第2話 始めての死に戻り
「うっ」
まるで深海から急激に浮上するような気持ち悪さを覚えて、私は意識を取り戻した。
「どこだここは」
辺りを見渡すとそこは海岸だった。
寄せては返す波が私を濡らしている。自分の体を確認してみる。半透明ではないようだ。手術着では無く白い綿のシャツと動きやすいチノパン姿だ。背中には見覚えのないバッグを背負っていた。
ここから眺めることができる浜辺は広くなく、砂浜が途切れた部分からは境界線のように原始時代のようなシダ植物が生い茂っていた。
舗装された道路や手入れされた港など文明の息吹は感じられない。とても日本の風景とは思えない。
確か私は手術が失敗して、死んだはずでは……。
「なんだこれ?」
首に違和感を感じて触ると、左のアゴの下になにか硬い金属の様なものが埋め込まれているようだ。海に自分の顔を映して見ると何かクリスタルのような物が突き出ていた。手術で傷を塞いだ器具か何かだろうか?
「とにかく移動しないと」
ここが死後の世界であれ、死にゆく脳が見せた走馬灯であれ、自意識が有るのならなにか行動しなければならない。
人は最後まで選択をし続けなければならない生き物だから。
私は砂浜が途切れるところまで来ると、そこから森の外縁に沿って歩き、高木が途切れて背の低い草のみが密集している箇所を発見するとそこから内陸部へと入っていった。
こういった原生林では小さな昆虫や蛇のような発見しづらい爬虫類が人間には脅威になるはずだが、不思議とそういった存在は一切見る事はなかった。
「これは」
まだ森は続いているが、巨大な岩の塊の様な丘に行き当たった。丘の上には長い期間の間に土が堆積したのか植物が生えている。
その岩塊の麓から中腹にかけて緑縞瑪瑙の柱が埋まっている。
神殿の様なそれは倒壊した遺跡というよりどこからか転移して来たものが融合したようだ。
私はガッガッとその柱を殴ってみた。柱から鱗粉のようなものが飛び散り、私の拳に吸い込まれる。
「……なんで私は殴った?」
いや、何故かそうしなければならない気がしたのだ。
その時だった。
"ザッ、ザッ、ザッ!!"
突然、大型動物の重い足音が背後から迫って来たかと思うと、背中から引き倒された。
「グギャアアアアアアアアアア!!」
「うああああああああ」
私はそいつに前足で地面に固定され、逃げられない。
視界いっぱいに猛禽類に似た巨大な爬虫類の顔が広がる。
「うあっうやあああああああああああっ」
顔の半分を占めている鋭い牙の列がギラリと光る。ぼたぼたと涎が私の顔にかかった。
全高は2メートルほど、前傾姿勢のため全長はぱっと見ただけではわからない。
その爬虫類は一旦、クンクンと私の匂いをかぐと、あんぐりと口を開けて私の頭部に噛み付いた。
ゴリゴリという嫌な音とともに刺すような激しい痛みが襲ってきて私は意識を手放した。
【あなたはガーストLV 25に殺害されました。】
脳内でそんな女性の声が聞こえた気がした。まるでアナウンスの様だ。
「はっ?」
私は意識を取り戻すと最初の海岸に戻ってきていた。いや、微妙に場所がずれているようだ。
海岸端の森が途切れている箇所が、最初に意識を取り戻したところから見た方角とは反対方向になっている。
「今のは夢?でもさっきの女性の声は……だれかいるのか」
周りを見渡すが、人がいる気配はない。
「夢にしてはリアルだったけれど……それに結局同じ場所にいるような」
とりあえず今体験したことが夢だったのかどうか確かめるために私は歩き出した。
さっきと同じ道をたどり、見た景色が同じだということを確認した。
「夢じゃなかったのか」
そして私が先程死んだ場所まで戻ってきた。
「これは……どういうことだ?」
そこには巨大な血溜まりと胸のところまで食いちぎられた死体があった。頭部は無くなっていたが体格と最後に噛みつかれた箇所から自分自身だということは確信できた。
「時間が巻き戻っているわけではないのか?新しい体でスタート地点に戻されてる?」
自分の死体に触れると突然、背中のバッグがパカリと自動的に開く。そして中から緑色の鱗粉、先程緑縞瑪瑙を殴った時に出たものだろう、それが私の拳に吸い込まれていった。また、死体は粒子のように崩れさって生きている方のバッグの中へと入っていく。
気になってバッグを開けてみると中にはステーキの様に整形された肉が何枚も入っていた。
「これは、俺の死体の肉ってことなのか?」
その時だ。
”ザッ、ザッ、ザッ”
「グギャアアアアアアアアアア!!」
岩塊の影から、先程の大型爬虫類が飛び出して来た。先程は背中から不意を突かれて全身を視界に収めることがなかったが、今回は正面から向かってくるため、その姿をしっかりと目に焼き付けることができた。
鋭い爪を持ったそれは、どう見ても中型の恐竜にしか見えなかった。昔の恐竜映画に出てきたやつで見覚えがあった、ヴェロキ・ラプトルにそっくりだった。
一直線にこちらに向かってきたそれは私の前方3メートル程の距離で大きく跳躍すると、そのナイフの様な前足の爪を私に振り下ろした。
【あなたはガーストLV 25に殺害されました。】
「うっ」
意識を取り戻すとまた、海岸にいた。
「死ぬ都度に再誕(リスポーン)しているのか……」
それにガースト?さっきのはどう見てもヴェロキ・ラプトルだろう。いや、ガーストという名前にはどこかで聞き覚えが有る。
「確かめるためにもう一度行ってみるか」
【あなたはガーストLV 25に殺害されました。】
今度は内臓を食いちぎられた。どうも奴は俺の死体を餌に待ち伏せしているようだ。
「うっぐ。おええええええ」
死の痛みは非常に辛い。三度めにもなると精神にもダメージがあるのか、意識を取り戻した途端、吐いた。
胃袋には何も入っていないので吐き出したのは胃液のみだけれど。
でも、おかげで思い出した。あのバッグからアイテムを引き継ぐ演出。それに前回の自分が肉になってしまう事。それに恐竜をそのままの名前では無くガーストと別の名前が付けられていること、更にあの死亡時のナレーション。
「まさかここはセカンダリー・カダスの世界なのか?」
セカンダリー・カダス―――――――。
二〇一五年に発売されたサバイバルゲームで、パソコン及びコンシューマーゲーム機でもプレイできた。凶悪な怪物たちが跋扈する世界をプレイヤーたちは資源を集めたり、クラフトをしたりして文明を発展させて生き抜いて行く。
モンスター達は先程のガーストのような恐竜そのままの姿もあれば、オリジナルの物もいた。
スタンドアローンでのプレイの他、複数ある公式のサーバーに接続すれば数十人単位で同じ世界で遊ぶことができた。また、サーバープログラムが配布されているため、個人でサーバーを運用して友人同士でマルチプレイをすることもできた。
私も子供の頃、夢中になって遊んだものだった。しかし、受験や就職を経てゲームからは遠ざかっていた。だからすぐに思い出すことができなかった。
「――――――ちゃん―――――――、綺麗な景色だね――――――」
「うっ」
セカンダリー・カダスと聞いてあの子とプレイした画面が一瞬脳裏をよぎる。
私は郷愁と痛みを伴う記憶を頭を振って追い払うと、今この状況に意識を向ける。
「セカンダリー・カダスはこんな本物と見間違うようなグラフィックを実現してなかった。それにここは臭いもある。」
最新のゲームハードウェアはかなり美麗なグラフィックにはなっていたが、流石に現実と混同するような空気感を出すレベルではなかった。それに私の知る限り最新のゲームでも嗅覚に働きかけるようなシステムはなかったはずだ。
「もしかして、手術の失敗で植物状態になった私の脳をオンラインゲームに繋いだとかそういうことなのか?」
いや、麻酔で眠る直前の記憶ではそんなSFみたいな事を実現する技術はどこにもなかったはずだ。
それに、それから時から時間が経っているとしても、十数年でそんなことができるようになるとは思えない。また、私が脳に深刻な損傷を受けていたとしたらそんな物が開発されるような期間、生命維持ができているとも思えない。
そもそもゲームに繋げる意味がない。繋げるなら先にカメラとかマイクとか現実とやり取りができるインターフェースが先だろう。
「ならばセカンダリー・カダスとそっくりな異世界ということなのか?」
ここに来る前に見た光景。大気圏上層にある巨大な円、あれが空間に空いた穴だとするとそう考えるしかない。
今、認識している事象が死にゆく脳の走馬灯という可能性は捨てきれないが、もしそうならばどのみち助からない。悩むだけ仕方がない。
とにかく状況を変えなければ仕方がない。何度も死に戻りを繰り返すのは地獄だ。安定して生活をできるようにしたい。
ガーストをどうにかしなければ。もう一度先程の場所に行くしかない。
【あなたはガーストLV 25に殺害されました。】
「くっそ!!いい加減にしやがれよあいつ」
また海岸で目を覚ました私は、そう毒づいた。
ガーストを避けて移動すれば良いと普通はそう考えがちだが、ここがセカンダリー・カダスの世界だと考えるとそううまくは行かない。ガーストはかなり広範囲を周回しているので、目先の危険を回避してもいずれ不意を突かれて襲われる。
ここで立ち向かう方が長い距離を移動した後で遭遇するよりはまし、というレベル。かなりハードなゲームなのだ。ゲームでは無くそれに近い異世界だけれど。
人の身で真正面から戦えば、勝ち目がない。しかし、ゲームのシステムが再現されていると言うならば対処する方法はある。
しかもガーストは、初心者キラーではあるがセカンダリー・カダスでは弱い方の怪物だ。ここで逃げていてはどのみち詰む。
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