028 契機

 両親が用事で教会に行った。

 俺は転生前の記憶はあるが、身体に何のチートも特典もないことを自覚している、ただの4歳児である。


 朝からスザンヌの馬役になったり、ままごと遊びにつき合わされたりして2人で過ごしていた。

 この日も朝から俺にべったりだったスザンヌがやっと静かにお昼寝をした。

 そんなスザンヌに釣られてか、いつのまにか俺も寝ていた。



 ▼



 「うわーん、お兄ちゃん!助けてー!」


 突然、庭からスザンヌの泣き叫ぶ悲鳴が聞こえた。

 俺が寝ているうちに外へ出たのか。

 野犬?まさか魔獣が入りこんだのか?

 咄嗟に台所の包丁を掴んで外に飛び出す。

 と、家の先で赤い目の一角うさぎが妹を睨んでいた。


 ◎ 一角うさぎ

 頭部に一本の角が生えた小型犬くらいの魔獣。主に草原などに生息。

 魔獣の中では最弱の存在。頭部の角を突き立てて攻撃してくる。幼い子どもや高齢者には生命を落とす者が何人もいる。子どもにとっては危険な存在である。肉は美味。


 今にもスザンヌに飛びかかりそうな一角うさぎ。後ずさる妹のスザンヌ。

 ヤバい!

 一角うさぎが妹めがけて走り出した瞬間。


 「スザンヌ!」


 ダッ!


 俺はその瞬間に走り出した。

 踏み込む地面はまるでトランポリンだ。トランポリンで跳ねるときのように弾力を足裏に跳ね返した。


 家から刹那の移動。

 運良く構えた包丁が角うさぎの胸に突き刺さる。


 グサッ!


 包丁の先が一角うさぎの胸部に刺さった。


 キュー‥


 一角うさぎはほぼ即死だった。


 「うわーん、お兄ちゃん怖かったー」

 「大丈夫だ、お兄ちゃんがついている。大丈夫だ、大丈夫だ」


 ガタガタと震えるスザンヌを抱きしめながら、大丈夫だ、大丈夫だと何度も何度も繰り返す俺。

 大丈夫だと俺自身にも言い聞かせるように繰り返した。

 一角うさぎの返り血を浴びた俺は、手の震えとカタカタと鳴り続ける歯の震えがいつまでも止まらなかった。


 「「アレク!スザンヌ!」」


 ちょうど帰宅した両親が駆けつける。


 「うわーん怖かったよー。お兄ちゃんが助けてくれたよ」

 「アレクよくやった!よく倒せたな!」

 「アレクちゃん、偉いわ!魔獣相手に妹を守ったのね!」


 両親の姿に安心したスザンヌの涙はしばらく止まらなかった。


 父さんが解体した一角うさぎの胸部からは、飴玉サイズの小さな魔石が出てきた。ヒビが入っていることから、たまたま俺が刺した胸の部分が魔石だったんだろう。

 ヒビが入った魔石に利用価値はないらしい。



 ▼



 「うまーい」

 「おいしいねー」


 この日の夜。

 食卓には一角うさぎの柔らかい肉を焼いたものが上がった。

 塩で炙っただけのものだが、柔らかくてとても美味しい肉だった。


 想定外のご馳走に家族みんなが笑顔になったのは嬉しい誤算だった。

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