0143 帰省


 「じゃあまた」

 「「またね、ばいばーい」」


 夏合宿から寮に帰ったその日のうちに。

 行きと同じく、2日かけて俺は村に帰った。



 「ただいまー」

 「「あっ、お兄ちゃんだ!お兄ちゃんお帰りー」」


 家の前で遊んでいたスザンヌとヨハンが駆け寄ってくる。

 俺はそのまま2人を抱きしめて話す。


 「元気だったか?」

 「「うん。お父さーん、お母さーん、お兄ちゃん帰ってきたよー」」


 スザンヌもヨハンも頭をぐりぐり俺に擦り付けてくる。


 「「アレク!(アレクちゃん!)」」


 ヨゼフ父さんとマリア母さんも俺に駆け寄る。

 俺は何の照れもなく、父さんと母さんを抱きしめた。


 「ただいま父さん、母さん」

 「おいおい‥なんか照れるな。アレク‥お帰り」

 「ア、アレクちゃん、元気だった?どこか怪我してない?お帰り、お帰り」


 マリア母さんの声を詰まらせたよう

な、なんとも言えない雰囲気を察したヨハンが泣き出した。


 「うわーん、お兄ちゃーん!」


 釣られてスザンヌも泣き出した。


 「うわーん、お兄ちゃーん!」

 「「うわーん、お兄ちゃーん!」」

 「「アレク(アレクちゃん)‥」」


 いつしか家族5人がまるで互いの温もりを確かめるように抱きあっていた。


 「マリア母さん、俺腹減ったわ。芋かなんかない?」

 「「腹減ったー、腹減ったー、腹減ったー」」


 スザンヌとヨハンが不思議な節をつけて歌い出した。


 「お前ら、その変な歌はやめなさい」

 「だってだってー。変じゃないもん。変はお兄ちゃんのお歌だよー!」

 「えっ、何それ?」


 ブッ 

 ワハハハ

 あははは


 「じゃあ今日は早くご飯をいただきましょうね」

 「「わーい わーい」」

 「じゃあ母さん、俺、ジャンとアンナの家にも帰ったって伝えに言ってくるよ」

 「早く帰ってきなさいね」

 「わかったー」




 「こんにちはー」

 「「アレク君!(アレク兄ちゃん!)」」

 「チャンおじさん、おばさん、チャミーもただいま」

 「「お帰り。今日帰ったのかい?」」

 「うん、今帰ったとこ」

 「ヴィヨルドはどうだい?」

 「うん、毎日楽しいよ。おばさんこれヴィヨルドのお土産」


 俺は魚の干物を手渡した。


 「まぁ、ありがとう。魚?海の魚なんて、ご馳走だわ。さっそく今夜いただくわね」

 「おじさん、おばさん、ジャンは?」

 「ああ」


 そう言ったチャンおじさんは嬉しそうな笑顔で奥の作業場を指さした。

 奥からは規則正しく金属を叩く音が聞こえていた。


 「じゃあおじさん、明日にでもまたゆっくり話にくるよ。1つ相談もあるんだ」

 「ああ、ああ。わかったよ」

 (たぶん、また何かの考えが浮かんだんだな。この子は本当に村のことばかり考えてくれているからなあ)

 「アレク君ありがとうね」

 「じゃあおじさん、おばさんまた」

 「アレクお兄ちゃん、また遊んでねー」

 「ああチャミーまたなー」


 チャミーは弟ヨハンの同級生だ。教会学校にはいつも2人手をつないで通っているという。


 カーン カーン カーン


 裏の作業場ではジャンが一心不乱に鍛治仕事に取り組んでいた。

 (うん、うまくなったな)


 「ジャン」

 「おおアレク。帰ったか」

 「ああ。ジャンただいま。お前鍛治が上手くなったな」

 「誰に言ってんだよ!」

 「えーっ!だってこないだまでぜんぜん下手くそだったじゃん!

 そんな下手くそな鍛冶屋の息子のジャン君に農家の息子の俺が教えてあげたんだよー。この下手くそめ」

 「お前には言われたくねーよ、アレク」


 がっしりと抱きあった。ジャンは俺の幼なじみでいちばんの親友だ。


 「どうよ、ヴィヨルドは?」

 「ああ、毎日楽しくやってるよ」

 「鍛治の手伝いはやってないのか?」

 「やってるよ。ヴィンランドにヴァルカンさんの妹さんがいるからな。暇なときはちょくちょく手伝ってるよ」

 「えっ?それって女ながらにヴィヨルドの至宝って言われてる刀鍛冶の女神様だぞ!」

 「えっ?そうなの?うーん、女神様ねぇー」

 (ビア樽みたいな女神様かー。イメージ沸かないなあ。ヴァルカンさんとは正反対の明るさだけど、兄妹そろって刀鍛冶に真摯で。俺の大好きな2人だ)


 「くそー、アレクに負けてたまるか!俺もますます励むぞ!」

 「ああ、お互い頑張ろうぜ」

 「じゃあもうすぐ家、夜ごはんだからまた来るわ。明日な」

 「ああ、また明日な。お前が帰ってきたってみんなにも伝えとくよ」




 ほぼ同じような流れでもう一軒の幼馴染、アンナの家にもお土産を持って行った。


 「誰にゃ?」


 アンナの妹がよたよたと2足歩行で歩いてきた。

 えっ?こないだ生まれたてだったのにもう?

 熊獣人のトールの弟たちと同じだ。

 獣人の子は、成長もヒューマンより早いよな。

 うん、かわいい!しかも『誰にゃ』って言ったよ。にゃって!

 あーたまらん!めっちゃかわいいよ。


 「おばさん、この子の名前は?」

 「デイジーよ」

 「デイジー、アレクお兄ちゃんでちゅよー」

 「ア、アレク君?」


 ニャンタおじさんが絶句していたという‥。

 思わずデイジーを抱きしめて、くんかくんかと匂いまで嗅いでしまう俺。

 (あー乳臭いって言うの?たまらないよ!)


 「デイジーはかわいいでちゅねー。アレクお兄ちゃんとこの子どもににゃりまちゅかー?」

 「キャッキャ、くすぐったいにゃ」

 「どこがくすぐったいでちゅか?ここでちゅか、ここでちゅかー?」

 「アレク‥‥キモ!」

 「ア、アンナ!いたのね‥」


 アンナの妹のデイジーは仔猫そのものだった。トールの弟や妹と同じくらいかわいかった。

 アンナは‥今日も寝転がって肉を食べていた‥。


 「ニャンタおじさん、また狩りに連れてってねー」

 「ああ、もちろんだよ」

 「じゃあアンナも明日なー、ばいばーい」

 「うん、ばいばーい」


 アレクが帰ったあと。

 嬉しそうにデイジーを抱えながら歌を歌うアンナ。

 その様子を見て微笑むニャンタ夫婦だった。



 やっぱり仲間はいいなぁ。ジャンの家もアンナの家も親戚っていうか、ほとんど家族だもんな。

 何も変わらないから安心するよ。

 変わったのはジャンだな。ジャンは真面目に鍛治仕事をやるようになった。

 アンナは‥‥やっぱりアンナだった。

 (いいのか?食って寝て遊んで食って‥)

 なんか出来の悪い妹を心配している兄の気持ちだよ、俺は。



 夜ご飯には、ヴィヨルド土産の魚の干物も食べた。


 「「うまうまー!」」


 海の魚を初めて食べたスザンヌとヨハンは大喜びしていた。

 キーサッキー(剣先イカ)の一夜干しはヨゼフ父さんに渡した。たぶん今夜もチャンおじさんとニャンタおじさんの3人で飲むだろうから。

 マリア母さんにはミューレさんから貰った料理用の包丁をあげた。母さんはよく切れると大喜びしていた。


 「スザンヌ、ヨハン。ヴィンランドのお土産だよ」

 「「やったー!」」

 スザンヌとヨハンには、砂糖漬けの果物をお土産にした。


 「母さんから毎日少しずつもらうんだぞ」

 「「わかったー」」


 食べすぎて虫歯になったら困るからね。





 食後、教会にも行った。


 「ただいま帰りましたー」

 「「お帰り」」


 師匠とシスターナターシャがいつもと変わらずに俺を迎えてくれた。


 「アレク君、学園1組の首席なんだって?」

 「はい!」

 「すごいね。このまま卒業まで落とさずいくんだよ」

 「アレク、同世代の奴らには負けるなよ」

 「はい。俺、決して油断もしません」


 こくりと師匠は頷いていた。


 「師匠にはこれ、シスターにはこれ。ヴィヨルドのお土産です」

 キーサッキーの一夜干しを師匠に、果物の砂糖漬けをシスターナターシャに手渡した。


 俺はヴィンランドでの寮生活の話もした。

 師匠がレベッカ寮長を知っていたのには驚いた。レベッカ寮長が体術では王国内でも指折りの猛者だということも知った。

 (ますます逆らっちゃダメだな)

 つい先日までの楽しかった合宿の話もした。


 「師匠、シスター。合宿の漁村で思ったんだけど。あそこでは昔、夏の終わりに花火を上げて亡くなった人を思い出していたらしいんだ」

 「ああ、教会の花火ならお前も知っておるぞ」

 「師匠、それってバザーの日のやつですよね」

 「そうじゃ」

 「そうよ。アレク君も知ってるようにバザーの開始を知らせる花火。あれも元々は女神教の原型の祭祀の名残りよ。昔は亡くなって女神様の元に召された人たちが年に一度帰ってきて、家族と一緒に花火を見るんだと信じられていた時代があったのよ」

 「やっぱり‥」


 思ったとおりだ。

 あの漁村でサラマンダーが言ってた花火、あれは昔のお彼岸みたいな行事だったんだろうな。

 過去に亡くなった人を偲んで花火を上げるのは夏の行事、風物詩だったんだ。


 「シスター、過去に亡くなった人を偲ぶ行事って今はないの?」

 「ないわね。年中行事としてそれをやるのは王族か一部の貴族、よほど財がある人だけでしょうね」

 「俺さ、バザーみたいに盛り上がることをやりたいんだ。

 村の人たちがもっと村に愛着を持つようなことを。

 それで新しい夏の行事として、花火をやりたいって思ったんだ。大丈夫かな?」

 「よいぞ」


 大きく頷きながら師匠が即答した。


 「花火の日に教会として亡くなった人を祀る祭祀をやってもらうのも問題ない?」

 「元は女神教の祭祀にあったくらいだからね。何の問題もないわ」

 「シスターありがとう。明日みんなに会ったら提案してみるよ。じゃあそろそろ帰ります」

 「アレク、明日の午後から修行じゃからな。サボってはおらんじゃろうな?」

 「もちろんです師匠!」

 「じゃあ明日またきます」

 「うむ(はい)」



 「ディル神父様、アレク君はまた新しいことを考えているようですね」

 「そのようじゃの」

 「今度の王都での会議の折、父にも話をしておきます。一応教会長にも許可を得ておきますね」

 「ふむ。わしとモンデールからも王都に手紙を送っておくか」

 「はい」

 「では、アレクの企みに乗ってやるかの」

 「楽しみですね」

 「そうじゃの」


 フフフ

 わはは

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