201 閑話〜ヴィヨルド教会バザー(前)


 ゴーンッ ゴーンッ ゴーンッ ゴーンッ…


 午前の6点鐘を知らせる教会の鐘が鳴ったあと。


 ドーンッ ドーンッ ドーンッ…


 鐘の音に続けとばかり花火が上がった。


 晴れ渡る晴天のこの日。

 女神教教会の上空に上がる花火は、教会バザーの開催を知らせる花火だ。



「おはよう。父ちゃん、母ちゃん。僕もう行くね」


「おはようトール。今日は頑張ってやっておいで」


「うん」


「母ちゃんたちも行ってあげたいけど、今日はお店がいつも以上に大忙しになるからね」


「気にしなくていいよ、母ちゃん」


「トール、すっかり大人になって…う、うっ…」


「なんでアンタは泣いてるんだよ!」


 ばちこーん!





 ヴィヨルド領 領都ヴィンランド。

 女神教教会バザー。

 レジャーの概念が少ないこの世界において、教会バザーは立派にレジャーとして認識されていた。

 普段は厳かな教会も、この日だけは賑やかになる。飲酒飲食も許される。



 そんなバザーの1日は、神に仕える者も教会に通う子どもたちも目が回るくらいに忙しい。

 特に子どもたちにとって、バザーのこの日に販売する物品の収益がその後の1年間の教材費やおやつなどの食費等に使われるからだ。




「コーエン神父様、今年はすごいことになりそうですな」


 副司祭がコーエン神父に笑顔で話す。

 この言葉も何度言ったことだろう。


「ええ、これもディル神父様がお繋ぎくだされたアレク君のおかげもありますな」


「ええ、ええ。我々も子どもたちに負けじと今日を乗り切りませんとな」


 はははは

 はははは






「メイメイ何とかっちゅー蜂蜜並に甘い食いもんがあるらしいぞ」


「あー、それは隣の子どもたちも言っておったな。庶民でも買える値段で、とにかく甘くてうまいとな」


「早く行かねーと売り切れるだろ」


「ああ、そうだな」



 口伝えに、今年のバザーの屋台は見たこともない甘い食べものが販売されると、市井の人々には話題となっていた。





 シナモン焼きの屋台では、早くも臨戦態勢となってベビーカステラを焼き続けているのは山猫獣人のシナモンと人族のアリシアだ。


 アレクが学園ダンジョンに潜ったあとも、何度もシナモン焼きの試し焼きを続け、それなりに手際よく焼けるようになったシナモンとアリシア。

 特にシナモンは、仲間の誰よりも、手際よくシナモン焼きを焼ける自信がある。

 ただ、焼いているシナモン焼きがあまりにも美味しすぎた。

 シナモン自身、こんなに甘いお菓子を生まれてこのかた、食べたことがない。

 試食として何度も焼いて食べたはずなのに、未だにぜんぜん飽きない。

 焼いている今も、つまみ食いをしたい欲望との葛藤の最中なのだ。


 しかもこのシナモン焼きの前評判たるや、驚きを超えて唖然とするばかりなのである。

 学園生だけでなく、顔見知り程度の大人からも何度聞かれたことだろう。

 シナモン焼きは甘くて美味いのか、バザーで買えるのかと。



 シナモンは、アレクが手がけた「メイプルシロッププロジェクト」が、領・商業ギルド・冒険者ギルドを巻き込んでの振興事業になっているとは知る由もない。




 バザー開催は午前の9点鐘から。

 今はまだ7点鐘を過ぎたばかりである。

 なのに、屋台の前には早くも人だかりができ始めている。

 どうしよう…。


「ダーリン…」


 不安になって、思わず大好きなアレクの名前を呟くが、もちろんアレクはいない。

 その呟きを耳にした仲間のアリシアがシナモンの背中をバンと叩いて励ます。


「シナモン、アンタの名前がついたシナモン焼きなのよ!アレクが帰ってきたらたくさん売れたって自慢しなくちゃいけないじゃない!」


「そうよね、アリシア!」


「ホントよ、羨ましいったらありゃしないわ!ムキーっ!」


 おどけてシナモンを励ますアリシアだ。


 あはははは

 にゃあぁー


「2人とも遊んでないで、今のうちにどんどん焼いてよね!

 私も負けてられないわ!」


「「…やっぱりキャロルも!?」」


「そうよ、2人には一歩出遅れたけど、ここから巻き返すわ!」


「負けないわよ!」


「ウチもよ!」


「私だって!」



 あはははは

 うふふふふ

 にゃあぁー


「さあ、がんばるにゃ!」


「「ええ」」



 シナモンとアリシアが焼き、キャロルや年下の子どもたちが出来上がったシナモン焼きを10個ずつ特製アレク袋に詰めていく。


 シナモン焼き専用の特製アレク袋。

 シナモン焼き同様に猫耳が付いたかわいい半透明の袋。薄らとピンク色をしたアレク袋だ。

 このシナモン焼きのアレク袋も、アレクが置き土産としてサンデー商会に託したものだ。



「シナモンちゃんこれでいい?」


「いいにゃ。もっとたくさんアレク袋の粉に水を入れて揉んでおくにゃ。でないと途中で売り切れになっちゃうにゃ」


 年下の子どもたちの先頭に立って指揮するシナモン。


「シナモンちゃん、アレクちゃん袋の粉じゃないわ。シナモン焼きの粉よ!」


「シナモンちゃんがシナモン焼きを間違えてるー!」


「ホントだー。間違えてるー!」


「ホントにゃ!」


 キャッキャと笑い出す女の子たちを見て、1人顔を紅くして、それでも気合いを入れ直すシナモンだ。



「シナモンちゃん、サンデー商会さんがメイプルシロップを持ってきてくれたよー」


「ありがとうございますサンデー商会さん。そこに置いておいてくださいにゃ」




 学園ダンジョンに入る前に、アレクが提案した「メイプルシロッププロジェクト」は、とんとん拍子に進み、早くもヴィヨルド領肝入りの一大事業として展開したのだ。


 バザーに間に合えばと、アレクが託けたのはメイプルシロップそのもののが入った容器だ。

 間に合ったメイプルシロップをシナモン焼きの袋を手渡す最後に「追いがけ」するのだ。

 もちろん手はべたべたになる。が、それを苦にする人は皆無だろう。そのくらい、甘味の需要は絶大なものだった。



「シナモンちゃーんこれ…」


「シナモンちゃーんこれも…」


「シナモンせんぱーい…」


 前期教会学校に通う子どもたちにとって、ヴィヨルド学園生であり、1組在籍のシナモンは、憧れの存在であった。



 ▼



「トール、今日は張り切っていこうな」


「うん」


「みんなも頑張ろうな」


「「「はい、ハンス先輩!」」」



 ハンスとトールもまた年下の男子から憧れの 先輩だった。

 そんなハンスとトールの2人も気合いを入れる。

 2人を慕う年下の男子の結束力も上々。

 バザーの日までみんなで魔獣デビルフッターのデビル焼き(たこ焼き)を何度も焼いて準備万端に仕上げてきた。


 河原の石の裏をひっくり返せば、そこらじゅうにいるはずの魔獣デビルフッターも、獲り尽くす勢いで獲ってきた。

 増やしたデビル焼きの金型も5台。

 これならバザーもいけるだろうと思っていたのだが…。

 デビル焼き屋台の前にも、開始の2点鐘も前から人だかりが出来始めた。


 ヴィヨルド領の領都ヴィンランドで。

 誰もが注目する教会バザー。

 どうやら簡単にはすまない状況である。




「ハンス、トール!」


「モーリス、セバス。来てくれたのか!」


「もちろんだ。手伝うぞ!」


「無償の奉仕活動をされる、さすがはモーリス様です!」


「モーリス、セバス。とっても助かる!なぁトール」


「うん、本当だよ!」


「何をしたらいい?」


「じゃあそこのデビルフッターに塩をつけて洗ってくれるか?それからぶつ切りにしてくれ」


「わかった」


「こ、これを洗うんだよな…」


「だ、だ、だ、大丈夫でしょうか、モーリス様?」


「だ、大丈夫だ。ヒッ…!」


「モ、モーリス様。ヒッ…!」


「セ、セバス、目を閉じてやれば怖くない」


「そ、そうですね…」


「「ヒィ〜〜」」






 ゴーンッ ゴーンッ ゴーンッ


 午前の9点鐘の鐘が鳴った。



「ただいまから教会バザーが始まります、教会バザー始まります」


 拡声魔法が響いた。

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