105 ヴィヨルドへ


「はーはーぜーぜー師匠ー今年もありがとうござましたー」


春休みという名の修行が終わった。

ホーク師匠との20日間の修行は今年もあっという間だった。

3年めともなると少しは楽に・・・ならない!

動かなかった修行は初年度だけ。あとは去年も今年も動きまくりの地獄の特訓だった。

今年は弓の修行も増えた。風の精霊シルフィの加護で、弓を弾ければ的まではシルフィが運んでくれるけど、自身でももっと上手く撃てないとね。

傀儡(くぐつ)魔法の解除の仕方も新たな習った。

傀儡魔法とは精霊を禁忌の呪法で操り人形のように縛る魔法である。

これは精霊を奴隷のように扱うため、エルフ界でもドワーフ界でも厳禁とされている。発覚すれば、一族諸共その種族から追放になるほど、傀儡として精霊を扱うことは、言語道断な所業なのである。

見つけたら、すぐにその精霊を助けないといけない。

弓、新魔法のいくつか、魔獣狩等々。

今年も確かに力はついたと思う。


修行の終わる前の夜。師匠からこんな話があった。


「ヴィヨルドでもがんばれよ」


「はい師匠」


「アレク、ヴィヨルドの学園ダンジョンに潜れて、もし可能であれば‥」


珍しくホーク師匠が躊躇いがちに切り出した。


「‥俺の兄の行方を探してくれ」


「師匠、お兄さんって‥」


そうだ。

2年前、師匠との初めて修行で、圧倒する師匠の精霊魔法の力を目の前にした俺は、「師匠は天才だから」と僻んだ。そんな俺に対して師匠はこう言ったんだ。「俺も天才のきょうだいを羨んだ」と。


師匠にはお姉さんと師匠との双子のお兄さんがいるという。そのお兄さんはヴィヨルド領都学園に進学、10傑中でも断トツの頂点として歴代でも稀有の存在として学園に君臨したそうだ。

のちにダンジョンで最高到達記録(現在も破られていない記録という)を樹立。その直後、トラップにかかった仲間を庇って消えたという。以来、行方知れずのままという‥。


双子ならではの共有の感覚として、お兄さんはどこかで今も生きている気がすると師匠は言った。


「師匠‥何かわかったら、そしてもし俺にお兄さんを助ける機会が訪れたら、俺は全力でお兄さんを助けます!」


「アレク、頼んだ‥」



翌朝。


「師匠、今年もありがとうございました」


「ああ。アレクまた来年会おう」


「はい、師匠。また来年もよろしくお願いします」


「アレクまたねー」


師匠の風の精霊、シルキーも手を振ってくれる。


「シルキーお姉さんもまたねー」


「シルフィあんたもねー」


シルフィも手を振りかえしていた。





精霊魔法を扱えるようになってから、俺の魔法の発現力は目に見えて強くなった。

自身の力だけではない。精霊の力を貸してもらっているからだ。

この精霊魔法をホーク師匠から初めて聞くまでは、俺も精霊魔法がまったくわからなかった。信じてなかったとも言える。

例え見えなくても、見えないことを認めて、見えるよう努力することは大事なんだと俺は思う。

でもやっぱり‥見えないものを信じるって言うのは難しいよな。そんな頑固なヒューマンはたくさんいるんだし。





ヴィヨルド領に行く前。

1週間余りを家で過ごした。

昼は一日、家の畠で農作業を手伝った。わが家の畠はやっぱりいいなあー。

と、目を凝らすと土の精霊ノームが見えた。


「ノーム、畠をよろしくな」


ノームはニコッと笑って手を振ってくれた。





「じゃあ行ってくるよ」


「気をつけてな」


「「お兄ちゃん」」


ヴィヨルドの領都は遠い。ヴィヨルドの西の果て、黒の森へは1日かからずに駆けられるようにはなったが、領都ヴィンランドへはそこからさらに倍以上かかる。

流石に遠いから俺は2日かけて向かう。

ホーク師匠との修行のおかげで、野営は普通にできるしね。


明後日から、俺はヴィヨルド領ヴィンランドの領都学園に入学だ。

6年間を隣の領で生活する。

領都学園には遠距離からの生徒用に寮がある。俺もここにお世話になる。

家に帰れるのは夏休みと冬休み、春休みぐらいだろう。

そんなことを話すと妹のスザンヌがまたしてもギャン泣きした。

弟のヨハンも最近は理解してギャン泣きする。


ギャーギャー

嫌だー嫌だー


「スザンヌもヨハンも泣かないでくれよ。お前らに泣かれるとお兄ちゃん、勉強しにヴィヨルドに行けないじゃないか」


「ううっ、ぐすん。わがっだ。がまんする。だからお兄ちゃん早く帰って来てね」

「帰ってきたら遊んでよー」


「ああ、わかったよ。夏には帰ってくるな。ヴィヨルドのおいしいものを持ってくるな」


「アレク、言うまでもないが身体に気をつけろよ」


「うん、父さん」


「アレクちゃん‥夏休みには早く帰って来るんだよ。スザンヌやヨハンがまた泣くからね‥気をつけるんだよ」


「うん、母さん。手紙送るよ」


「じゃ、行ってきます」


「精霊さん、お兄ちゃんをよろしくね!」


スザンヌが見えないシルフィに向けて話す。


「シルフィさん、お兄ちゃんを‥」


シルフィが見えるヨハンが何か言っている。

俺もヨハンに憑いている水の精霊ウンディーネのディーディーちゃんに話す。


「ディーディーちゃん、ヨハンを頼むよ」


「はい、アレクお兄さん」


(うーん、ディーディーちゃんはシルフィよりお淑やかだなー)


「アレク!アンタ何よ!」


なぜかお怒りモードのシルフィが俺の頭をポカポカやる。


(俺の言葉漏れてた?)


「父さん、母さん、スザンヌ、ヨハン。じゃあ行ってくるよ」


「「「「いってらっしゃい」」」」


ヴィヨルドへ。

俺は駆け出した。



次回 乙女レベッカ 11/22 21:00更新予定です

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