今年のバザーは俺の友だちが考案した菓子の評判がおそろしく高いんだ。だから間違いなく領都中の人が教会に押し寄せる」


「モーリス、それはメイプルシロップの菓子だな」


「ああ、メイプルシロップなんだけど、なぜ兄さんが知ってるんだ?」


 領民からの絶大な人気を誇るヴィヨルド領主の長男ヘンリー・ヴィヨルド。

 前領主ヘンドリック・フォン・ヴィヨルドの血を色濃く引き継ぎ、剣の天才とも謳われている男である。



 ヘンリー・ヴィヨルドは穏やかな笑顔を見せて、愛する弟のモーリスに話す。


「黒い森で採れるメイプルシロップ。これを採るのが領都の冒険者ギルドだ。その護衛をするのが我ら領都騎士団。さらにそれを中原中に売り広めるのが領都の商業ギルドだ。そしてこのメイプルシロップの生産は、我がヴィヨルド領を間違いなく大きくする」


 ぱんぱん。

 手を叩いて、破顔一笑のモーリス。


「ははは。まさかそこまでの話になってたのか!」


「ああ、父上の前で冒険者ギルドのロジャー様、商業ギルドのカミール様の2人が揃って手を繋いだんだぞ」


「すごい!アレクはよくやってくれたよ!」


 心底嬉しそうな顔をする弟のモーリスを見て、兄ヘンリーが言った。


「モーリス…学園に入ってからのお前はすっかり変わったな」


「え?」


「肩の力が抜けたな。それもアレクという友だちのせいか?」


「ああ。俺はあいつにこれからも友と呼ばれような男でいたい」


「ククッ。モーリスの口から友って言葉が出るとはな…」


「副官」


「はっ!ヘンリー様」


「次の教会バザー。役付きと非番以外の騎士団員は全員、民の整理にあたるぞ」


「はっ」


「ありがとうヘンリー兄さん」


 立ち去る弟の背中を見ながら呟く兄。


「フッ。あのモーリスがな。大きくなったもんだ」




 ―――――――――――――――――



「誰か」


「誰か」


「誰かある」


「はい、旦那様」


「遅い!遅いのはブッヒーでもするぞ!ああ、お前らは卑しい獣人だったな。呼ばれたらすぐに来い!この無能者め」


「も、申し訳ありません、旦那様」


「まあよい。お前と長く話すと臭い獣人臭がつきそうだ」


「……」


「サウザニアのホセとスミスに至急文を送る。ホセには商業ギルドの税を上げよとな」


「はは」


「スミスは…アイツは頭が固いからな…そうだ、来春から騎士団の給金から1人5分を新たに王都への献上金とする旨を伝えろ」


「かしこまりました」


「草案を速やかに持ってこい。間違いがなければ、玉璽を押してやるからな」


「はは」


「よい、下がれ」




「あなた、ヴィンサンダー家の新しい領庫金ね」


「ああオリビア。金は頭を使って生むものだ」


「さすがは家宰様だわ」


 ワーハハハハハハ

 ヒャーハッハッハ




―――――――――――――――――

 



 9点鐘の鐘が鳴ってからは、息つく暇もないくらいの忙しさがヴィンランド教会を襲った。


 祭祀を待つ人の列は絶えることがなかった。

 教会前のバザー会場前はそれ以上に。




「シナモン焼きは1人1個しか買えませーん」


「1人1個でーす」


 うわぁーーー

 美味しいーー

 キャーーーー

 うめぇーーー

 うまっ うまっ


 領都中の人が押し寄せた。

 だが喧騒が悲鳴へと変わりことはなかった。

 早々に領都騎士団が群がる民衆の整理に就いてくれたからだ。


「このデビル焼きもうまいな」


「ああ、こっちのキーサッキーのツクネ(ミンチ肉の料理はツクネと呼ばれている)も最高だ」


 シナモン焼き、デビル焼き、魔獣肉のツクネ、シリアルバー、キーサッキーのメンチ等々。

 屋台はどれも大盛況だった。

 殊にシナモン焼きは、前評判を凌ぐ売れ行きをみせた。


 これよりシナモン焼きという名前のお菓子は広く王国内に知れ渡っていく。

 王都の民でさえまだ知らぬ間に、ヴィンランドの領民はメイプルシロップの味を親しく知っていくのであった。




 ーーーーーーーーーーーー




 人の波もようやく落ち着いてきた午後の3点鐘。


「おーいハンス」


 懐かしい声が聞こえてきた。


「ウル!久しぶりだな!」


「「ウル!」」


 シナモンもトールも駆け寄る。

 それは久しぶりに故郷に帰ってきた狼獣人のウルガンディ(ウル)だった。

 ウルは冒険者の父親について、中原中を旅している。

 幼馴染の3人と親しく抱擁したあと。

 ウルがキョロキョロとあたりを見渡した。


「ハンス、アレクは?」


「ああ、アイツは今ごろ…」


 ハンスは地面を指差す。


「えっ?まさか1年で行ったのか?」


「ああ」


「ハハハハ。そうか、そうか!さすがアレクだ。アイツはヴィヨルドに来て僅か半年で学園ダンジョンに行ったのか!ハハハハ」


「うん。ダーリンは10傑の3位になったんだよ。タイガー先輩には負けたけど、ゲージ先輩には勝ったんだよ!」


「うんうん、さすがアレクだな」


 そこへモーリスも来る。


「ウル!」


「よぉモーリス!天才のおでましだな」


 軽口を叩くウルに笑顔を返すモーリス。

 軽く手を打ち合う。


「はは、ウル。冗談キツいぞ。俺はアレクの足下にも及ばん」


「モーリス…お前変わったな」


「ウル、アレクのおかげだよ。俺も変わらなきゃな。でなきゃアイツに友と呼んでもらえないよ」


「ああ、俺も一緒だ」


 モーリスとウルの2人が頷き、ニヤリと笑った。




「ハンス。ところでシナモンはなんでアレクを『ダーリン』って呼ぶんだ」


「ああ、それな」


 ハンスが小声でウルに話す。



「わははは。アレクらしいな。あいつの故郷のデニーホッパー村にも山猫獣人の女の子がいるんだけどな、まったく同じだよ。アイツは女の子が大好きなくせに女の子の気持ちがぜんぜんわからん。恋愛はまったく奥手だ。ははは」




「ハンス、学園に入るんだよな?お前の実力なら転校も簡単だろ」


「いや、10日くらいしか居られないんだ。オヤジの都合でまたすぐに旅に出る」


「そうなのか」


「もうすぐ学園ダンジョンに潜って1ヶ月だ。アレクもそろそろ帰ってくるだろ」


「ああ、久しぶりにアイツに会いたいなぁ」


 久しぶりの仲間が和気藹々と話の花が咲く。


「ああハンス。紹介するよ、アリシアとキャロルだ。2人とも1組8傑の仲間だ」


「こんにちは、俺はウルガンディです」


「「こんにちはアリシア(キャロル)です」」


「えーっとアリシアさん?シャーリーに雰囲気が似てるな」


「シャーリー?」


「ああ、ごめんごめん。わかんないよな。アレクの村の水魔法の女の子なんだ。レベル3を発現するヴィンサンダーきっての魔法士の子なんだ」


「へー、シャーリーさん…」




 アリシアの記憶に残る、シャーリーという名前。のちにアリシアの無二の親友にシャーリーがなるのだが、それはもう少し先の話。




 ▼




 結局、俺がウルに久しぶりに会うことはなかった。

 次に俺がウルと会うのは10年以上も先になる。

 思いもかけない形でウルと再会するのはまだまだ先の話である。




―――――――――――――――


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