069 ヴァルカン

 護身用の武器。

 俺はふだんから小刀1本を携えている。何年か前、一角うさぎから妹を守ったとき、一角うさぎを倒したのは家の包丁だった。


 包丁は子どもの俺にも長さもほどよく、解体にも扱い易い。俺が好きだった忍者アニメの主人公たちは苦無(クナイ)を使っていたな。


 それゆえといったのも理由になるが、腰に差してても手回しのよい小刀を愛用しているのだった。俺の小刀はチャンおじさんに鍛造してもらったやつだ。


 冒険者ギルドで俺が主にしている薬草採取にも、途中の雑草を払うことやまとめた薬草の束を綺麗に払う小刀は使い勝手がよい。


 もちろんたまに出会う一角うさぎも仕留めやすいし。

 (一角うさぎも今では楽に仕留められるようになった)


 刀にはもちろん興味はある。といっても刀は持っていない。今は師匠との修練に家でも木刀を振るだけだ。


 だいたい俺は奥深い森には未だ行ったことがない。もちろん小刀以上の武器を使うような魔獣と闘ったこともない。


 「グレンさん、俺の小刀最近キレが悪くなって。自分で研いでもすぐにイマイチになるんですよー。どっかに良い鍛冶屋さんか武器屋さん知りませんか?」


 「貸してみろアレク」


 「あーこりゃかなりガタがきてんなー。お前金魔法使えるだろ?こんだけ使い込んでたらそんでもダメだわなー」


 俺が金魔法も土魔法も使えることは、グレンさんにはこっそり伝えてある。


 「西門のそばにヴァルカンってオヤジがやってる武器屋があるから相談してみろ。俺から聞いたってな。

 ただ偏屈オヤジだから覚悟して行けよ」


 「偏屈オヤジですか!グレンさんみたいに‥」


 「アレクてめー!」


 「ヤバっ。さっそく行ってきまーす!」


 ワハハハハ

 わはははは

 ワハハハハ


 解体場から笑い声が上がる。


 「おやっさん、アレクに言われてやんの!」


 ワハハハハ

 わはははは

 ワハハハハ


 独り言を言ったつもりだったが聞こえたようだ。




 ▼




 領都サウザニアの西門。

 ふだん北門から出入りしている俺には意外にも近くて遠い西門だった。


 西門辺りにはサウザニアの職人街が広がる。そんな街の一角にヴァルカン工房と看板が掲げられた武器屋兼刀鍛冶の工房があった。


 「すいませーん。ヴァルカンさんいますかー?すいませーん、ヴァルカンさーん」


 薄暗い店内。

 廊下を走る大きなトカゲが見えた。

 なんか気味悪いな。


 何度目かの呼びかけに応じて奥から現れた人物は‥‥縦も横も俺よりひと回り大きな樽のような髭もじゃのおっさんだった。

 (おおー人生初のドワーフじゃん!)


 「なんじゃい坊主!ワシは忙しいんじゃ。子どもと遊んどる暇はないわい!」


 血走ったような目で、いきなりこんな風に怒鳴られる俺。

 しかもヴァルカンさんは顔と言わず身体中から湯気が立つくらい大汗をかいている。


 (いきなりだなー。でも‥たしかになんか忙しそうだな。

 これはあれだ。グレンさんのときと同じパターンだな。弟子がいない時に限って忙しいってやつ‥)


 「え〜っとヴァルカンさん、俺冒険者ギルドのグレンフライさんに紹介されてやってきました」


 「何ー!グレンの奴からか?」


 「はい」


 「奴の紹介なら無碍にはできんな。ただ悪いな坊主。今本当に忙しくてお前の依頼を聞いてやる暇もないんだ。

 そうさなー、1週間後くらいにまた来てくれや。すまんな」


 「どうしたんですか?」


 「どうもこうもねーよ。どっかの反乱とかで鎮圧に騎士団を送るとかでな。それで騎士団長からの依頼で弟子2人とも刀鍛冶で取られちゃってな」


 (あーやっぱりグレンさんと同じパターンだわ、これ)


 「ヴァルカンさん、俺、土と金の生活魔法どちらも使えます。村の鍛冶屋さんは好きでよく見てます。俺でよかったら何か手伝います」


 「おぉ!本当か坊主?それは助かるな。じゃあ早速だが手伝ってくれ。中に入んな」


 「はい」



 ひょんなことからヴァルカンさんを手伝うことになった俺。

 チャンおじさんの鍛冶仕事をいつも見てたから何をするかある程度はわかる。

 うんまるで鍛冶屋さんの弟子だな俺。


 ちなみに。

 村でチャンおじさんにヴァルカンさんのところで手伝ってるって話をしたら手にした鉦叩きを落とさんばかりにして驚いていた。


 「アレク君、武器屋のヴァルカンって言えば俺たち鍛冶屋の仲間内では神様みたいな存在だぞ!」


 「へぇーそうなの!?」


 (どう見てもただのビア樽みたいなおっさんだけど)




 ▼




 学校の帰りの3時間ほどを鍛冶屋の下働きみたいなことを続けてしばらく後。

 ようやくこれまで全く先の見えなかったヴァルカンさんの納期にも見通しがついたみたいだ。


 「アレク、お前が最初に持ってきたお前のナイフな、あれもうやめとけ。芯にもガタがきちまってるからな。新しいやつにしとけ。後でこん中から選んどけ。安くしといてやる」


 「ありがとうございますヴァルカンさん」


 「それとお前、刀は持たんのか?」


 「欲しいんですけどねー。でもお金もないし、まだ木刀しか無いんですよ」


 「そうか。ちょっとそこの刀を振ってみろ」


 無造作にいくつも置いてある刀を指差してヴァルカンさんが言う。


 俺は慣れ親しんだ両手剣を手にして振ってみせる。普段師匠の前で訓練をしているように。


 「ふん、綺麗な太刀筋じゃ。誰から習っとる?」


 「村のディル神父様が俺の師匠です」


 「ほぉディルか。また懐かしい名前じゃわい。あいつは今デニーホッパー村なんじゃ」


 「はい。俺の村の神父様です」


 「そうかそうか。それでその太刀筋なんじゃな。納得したわい」


 (えっ?素振りしただけでわかんの?すげぇなぁ〜)


 「よしこれも何かの縁じゃ。いずれ刀は要るしな。

 じゃがお前は金も無い農民の倅じゃろ」


 「はい」


 「アレク、おまえが持つ刀だ。自分で打ってみろ」


 「材料は安く売ってやる。あとはおまえが自分でやれ」


 「え〜っと‥それって」


 「打つのか、打たんのか!ハッキリしろ!」


 「はい!打ちます。

 ヴァルカンさん‥ありがとうございます!」


 はい、ツンデレのドワーフいただきました。



 ▼



 一流の刀鍛冶は刀を遣わせても一流だ。依頼主(遣い手)の技量、太刀筋がわからなければ依頼主に合った良い刀は打てないからだ。


 こうして俺は一流の刀鍛冶職人ヴァルカンさんに教えを乞うことになった。

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