198 15階階層主戦


 ヒュドラ。又の名をヨルムンガンド。

 北欧神話。

 ヨルムンガンドは地球を一周するくらいの大きな身体で自身の尻尾を噛んでいたという。

 これを離したら週末ラグナロクが訪れた…たしかそうだったよな。

 少しずつ思い出したぞ。

 15階層主の大蛇は斬っても斬っても再生するって先輩たち、言ってもんな。


 討伐のヒントはこのあたりかな。






 15階層前に辿り着いた。

 程なくして、ブーリ隊も辿り着く。


「マリーどうだった?」


「問題ないわって言いたいところだけどね」


「うん?」


「13階でゴブリンソルジャーが1体いたわ」


「それは…早いな」


「ええ。だからこれからは更に気を引き締めないとね」


「だな」


 些細な点も情報共有は大事なことだ。




「シャンク、アレク、セーラ」


 タイガー先輩が俺たちに言った。


「シャンク、ここからは学園ダンジョンも急速に難しくなるからな。来年以降のために、記録をしっかり残しておけよ」


「アレク、セーラ。お前たちが6年になるまでまだ5回もチャンスがあるんだからな。まして1年から2人揃ったのは珍しいんだぞ。だから何ができて何ができなかったのかを記録をして次に繋げろよ」


「「はい!」」


「アレク、オメーまずはヨルムンガーをさっさと倒して来いやギャハハ」


「アレク、ヒュドラーをうまい食いもんに変えてくれよ」


「アレク、私は甘くて美味しいものが食べたいの」


 ヨルムンガーは関係ないじゃん!


 ビリー先輩はただニコニコと笑っていた。


「アレク、気負うなよ」


 キム先輩が言ってくれた。




「いくよ。みんないい?」


「「「はい!」」」




 ギギギギーーーーガシャン


 いよいよだ。







 そこには何本もの頭を持った大蛇がいた。



「えっ!?マジ?」


 グルン グルン グルン グルン グルン


「シャーッ!」「シャーッ!」「シャーッ!」…


 四方八方に。無重力空間を遊泳するように。自在に動く多くの蛇の頭。

 1本1本の胴の太さは俺の身体くらい?

 長さは7、8メルか。

 すげぇな。


 にーさんしーごーろくしちはち……


 おぉ〜8本の頭があるよ!八岐のオロチだよ!



 即座に臨戦態勢をとるボル隊の面々。

 マリー先輩が号令を発した。


「セーラさんは荷物といっしょに聖壁の中に。5点鐘分くらい(5時間)はかかるわよ。魔力切れには気をつけてよ」


「はい!」


「ヨルムンガーの攻撃は噛みつきと締めつけだけよ。みんなも噛まれないように気をつけてよ。あと、捕まったら締めつけられるからね」


「「「はい」」」


 シャンク先輩も荷物を降ろして参戦する。

 キム先輩は――あれ?もう天井の壁に立ってるよ!まるで忍者だよな。




「じゃあアレク君見ててね」


 そう言いながらマリー先輩とシンディが風魔法を発現する。


「「エアカッター!」」


 シュッ!シュッ!


 風の攻撃魔法、鋭利な不可視の斧が振るわれる。


 ザンッ!

 ザンッ!


 ボトッ

 ボトッ


 俺の身体サイズ、蛇の頭が2本切り落とされる。

 相変わらず、すごい攻撃力だよな、マリー先輩とシンディは。


 グルン グルン グルン グルン グルン


「シャーッ!」「シャーッ!」「シャーッ!」…


 苦痛なのか、怒りなのか。激しく漂う残りの6本頭。唸り声もより激しくなった。


 バタバタ バタバタ バタバタ…


 地に落ちた2本の頭が激しくのたうっている。気持ち悪っ!

 と。


 ズズズズズーーーーッ


 階層主の部屋の床が溶け落ちるように、蛇の双頭がダンジョン内に沈んでいった。

 すると…

 あれ?

 いつのまにか6本頭の蛇が8本頭に戻ってるよ!

 いつ?なんで?


「マリー先輩、いっぺんに8本落としたらどうなりますか?」


「やってみようか。アレク君は右側、私は左側よ」


「はい」


「「「エアカッター!」」」


 いつものエアカッターより魔力を強く込めて発現する。

 マリー先輩、シンデイ、俺、シルフィの不可視の4連エアカッターだ。


 シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!


 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ


 おぉ〜!頭8本全部落としたぜ!


 バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ


 のたうつ8本の頭。

 胴体だけになったヨルムンガーは木の切り株みたいだ。

 だけど、生気はまったく衰えていない。死んだ雰囲気もぜんぜんない。まさか・・・


 ズズズズズーーーーッ


 再び床が溶け落ちるように、蛇の頭8本がダンジョン内に沈んでいった。


「マジ?」

「いつのまに?」


 グルングルン グルングルン グルングルン…


 何事もなかったように再び8本の頭を自由自在にくねらすヨルムンガー。


「切っても切ってもすぐに戻るのよ。例年こんな感じで何点鐘も戦い続けるの」


「すごい生命力ですね」


「でしょ!5、6点鐘も経てばだんだん弱くはなってくるんだけどね」


「俺、やっと先輩たちが言ってた意味がわかりました」


「ふふ。いつかは勝てるわ。永ーい時間をかけてね」


「なるほど、なるほど」


 首を落とされたヨルムンガーがその都度カンストして復活するんじゃないんだな。

 やっぱり受けた攻撃は徐々に効いてるんだ。でもそれは攻略側にもいえるわけで。


「だからこの階層で力を使い果たすパーティーばかりなのよ」


「シャーッ!」


 そんな話をしながらもヨルムンガーは噛みつき攻撃をしてくる。

 俺たちはヨルムンガーからの攻撃も避けつづける。


 ガンガンッ!


 セーラを守る不可視の障壁にもヨルムンガーの攻撃が加わる。

 うん、障壁に守られたセーラは大丈夫そうだな。


 ブンッ!ブンッ!


 シャンク先輩もヨルムンガーと適度な間合いを保ちながら、爪牙をお見舞いしている。


 キム先輩は逆さを向いて天井に立ったまま、様子見だ。


「マリー先輩、さっきの頭を全部落とすの、もう1回試して良いですか?」


「いいわよ」


「「「エアカッター!」」」


 さっきと同じ。いつものエアカッターより魔力を強く込めて発現する。


 シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!


 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ


 これもさっきと同じ。ヨルムンガーの頭8本を全部落とす。


 バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ バタバタ


 ダッ!


 ズズズズズーーーーーーッ!


 俺は切り落としたヨルムンガーの頭1本を掴んで持ち逃げするようにその場を離れる。


「どとん、マンホールの蓋!」


 且つ、自分だけに聞こえる声で土魔法を発現。切り株みたいな胴体に蓋をする。あっ、土遁って漢字は覚えてないから書けないからね。


「どとん、クーラーボックス!」


 持ち逃げしたヨルムンガーの頭も頑丈に発現させた蓋付のクーラーボックスに封じ込める。




 どうなる?


 フッ


 あれ?蛇の頭を入れたクーラーボックスが急に軽くなった。

 ひょっとして蛇の頭消えた?


 バリバリバリーッ!


 のたうつ8本の頭。

 切り株みたいな胴体には下水のマンホールをイメージした蓋でしっかり閉じたはずなのに。

 蓋はバリバリと無惨に砕け散ってヨルムンガーが元の姿に戻っている。


 パカっ!


 クーラーボックスの蓋を開けてみると、中にあったはずの蛇の頭が消えていた…。

 手品かよ!

 どこにいるんだマジシャンは!

 思わずキョロキョロしてみるけど、そんなマジシャンみたいな人がいるわけはない。

 うーん?なぜだ。わかんないなぁ。


「どうアレク君、何かわかった?」


「すいませんマリー先輩。ぜんぜんわかんないです」


「そう。仕方ないわ。時間をかけて倒すしかなさそうね」


「・・・」



 てっきり神話のように頭の一本が尻尾を噛んでるって思ってたけどぜんぜんそんなことはなかったんだ。

 頭が尻尾を噛んでるからエネルギーの無限の循環を表してて、その循環を遮断したら良いかもって思ったんだけどなぁ。

 8本の頭はみんな勝手気ままに動いてるし、尻尾噛んでる頭なんて最初から無かった。

 でもきっと何かのヒントがきっとあるはずだ。




 ▼




 開戦以来、凡そ1点鐘分(1時間)の時が経過した。



 グルングルン グルングルン グルングルン…


 相変わらず8本の頭が自由自在に動きまくっている。


「シャアー!」「シャアー!」「シャアー!」


 そしてそれぞれが勝手に威嚇と攻撃を繰り返している。


「エアカッター!」


 ザンッ!

 ボトッ


「フレア!」


 ジュッ!

 ボトッ


 グルングルン グルングルン …


 切っても焼いても、しばらくしたらまた復活するヨルムンガーの頭。


「とにかく止まらないでよ。捕まったらだめだからね」


 変わらず自在に動く8本の頭。マリー先輩の注意喚起の声かけだ。





 あっ!


 もしかして、このカラクリが判ったかもしれない。


「エアカッター!」


 ザンッ!

 ボトッ


 マリー先輩がヨルムンガーの頭を1本落とした。

 そのとき…ジーッと尻尾を注意深く見る俺。

 うん、たぶん正解だ。


『頭と尻尾を離したら週末ラグナロクが訪れた』


 これを尻尾からエネルギー(魔力)を得ていると考えたらどうだろう。尻尾を地面から離して、エネルギー(魔力)の供給を絶ったら、たぶん胴体(バッテリー)の容量は空になるはずだ。


「セーラ、アイツの胴体を少しの間だけ浮かせられるか?」


「えっ?……少しの間だけだったらできると思います」


「ヨシ。シャンク先輩!」


「どうしたのアレク君?」


「合図でセーラが障壁を解除します。そしたらセーラと荷物を守ってください!」


「うん、わかったよ!」


「キム先輩、聞いてましたか?」


 天井から様子を伺うキム先輩にも声をかける。


「ああ。で俺は何をしたらいい?」


「はい、ミニアラクネの糸を使って出来るだけヨルムンガーの胴体を浮かせてください。

 それでセーラのフライがかなり楽になるはずです。尻尾が地面につかないことが鍵になります!」


「了解!」


「マリー先輩。ヨルムンガーの頭を8本落としたあとは、マリー先輩は胴体を揺らしたり糸を切らないように正確な魔法で胴体から出てくる頭を落とし続けてください!」


「俺の考えが間違ってなければ胴体を持ち上げてから4、5回で頭は生えてこなくなるはずです!」


「わかったわ」


「みんな準備は良い?」


 早くもキム先輩は、ミニアラクネの糸を持って天井に待機している。


「「「いけます!」」」


「いくよ!」


「「「はい!」」」




「「エアカッター!」」


 マリー先輩とシンディと精霊魔法が不可視のかぜの魔法を発現する。


「「エアカッター!」」


 俺とシンディも後に続く。


 4連の精霊魔法がヨルムンガーの頭、8本を急襲する。


 シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!

 シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!


 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ

 ザンッ!ザンッ!

 ボトッ ボトッ


 8本の頭が落ちる。

 ヨルムンガーの切り株のような胴体が顕になる。


「セーラ!」


「はい!フライ!」


 ふらりとヨルムンガーの胴体が浮かび上がる。


「キム先輩!」


「任せろ!」


 トーンっ。

 天井には暗器のような苦無が既に2本突き刺さっている。その根元にはミニアラクネの糸。


 フワッ クルクルッ!


 手には2本の苦無。

 アラクネ糸を2本、ヨルムンガーの胴体をくるくると縛ったキム先輩。


 トーンっ。

 ガンッ!


 キム先輩は苦無を縛った天井とは対角の天井へと跳び、そのまま手にした苦無を天井に突き刺した。

 2メルほど。

 ヨルムンガーの胴体、尻尾が完全に宙に浮いた。

 これで、セーラのフライもかなり楽になるだろう。


 あとは魔力供給の無くなったヨルムンガーの胴体に残った魔力を消費するのみだ。


「マリー先輩、天井から支えてる糸を切らないようにお願いします」


「了解!」


 念のために切り株のようなヨルムンガーの胴体の下についた俺。


「ウォーターバレット(水弾)!」


 ウォーターバレットは高密度に圧縮された水の弾である。

 水といえど、高密度のそれは金属をも軽く切断する破壊力を有する。


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ


 バタバタ バタバタッ…


 シュッと発現されたウォーターバレットがヨルムンガーの生えたての頭を即座に切断していく。

 切断されたヨルムンガーの頭はバタバタと蠢いたあと、溶け落ちるように床の中に消えていく。


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ


 バタバタ バタバタッ…


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ


 バタバタ バタバタッ…


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ


 バタバタ バタバタッ…


 ヨルムンガーの頭を正確に射抜いていくマリー先輩。

 障壁を解いて、フライを発現し続けるセーラを前にキム先輩、シャンク先輩の2人が鉄壁の防御体制となりセーラを守護する。


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ


 次々とヨルムンガーの胴体から生えてくる新しい頭を水弾で攻撃するマリー先輩。水弾なら間違えて爆ぜてもアラクネ糸は切れないはずだ。


 うん。確かに頭が小さくなってきた。


「マリー先輩、あと少しです!」


「ええ!」


「セーラもあと少しだ。ここで魔力を使い切っても問題ないからな!」


「くっ…頑張ります!」


 フライを発現するセーラの額に玉の汗が浮かぶ。


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ


 バタバタ バタッ…


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ


 バタバタ バタ…


「くっ…!」


「もう少しだ、セーラ!」


「あと少しだよ、セーラさん!」


「は、はい!」


 キム先輩とシャンク先輩の激励がセーラを奮い立たせる。


 シュッ!

 ザンッ!

 ボトッ

 バタバタ…


「あと少し!」


 パチンッ!


 ここで支えていた苦無の糸が切れた。


 床に落下をするヨルムンガーの胴体。

 尻尾が床に付けばこれまでの努力が水の泡になる。







「突貫!」

「金剛!」

「どっせーーーい!」


 ズーーーーーーーンッ!



 お、お、重たい!

 さすがにこの重さでは地に落ちるどころか、俺も潰される…。


「ど、ど、どっせーーいっ!」


 あっ…これは…も…もうダメだ…。




「うおおおおぉぉぉーーーーーー!」


「シャンク先輩!」


「アレク君あと少しだよ!」


「はい!」


「うおおおおぉぉぉぉーーーー!」

「どっせせせぇぇぇえーーーい!」


「うおおおおぉぉぉぉーーーー!」

「どっせせせぇぇぇえーーーい!」


「うおおおおぉぉぉぉーーーー!」

「どっせせせぇぇぇえーーーい!」








 しばらくすると、ヨルムンガーの重さが少しずつなくなってきた。


 そして。



「アレク終わったよ!」


 セーラが駆け寄って言った。



 ドスンっ。

 ドスンっ。


 シャンク先輩と2人、腰を落とす。そのまま2人で仰向けになった。


「はーはーはーははははは」

「はーはーはーわはははは」


「よくやった!2人とも」


 キム先輩も俺たちに声をかけてくれる。


「2人ともよくやったわ!まだたったの1点鐘ちょっとよ!」


 マリー先輩も笑顔で言った。




 ズズズズズーーーーーーッ


 ヨルムンガーのいたあたりの壁から扉が出現した。


 15階層クリア!

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