夜が明けたら

セツナ

「夜が明けたら」

「雨の日の夜の運転って本当怖いですよね、嫌になりますよね~」

「そんなあなたに、こちらの商品!」

「『朝』です」


 何となくボーっと、テレビを眺めていた僕は、唐突に流れてきたテレビショッピングの番組で一気に目を覚ました。


 僕たちの世界は、長い事『夜』が続いていた。


 それは、ある日の夜を境にいきなり始まった長い長い『夜』だ。

 『明けない夜なんてない』なんて、言葉が昔はあったが、それももう随分前に使われなくなった。

 実際に終わらない物を知ってしまうと、人間は酷く心が疲れてくるようで、街の人々からは次第に笑顔が消えていた。


 僕の最愛の人もそうだ。

 知り合って恋人になって、そろそろプロポーズをしたいと考えだした頃に、この『夜』が始まった。

 デートの時にはよく車を走らせたものだが、暗い道路を走らせるのは気疲れもあり、何より彼女の心が酷く疲弊していてそれどころではなくなった。

 だから『朝』と言う言葉を聞いた時、僕は気付いたら番組に表示されている電話番号を入力してた。

 その『朝』がどんなものか、なんて説明を聞いてなどいなかった。もしかしたら効果もない健康器具かもしれない。それでも僕は藁にもすがる思いで電話をかけていた。値段は予想より大分高かったが、彼女へのプロポーズのために貯めていた金額で何とか、まかなえそうだった。

 電話口のオペレーターによると、商品は3日後に届くらしい。その日は、奇遇にも恋人の誕生日だった。

 僕は電話を切ってすぐ、彼女と会う約束を取り付けた。


***


 3日後。恋人を家に呼び、僕は彼女に用意できるだけの美味しい食事を振る舞った。

 しかし、彼女の表情は変わらず暗いままだった。

 『朝』が届くという時間まで、二人で映画を見ながら過ごした。

 もうそろそろだろうか、と僕が時計をチラチラと見ていると、彼女が窓の外を指さした。


「見て」


 短い言葉。しかしその言葉には、久しぶりに聞く彼女の嬉しさがにじんでいた。

 彼女の指先に導かれ、僕が窓の外に視線を向けると、そこには、『夜空』に指す1本の光の筋があった。

 その筋は、はがれるように範囲を広げていった。

 そこには数年ぶりに見る、太陽が輝いていた。

 そして、光の刺した場所から数万匹の蝶のような生き物が、ふわふわと優雅に舞っていたのだった。


 口を開けたまま、気付いたら彼女が僕の手を強く握りしめていた。

 開けた窓から一枚の紙が入り込んでくる。


『ご注文の品をお届けいたしました』


 それを見て、彼女は僕に向き直った。その眼には涙が浮かんでいた。


「これは、あなたのおかげなの?」


 僕は「多分……」と自信なさげに頷いた。そして、現実感が欠如したまま、彼女の涙を指で拭った。


「僕は君と一生共に居たい。『明けない夜』だって、ずっと隣で生きていくよ」


 だから、とその後の言葉を続けると、彼女は浮かべた涙をボロボロとこぼしながら、何度も頷いた。

 いつの間にか映画の消えたテレビ画面からは、いつか聞いた女性の声が聞こえてきた。



「『夜』を生む昆虫・ニグルの大量発生でお困りですか?こちらの商品『アサ』はニグルを主食とする生き物」

「長く続く雨の夜にはサヨナラしましょう」

「『アサ』は夜に淡く光る生き物としても有名です」

「夜のドライブの素敵なお供にもなるでしょう」


「それでは皆様、よい週末をお過ごしください」

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夜が明けたら セツナ @setuna30

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