燦珠、青い眼差しに会う①
第二部で挟む余裕がなかったのですが、「霜烈の側仕えは、西域から献上された銀髪青眼の少年宦官。なぜなら、外国出身だと栄和国の歴史を知らず、身バレしづらそうだから&西域に嫁いだ桂霄を偲んだから」という設定がずっと頭の中にあったので今出しました。
第二部開始前、霜烈が
* * *
といっても、絹や茶といった品々を実際に運ぶのは
燦珠としても、お祝いを述べる機会は何度あっても良いと思ったし、霜烈の新しい住まいを訪ねておきたくもあったので願ってもない配慮だった。
(だって、何かの時に行かなきゃいけないこともあるかもだし)
うっかり目を離したらどこかへ行ってしまうんじゃないか、という心配はもうしないけれど、
(太監ともなると、後宮の殿舎に住んで良いんだって……!)
皇帝に特に重用された宦官は、皇宮の外に壮麗な邸宅を賜ることもあるのだとか。今上の皇帝の、霜烈への配慮のほどを見ていると、彼もいずれ同じ名誉に浴することも十分あり得るかもしれない。
でも、さしあたっての彼の住まいは後宮の奥まった殿舎の一角だった。
後宮に寝起きするようになって数か月、秘華園のほかに知る場所はまだ多くないし、
知らない人たちの生活の場を訪ねるのは、よその
そうして燦珠が訪ねたその殿舎は、確かに見ごたえのある装飾がほどこされていた。歴代の主人の趣味を反映したのか、
けれど、何よりも彼女を出迎えた年若い宦官に、燦珠の目は釘付けになった。
「
「……はい。我が主は、
殿舎の外門を入ったところの中庭、
纏う黒衣は、最初に会った時の霜烈の出で立ちと似ている。動きやすく汚れが目立たぬように、という意図なのだと後から知った。後宮にいれば、黒衣の宦官が立ち働くのをあちこちで目にするものだ。
でも、目の前の少年──青年ですらない、燦珠とそう変わらない年ごろと見えた──を見たことはないはずだ。一度でも視界に入っていれば、忘れられるはずがない。
結って冠に纏めた髪は、新雪のような銀色。とはいえ老いて色褪せたのではなく、艶やかさといいしなやかさといい、生まれつきの色だということが見て取れる。
そして、燦珠を見つめる目の色は、青。よく晴れた空のような、澄んだ水のような。たまに茶や褐色を帯びた濃淡があるとはいえ、ほとんどすべての民が一様に黒い髪と目を持つ栄和の国においてはあり得ない組み合わせだ。
(異国の人も宦官になるんだ……!)
「
「師父? 楊太監のことですか? 今は、いないんですね? 会いたかったので、残念です」
銀髪の少年宦官の発音は、ところどころ耳慣れない
(こちらの言葉に慣れていないのかな? ゆっくりのほうが良いかな?)
客席の端の端にまで
その甲斐はあったのかどうか、銀髪の少年の白い頬が苦笑を浮かべた。
「どなたも師父と会いタイと言われます。が、キリがないノデ」
「ああ……」
地上に似つかわしくない、月や星を思わせる美貌の主というのは本当なのか、と。主に問われた
だから──少年ははっきりとは言わなかったけれど、霜烈は居留守を決め込んでいるのかもしれない。いちいち対応するのが面倒なくらい、祝いの品を届けるのを口実に、噂の美貌を確かめようという者が多いのだろう。
「ひとりだけ特別扱い、はできないってことですね?」
燦珠の推理は間違っていなかったようで、少年はほっとしたように頷いた。
「ハい。ご理解アリがとうございマす」
「いいえ! じゃあ、楊太監によろしくお伝えくださいね」
もしかしたら、食い下がって会おうとする者も多いのかもしれない。それで、言葉に慣れていないこの少年にとっては断るのが重荷なのかも。そうだとしたら気の毒だと思ったから、燦珠はあっさりと踵を返した。
(別に今日会えなくても良いしね)
燦珠の務めは果たしたわけだし。霜烈には、どのみち近いうちに秘華園なりで会うだろう、と。
けれど、
「──
いつ聞いても場の空気を清めるような美しい声に振り向くと、果たして、霜烈が殿舎の奥に繋がる
(居留守だったんじゃないの?)
昼の明るさをいっそう眩しくする、綺麗な姿を見ることができたのは嬉しいけれど。そして、燦珠は言いふらしたりはしないけれど。
いないということになった人があっさり顔を覗かせるのは大丈夫なのだろうか。
「師父! ハい。
燦珠の目に宿ったであろう懸念と、少年宦官の不思議そうな声に、霜烈は端的に答えた。
「燦珠の声はよく通るから分かった。少し話すから──茶の淹れ方の復習をしなさい」
「ハい!
銀髪の少年宦官は、さっさと門の中に戻っていった霜烈へ恭しく
どうやら彼の名は夏銀というらしい、ということしか分からないまま、燦珠は殿舎の奥へと招き入れられた。
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