139 お風呂のお約束
「昨日の夜、花火が上がってたね。アレク見た?」
朝食の席でアリシアが聞いてきた。
「えー、マジ?俺寝てたよ」
「なんだよ、アレク、お前イビキばっかりかきやがって!」
「えっ?ハイル、お前が言うか!」
お昼過ぎ。
何事もなかったかのように合宿所で体術の指導をするレベッカ寮長が、俺にだけわかるよう、ニッコリと微笑んだ。
▼
その日の夕方。
男子寮の先輩たちから男子に極秘指令が下った。
「しーっ。静かに、1年生も集まれ!」
先輩たちが静かにしろと言いつつ、男子を集めた。
「いいかお前ら、今夜はこの合宿最大のお楽しみの夜だ!」
「なんすか?先輩」
すっかり勉強の虫と化していたハイルが、大して興味は無いとしながら適当な感じで尋ねる。
「今夜は温泉に行く日なんだ」
「温泉?」
「ああ、漁港の裏に温泉があってな。そこに行ける日が今夜なんだよ。今夜だけは領都学園が貸切にしてるんだ」
「「「おおーー温泉かー」」」
即座に。
俺を含めた1年生男子の誰もがそれぞれに妄想を膨らませた。
「夏合宿に温泉とくれば、男のお約束は何かわかるかハイル隊員?」
途端にやる気に満ち溢れたハイルが直立不動で即答する。
「はい!男のロマンは、覗きであります隊長!」
「その通りだ。ハイル隊員」
(なんだよ、その隊長、隊員って!)
今夜貸切となるのは海辺ながら塩水でなく、ふつうに良いお湯が沸く温泉だという。
海を眼前に、岩場に湧き出る温泉。
男湯の先には10メル(10m)弱の橋を渡って女湯になっているという。
橋さえ渡ることができれば、岩石が見る者を隠してくれるという。
「かわいい後輩隊員たちよ、立ち塞がる強敵にだけは気をつけろよ」
「最大の強敵は誰だ?」
「「「レベッカ寮長!」」」
「そうだ」
「本作戦の最大にして最強の敵はレベッカ寮長だ」
「「「サーイエスサー!」」」
「もし捕まったら‥」
「ゴブリンに捕まった乙女と同じ目に遭います隊長!」
(なんだよハイル、その漲るやる気は!)
レベッカ寮長は例年、この橋の前に椅子を置いて男子の侵入がないよう監視しているという。
「先輩、とってもいいお話なんですが、さすがにレベッカ寮長の見張りを潜り抜けるのは難しいんじゃないでしょうか?」
「よくぞ聞いてくれた
アレク隊員!」
(だから何の隊員なんだよ!)
「偵察隊員情報によれば、今夜レベッカ寮長はご実家の用事だとかで明日の朝までいないそうなんだ」
ハイルが叫んだ。
「我々の勝利も約束されたであります!」
ごくん。
思わず俺も唾を飲み込んだ。
「作戦を発表する」
「「「ハイ!」」」
「斥候1名、ハイル隊員!」
「ハイ!」
「索敵をしながら渡橋。対岸より警戒をしつつ全員を渡橋させること!」
「サーイエスサー!」
「アレク隊員は、男子風呂前で夕涼みを装って待機。女子に悟られぬよう監視されたし。全員の渡橋後、合図を待って全速で渡橋するように!」
「サーイエスサー!」
いつのまにか俺も叫んでいた。
「作戦開始!散開!」
「「「サーイエスサー!」」」
音も立てずに橋に近づく斥候ハイル。
(おい誰か帰ってきたぞ!)
風呂桶を叩いて注意を促す俺。
カポーン、カポーン
前方より敵2の合図だ。
すかさず橋の下に隠れ、この敵をやり過ごす斥候ハイル。
(今度は敵が3人来たぞ)
カポーン、カポーン、カポーン
風呂桶を3回叩く俺。
すかさず橋の下に潜り直すハイル。
ナイスな連帯感だ。
静かになった。
ヨシ、ゴーゴーゴー!
ハイルは突貫で一気に渡橋を成功。岩陰にて両手を大きく伸ばしてマルを作った。
(ヨシ、では順次行くぞ)
と。
「ま、まさか・・・」
そこには橋を前に、バスタオル姿で椅子に座るレベッカ寮長がいた‥‥‥。
「諸君、本作戦は失敗に終わった。ハイル隊員の尊い犠牲に感謝しつつ‥‥撤収ー撤収ー!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく男子寮生たちであった。
ハイルのその後。
身を隠しているとはいえ、レベッカ寮長に気配を悟られぬわけもなく‥‥‥
「そこに隠れている子、すぐに出てらっしゃい!」
「‥‥‥」
「もう一度だけ言うわよ。そこの岩陰に隠れている子よ。出てらっしゃい!」
「はい‥‥教官」
「まっ、ハイル君だったのね」
トボトボと項垂れながら橋を戻るハイルの頭が再び持ち上げられる。
ウィーーン
出た!人間UFOキャッチャーだよ!
「あうあう、あうあう」
「いやらしいわねっ!そんなに女の子の裸を見たいの?だったらお姉さんの裸を見せたげるっ!」
はらり
UFOキャッチャーに吊り上げられたままのハイルの眼前に、バスタオルをはだけて一糸纏わぬ姿になったレベッカ寮長が現れた。
ブシューーー
「あうあうあう‥‥」
盛大に鼻血を吹きだして気絶するハイル。
(何見たら鼻血が出るんだ?しかもお前、気絶ばっかりしてねーか?)
そんな騒動もあって満足に温泉に入れなかった俺。
深夜、あらためて温泉に行った。
もう学園貸切タイムは終わっているため、普通に地元の人にもすれ違った。
すると。
「あらアレク君?(温泉)今から?」
「あっ、ナタリー寮長!は、は、は、はいー」
そこには湯上がりの大人美女がいた。
(女神降臨だよー!)
「昨日は本当にありがとうね」
「い、いえ、ぜ、ぜんぜん、たた、大したことありません!」
「フフフ。じゃあごゆっくり。おやすみ」
「は、は、はい!ナタリー寮長、おやすみなさい!」
俺はぼーっとナタリー寮長の後ろ姿を追っていた。
ナタリー寮長の湯上がり姿、しかもなんかいい匂いもしたし。くんかくんかしながらクラクラした俺はしばらく動くこともできなかった…。
じーっ
じーっ
ぼーっとナタリー寮長が去っていくのを目で追っていた俺の姿を、アリシアとキャロルがしっかりと見ていた‥。
▼
翌朝。
「アレク!昨日の夜中、ナタリー寮長を目で追ってたのを見たわよ!いやらしい!」
「ホント!スケベ!」
「えっ!見てたの?
ごめんなさい。反省してます‥」
次回 イカす村おこし
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