199 ヨルムンガーのフルコース


「まさかこんなに早く終わるとは思わなかったわよ」


「そんな秘密があったとはな。よく気づいたなアレク」


「ああ、オイも知らんかったぞ。お手柄だぞアレク!ギャハハ」


「本当にアレク君よく気づいたね!」


「アレク、お前ならやるって思ってたぞ!あとは早く食おうぜ」


「アレクよくやった。最後は悪かった。俺がもっとしっかり結んでおけばよかったな」


 先輩たちみんなから褒められた。

 キム先輩には謝られたけど、あれはキム先輩のせいじゃない。もちろんセーラのせいでもない。落下するくらいにヨルムンガーが重かっただけのことだ。



「アレクはやればできる子なの」


 リズ先輩からはヨシヨシと頭を撫でられた。

 でもそのあと小声で呟いた一言は忘れない…。


「アレクはただの変態じゃなかったの」





 予想外。本当に予想外に早く着いた。

 例年ならここ15階層の攻略は、体力も魔力も削りながら5、6時間はかかるものらしい。

 暴れるヨルムンガーに、虎の子の食糧まで踏み潰されることもあるという。


 1点鐘での攻略。

 誰も怪我を負ってはいない。

 セーラの魔力回復もあるが、全員のリフレッシュを図る意味もあり、この15階層の休憩室で2日間を休憩することになった。



 そっかー、10人分のご飯を2日分用意しなきゃな。

 これまで持ち込んだ食料品は調味料以外はかなり節約できている。

 よく使う芋やタマネギー、ニンジンはたくさん持ってきたし。

 ただ、予想外だったのがみんなの食欲だ。俺もだけど、食は学園ダンジョン探索中唯一の楽しみとも言えるからな。5階の休憩室でも10階の休憩室でも、みんなびっくりするくらい食べてたからなぁ。

 そんな学園ダンジョンにはまだまだ潜り続ける予定だし。

 なんかね、食糧不足になるんじゃないかって、今から心配してしまうよ。


 うん、「料理長」の俺としてはここはやっぱり現地調達だよな。




 今日と明日はヨルムンガー尽くしだ。

 ちなみにヘビだからということで、解体にはけっこう気を遣ったんだ。


 実は昔の記憶も思い出したんだ。

 東北に住む爺ちゃんは、精がつくとかで、マムシを焼酎に漬けたり、焼いて食べたりしてた。俺は気持ち悪いから食べなかったけど。

 ただ、爺ちゃんが言うにはヘビは血抜きをちゃんとしないと臭いって言ってた。だから解体も気を遣ったよ。


 あとね、これも爺ちゃんが言ってたけど、ヘビをたくさん食べると夜寝れなくなるって言ってた。

 まっ、いっか。俺まだ子どもだし。




 今日のメニュー


 ヨルムンガーの塩焼き

 ヨルムンガーの蒲焼き

 ヨルムンガーのハンバーグ

 ヨルムンガーのメンチカツ

 ヨルムンガーのステーキ

 ヨルムンガーの肉団子

 ヨルムンガーのスープ


 本当にヨルムンガー尽くし、ヨルムンガーのフルコースだ。



 はい。

 ひたすらヨルムンガーを食べてもらいます。なんせ、俺の胴体はあるサイズを解体して、肉を100㎏は確保したからね。単純に1人10㎏分を2日で食べてもらいます。


「アレク、わ、私も手伝おうか?」


「あ、ああ、セーラありがとうな。き、き、気持ちだけでいいぞ!」


「セーラ、お前はリズと一緒にアレクから離れていろ!」


「はいキム先輩…」


「えっ?キム、ひょっとしてセーラも……なのか?」


「ああ、セーラも……だ」


 おおー!キム先輩もオニール先輩も絶妙な間合いで会話を乗り切ったぞ。これならリズ先輩から攻撃は受けないだろうな。


「キム、オニール、2人とも覚えておくの」


「えっ!なんでだよ!俺もキムも何も言ってねーぞ」


「ギャハハハそりゃお前ら、セーラもリズ並にメシ作りに破壊力があるってことを言ってるようなもんだぞ、なあタイガー、ギャハハハハ」


「やめろゲージ!俺を巻き込むな!」


 そう言ったと同時に。


「グラビティ」


 リズ先輩がぼそっと呟いた。


 ズズズーーーーーーーンッ!


 タイガー先輩とゲージ先輩が肩まで床にめり込んだ。


「リズ、俺はなにも言ってない!言ったのはゲージだけだ!」


「ゲージもタイガーも懲りないねー、ははは」


 リズ先輩の横で、平然とお茶を飲みながら笑っているビリー先輩。


 いつのまにかキム先輩は天井に避難していた…。


 セーラはひっしとリズ先輩にしがみついていた。

 あっ!

 でも半笑いだよ!

 ひょっとしてリズ先輩に勝ったって思ってるんじゃないよなセーラ!





 解体しながら試食したけど、ヨルムンガーの肉質は硬め。食べる前は、淡白で美味しいかなって想像してたけど、独特の癖がある食材だ。

 硬くて癖のあるササミって感じかなぁ。



 ヨルムンガーの塩焼きと骨つきステーキ。

 どちらもシンプルにヨルムンガー肉を味わってもらう。

 塩焼きはヨルムンガーに香草ブレンドのアレク塩をふって炙ったもの。

 ステーキはヨルムンガーを鉄板で焼いたもの。ニンニクーも香り付けに使ってる。


 塩焼きは直火で炙ったから、身からけっこう脂も落ちた。脂を纏って香ばしくなったよ。

 ステーキはダイレクトにヨルムンガーの味わいだ。


 ハンバーグやメンチカツ、肉団子はタマネギーに塩を加えながら練っていった。臭い消しにショーガーを混ぜてるから独特な匂いも少なく美味しく調理できたと思う。

 甘味はキラービーの蜂蜜を使ったよ。

 もちろん蜂蜜酔いが怖いシャンク先輩の分はメイプルシロップ仕様だけどね。


 スープは、骨つきヨルムンガーに芋やタマネギー、ニンジンを加えたもの。

 そうそう、コンソメスープの顆粒も加えてるよ。

 コンソメスープ。ブイヨンの顆粒は作って持ってきたんだ。たぶんスープはけっこう美味しいかもしれない。

 ほんのりヨルムンガーの香り(癖)もあるけど。ある意味ヨルムンガーの癖も味わいのうちかな。

 味見もしたよ。

 ヨルムンガーの癖のある味、俺はあんまり好きじゃなかったかな。

 あっ!爺ちゃんはなぜか蛇のスープが特に精がつくって言ってた。


 蒲焼きと肉団子はけっこう美味くなったと思うよ。

 蒲焼きは酢を煮詰めたタレをつけたんだ。

 酢は煮詰めると甘くなるからね。しかも鰻と同じでヨルムンガーの骨を焼いてダシに加えたからコクも出た。

 これで醤油さえあれば更に美味くなるのにな。どこに行けば醤油を手に入れられるかな。

 味噌と併せてやっぱり作るしかないかな。


 ヨルムンガーの肉団子。素揚げにしてからタマネギーと炒めて甘酢あんで絡めたよ。中華風の肉団子。

 うん、これは美味いな。





「ヨルムンガー尽くしの夜ごはんです。今日、明日と同じ夜ご飯ですからね、嫌でも食べてくださいよ!」


「いいぞアレク。俺はヨルムンガーの肉好きだから」


 オニール先輩が嬉しそうに言った。


「オイもだぞ」




「「「いただきまーす」」」





「うまくね?去年も思ったんだけど俺、こいつけっこう好きな肉だわ」


 オニール先輩がヨルムンガーの骨つき肉にかぶりつきながら言った。


「「ああ、うまい肉だ」」


 タイガー先輩とゲージ先輩もガッツリかぶりつきながら満足げに言っている。


「私も好きな肉です」


 骨つきヨルムンガー肉に齧りつきながらセーラも嬉しそうに言う。



 うん、みんなの好みは予想通りだった。

 ヨルムンガーの味わいかがよくわかる塩焼き、骨つきステーキ、スープ。

 タイガー先輩、ゲージ先輩、オニール先輩はめっちゃ食いついた。あと意外だったけどセーラもヨルムンガー肉を気に入ってた。

 この4人はヨルムンガーの癖のある味自体が好きみたいだ。


 キム先輩、シャンク先輩、リズ先輩はふつうにおいしいって言ってた。


「アレク君の解体が上手いからまだ臭みが少ないんだね。去年のヨルムンガー肉は、僕は食べられなかったからね」


「本当そうよねー」


 ビリー先輩とマリー先輩が頷き合っていた。


「そうか、俺はビリーと違ってこの独特な感じは好きだけどな」


「「俺も」」


 タイガー先輩、ゲージ先輩、オニール先輩にはヨルムンガーはかなりストライクな魔獣肉らしい。



「早く『別腹』が食べたいの」


 リズ先輩はヨルムンガー肉はあまり好みではなさそうだ。

 というか、早くデザートを食べたいらしい。リズ先輩の中では甘味イコール別腹が定着していた。




 俺と食の好みがほぼ同じだったのはマリー先輩とビリー先輩だ。

 俺たち3人は、ヨルムンガー肉が得意じゃなかった。

 だからヨルムンガーの癖がない蒲焼きと肉団子ばかりを食べていた。



「「「あーうまかった!」」」


「「「ご馳走さま!」」」






 食後。

 やっぱりというか予想通りというか、夜は……


「「「はぁーはぁーはぁー」」」


 タイガー先輩、ゲージ先輩、オニール先輩が夜中まで腕立て伏せや腹筋を汗をかきかきやっていた。

 ん?

 女子も1人腹筋してる?

 セーラ、お前かい!



 2日めの夜も同じだった。





 2日間はみんなが思い思いにのんびりと過ごした。


 ヨルムンガー肉をたくさん食べてたタイガー先輩、ゲージ先輩、オニール先輩は昼間も無言で黙々と汗を流していた。

 なぜかセーラも杖を持って魔力籠めの練習を無言で黙々とやってた…。



 シャンク先輩は山のような荷物の入れ替えをしていた。


「僕、整理整頓が好きなんだ」


 シャンク先輩は荷物の整理整頓をしているのが楽しいらしい。鼻歌を歌いながら楽しそうに入れ替えをしていたから、ある種のストレス解消にも繋がるんだろうな。



 キム先輩は苦無を研いだり、何かの薬剤みたいなものを作っていた。


「毒薬だからな。近寄ると危ないぞ」


「先輩は大丈夫なんですか?」


「ああ俺は耐性ができてる。ガキのころ、毎日泣きながら毒薬が詰まった部屋に放り込まれたからな」


 あー、ホーク師匠が俺をカエルの巣に放り込んだのと一緒だよ…。

 キム先輩のは毒耐性だ。



 マリー先輩とビリー先輩は1つ1つを確認をしながら打ち合わせをしていた。

 出たとこ勝負の俺は見習わなきゃいけない姿勢だよな。

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