第33話 花の魔女、氷の騎士と語り合う

 目覚めると、久しぶりに魔力が満ちていた。

 日差しが明るい。朝かな…。

 薬湯が効いたんだろうか。寒気もなく、熱も引いてそう。

 暖かいお布団…。でもちょっと狭い。


 って?

 …って?

 ………って?

 ベッドに、誰かいる!

 私、誰かの服を掴んでる。

 …エプロン?

 私、夜中に侍女さんを無理矢理添い寝させた???

 侍女さんは、枕でも抱くかのように私の背中に手を回してる。

 そっと起き上がろうとすると、ぎゅっと抱きしめる力が増した。

 痛いほどの力。…こんな風に抱きしめられたの、初めてじゃない。

 知ってる、この感じ。しっかりとした腕、大きくて少し硬い手。厚みのある体。

 恐る恐る顔を見てみる。すぐ近くにある顔を。隣で眠る人の顔は…、見えない。

 このうざったい前髪…。熟睡してる?

 徐々に緩まってきた腕から、自分の腕をそっと抜き出し、わかっている答えを確かめるため、そっとその人の前髪をかき分けた。


 やっぱり、アイセル君だ。

 何で…、何で侍女さんの格好してるの?

 ずっとこの格好でそばにいてくれた?

 何で? 草原の集落に永住するんじゃなかったの?

 もう戻ってこないって、草原の花の魔女と幸せに暮らしているはずなのに…


 ゆっくりと開いた目が私を映して、柔らかな笑みを見せた。

「おはよう。熱、下がったんだ」

 聞き慣れた声に、こくりと頷く。

 背中にあった手が私の額に触れ、そのまま自分と私の前髪をたくし上げると、額と額をぴったりとくっつけてきた。

 か、顔、近っ、!!

「大丈夫だね。よかった」

 わ、私は、以前、こんなことをアイセル君に、まださほど親しくもなかったアイセル君にしてたんだ。何にも考えずにやってたよ。うわあ、これは熱がぶり返す。

 硬直していたところを額に口づけされ、ベッドから起き出したアイセル君は、

「もう、ご飯も食べられるね。一緒に食べよう」

 そう言うと、結構似合う侍女の服のしわをひと撫でして軽く整え、前髪で顔を隠して部屋から出て行った。


 家の中で隠密魔法を使ってる?

 と言うことは、昨日も、この部屋にいたのは、アイセル君?

 寝る時に、トントンってしてくれたのも?

 水が欲しいって言って、お水を取ってくれたのも?

 氷を…くれたのも?

 今魔力が満ちてるのは、昨日氷の花をもらったせい?

 あれは夢じゃなくて…。

 私…、氷を…、氷の花を、おねだりしなかったっけ?


 きゃーーーーーーーっっ!!


 悲鳴は何とか心の中だけに抑え込んで、声は出さなかったけれど、駄目だ。私、なんてことをしてしまったんだ。

 ちゅっ、ってされて、更にねだって、ぎゅっ、ってしてもらって、そのまま添い寝して、…!!!

 今更、婚約破棄した相手に何てことを!!

 ご、ごはん、一緒に、朝ごはん??

 おなか、すいてる? わかんない。

 …もう逃げたい。敵前逃亡したい。

 でもちゃんと戦わなきゃ。何があったのか、どうして草原の集落を出たのか、草原の花の魔女とはどうなってるのか、ちゃんと聞かなきゃ。


 しばらくすると、アイセル君がワゴンを押して入ってきた。

 熱もないし、魔力もそこそこたまって元気になってるから、ソファに座って向かい合ってご飯を食べることにした。

 パンと、ミルクと、…ベーコンやたまごはまだ食指が伸びず、アイセル君だけ。

 久々に一緒にご飯。…侍女さんの格好で、前髪が長いのが気になるけど、それも懐かしい。最初の旅の時みたい。

「…いつ、ノストリアに?」

「三日前かな」

 三日前。私が北の要塞に行ってた時、かな。

「着いたら君は要塞に治癒の手助けに行ったって聞いた。すぐに追いかけるつもりだったんだけど、おじいさまにつかまって、事情を聞かれて…」

 まあ、そうだよね。行方不明になって、もう戻らない表明、婚約者に逃げられて…、というか、おじいさまと一緒にここに来たんだけど。おじいさまもアイセル君自身から事情を聞かない訳にいかないよね。

「北の砦の方で強い魔力を感じで、事情を探りに行ったら君が魔物に連れ去られたと聞いて、すぐに探しに行ったんだ」

 アイセル君が、来てくれた? おばあさまの使いって、アイセル君だったの?

「要塞の下の森に…、助けに来て、くれた?」

「うん。なかなか見つからないと思ったら、木の上にいたんだね。君を探す時は、びっくりすることばかりだ」

 あのガラスのような透き通る魔力は、氷の魔法…。

 私を背負って、ここまで運んでくれたんだ。

 わかっていたはずなのに。そんなはずないって思い込もうとしてた。

「面倒かけて、ごめんなさい」

「いや、相変わらずだけど、…無事で良かった」

「…うん。ありがとう」

 ただひたすら気まずく、話が弾まない。

 …聞かなきゃ。どうしてここにいるのか。草原の集落はどうしたのか。

 そう思えば思うほど、聞くきっかけが掴めない。


 あの時もそうだ。草原の花の魔女と口づけしたのを見て、もう結末がわかってしまって、辛くて、話すのをやめて逃げてしまった。ちゃんと本人から話を聞こうと決意して草原の集落まで行っておきながら、アイセル君からは何も聞かないまま…。


 手元のカップをじっと見ながら、次に発する言葉をああでもない、こうでもない、と考えていたら、小さな溜息の後、前髪を掻き上げてアイセル君がこっちを見た。前髪が短くなってる。隠密魔法を解いたのかな。

「僕に何があったか全部話す。だから、最後までちゃんと聞いて欲しい」

 いつものように、真っ直ぐ私を見る目。

 こくり、と頷いて、言葉を待つことにした。

 話し始めるのに、少しだけ間があった。そして小さな決意の頷きの後、ゆっくりと口を開いた。

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