第35話-2 【マックス視点】

エルザは、俺達の許可を取るとリリィさんに丁寧に自分の特殊能力を説明した。怖いのだろう。エルザは微かに震えている。そっと手を握ると、嬉しそうに微笑んだ。


俺を頼ってくれてるのが嬉しい。


今までも、頼っては貰えてたと思う。けど、エルザは自分でなんとかしないといけないと思う気持ちが強い。俺に頼み事をする時も、どこか遠慮があった。


けど、昨日気持ちを確かめ合ってからは見えない壁がなくなってきた気がする。


リリィさんはエルザを責めたりしなかった。むしろエルザを気遣ってくれた。失礼だと分かっていたが、お願いして魔力を測らせて欲しいと頼むと笑顔で受け入れてくれた。


リリィさんの魔力は、エルザの特殊能力を聞いても変わらず高いままだった。エルザは、すげぇ嬉しそうに笑った。これで、エルザの特殊能力を知っていてもエルザを大事だと思ってくれてる人が増えた。本当に、彼女を助けられて良かった。


間に合って、良かった。


エルザからリストを貰ってすぐにジェラールと協力して全員の調査をした。リリィさんはジェラールが間違いなく良い人だと言うから真っ先に調べたけど行方が分からなかった。


勘当されたと分かり、慌ててジェラールと二人で探しまくった。使える限りの魔法を駆使して、なんとか見つけた彼女は国境の森でぶっ倒れていた。


助けた後はジェラールに任せたが、いつの間にか貴族の養子にしていた。王太子の行動力、やべえ。


エルザがジェラールの国で貴族になれば、伯爵家の養女になったリリィさんと会う事もあっただろう。けど、エルザは俺の手を取ってくれた。このままじゃ貴族のリリィさんと会う機会はない。そう思ってジェラールに頼んで会う機会を作って貰った。


リリィさん以外にもエルザの事を心配してる人は居たし、そんな人達はジェラールの説得で魔力を計らせて貰うと魔力が上がっていた。ジェラールは凄くて、魔力が下がったり上がったりして不思議がる人達をうまく誤魔化してくれた。みんな良い人だったけど、エルザの特殊能力を話しても大丈夫だろうと思えたのはリリィさんだけだった。


他の人は勘当なんてされてねぇし、元気にしてるから説明しねぇ方が良いだろう。エルザ達に経緯を説明して、魔力が上がったままの人も居ると説明するとエルザはとても喜んだ。


リリィさんの魔力が下がったのは自分のせいだと言うエルザに、違うとリリィさんは言い切った。魔力が上がっているのだから、エルザ様はわたくしを好きでしょう! そう言い切り、俺達を驚かせた。


リリィさんや、エルザ、ジェラールの話を照らし合わせると、魔力検査の後少しずつリリィさん達の魔力が下がったんだと思う。けどそれは、エルザがリリィさん達に嫌われたからでも、エルザがリリィさん達を嫌ったからでもない。仲良く話すエルザとリリィさんを見れば、嫌ってないのは明らかだった。


俺は必死で頭を働かせ、理由を考えた。


師匠が残してくれた資料は全部覚えてる。けど、魔力が下がった人が再び上がったなんて記述はひとつもなかった。下がったヤツは下がりっぱなしだ。エルザの特殊能力は、師匠と同じ。


リリィさん達の魔力が下がったのも上がったのもエルザの特殊能力が影響してる筈だ。


だから俺は、エルザと師匠の違いを徹底的に考えた。そして、ようやく気が付いたんだ。


師匠は、気が強くて一度嫌った人を再び好きになる事は絶対にない。悪意を向けられればどんなに好きでも即相手に興味がなくなる。どれだけ相手が好意を向けても、必ず好意を向けてくれるとは限らない。


けど、エルザは違う。


エルザは自分から人を嫌う事はない。ジェラールがエルザを訪ねて来たあの日、みんな大嫌いだと叫んだエルザの心は私を嫌わないでと叫んでいた。エルザ自身すら気が付かない本音を、魔法は暴き出してしまう。


エルザに問いかけると、真っ赤な顔で認めた。気が付いていなかったけど、その通りだと言った。エルザは魔力検査に居合わせた人達を信じられなくなったのだろう。例外は、ジェラールだけ。けど、俺の話を聞いて違うかもしれないと思い直した。だから魔力が戻ったんだ。


師匠とエルザの特殊能力は心を読む魔法と関連があると思う。あの魔法は、心を読んで相手の本質が分かり、この人は信じられる。そう思うと温かな気持ちになり幸福感が増す。エルザとジェラールの心を読むとすげぇ温かくて幸せな気持ちになった。その時、一瞬だけ身体中に魔力が溢れた。あの時感じた幸福感が、魔力を上げる鍵なのだろう。


師匠は好き嫌いがハッキリしている。好きな人間しか、信じない。


エルザは、大抵の人間に対して好意的だが、信頼する人は少ない。


好意だけじゃなく、ある程度相手を信頼しないと特殊能力は発動しない。心を読む魔法の事は言わずに、俺の仮説を伝えるとみんな納得してくれた。エルザは、みんなを信じられなくなったけど俺からリストを渡されて自分の考えは間違っていたのではないかと思うようになったと言ってた。魔力が増減したタイミングと一致する。


つまり、一度下がった魔力もエルザの信頼を取り戻せれば上がるって事だ。もちろん、相手がリリィさんみたいにちゃんとしてる場合だけだがな。


シモン様の魔力は高かった。シモン様はエルザを好いていたし、信頼してもいたのだろう。


だから図書館で彼を見た時、思わず逃げちまった。エルザに害がないように、騒いで警備員に止められねぇように魔法を使い、こっそり見ていた。エルザがもしシモン様を選ぶなら、全力でなんとかしよう。そう思っていた。けど、エルザはシモン様の事なんて、全く気にしていなかった。


涙目で俺の事を追いかけて来た。俺の顔を見て喜んでるエルザは可愛かった。心を読んでしまいたかったがなんとか我慢した。


身体を魔力で維持しているせいで、心を読む魔法を使うと無条件で周りに居るヤツらの心の声が全て聞こえてくる。図書館で使ったら、大勢の人の心を読んで、確実に俺は死ぬ。俺の身体じゃ、あの魔法の制御に時間がかかると知ったのはジェラールの本心を知りたくて初めて魔法を使った日だ。あの日はジェラールとエルザしかいなかったから良かったけど、ジェラールの本心を読もうとしたのにエルザの気持ちまで聞こえてきて焦った。魔法を止めるまでに30分もかかった。あ、この魔法は使えねぇわ。そう思った。落ち着いてから平静を装いエルザをテレーズ様の元に送り届け、ダッシュで隠れ家に帰った。帰った瞬間、身体が動かなくなった。


掌が透けて、身体が薄くなった。慌てて大事にしてた師匠の遺産を使って魔力を回復させた。一生使うつもりのなかった品だが、勿体無いとも思わなかった。


いつ死んでも良い。死んだら師匠に会えるかもしれねぇ。そう思っていたが、死にたくねぇ、生きたいと願って魔力回復薬を飲んだ。


そしたら、夢に師匠が出て来た。


昔と変わらない姿で、俺に笑いかけてくれた。いい男になったなと、褒めてくれた。だが、その後目を吊り上げて叱られた。遺産なんて燃やすなり使うなり売るなり勝手にしろ。あんなもん大事でもなんでもない。それより、さっさとエルザに告白しろと言い残して師匠は消えた。


ああ、やっぱ俺は師匠が好きだ。そう思った。けど、今はエルザの方が好きなんだと自覚した。だって、すぐにエルザの顔が浮かんだんだから。


エルザがジェラールを選ぶなら、俺はあの魔導書をジェラールに渡すつもりだった。ジェラールは王太子だ。エルザの特殊能力を隠し切るのは無理だろう。エルザを守るには、あの魔法が絶対に要る。貴族や王族なんて、一部を除いて嘘吐きばっかりなんだから。一部を除いて、と思えるようになったなんて俺も変わったなと思う。全部エルザのおかげだ。


ジェラールなら、魔法を使っても俺みたいに消える事はない。200年大事にしてた師匠の遺産を渡す準備はしてあった。


けど、エルザは俺を選んでくれた。


昨日エルザが気を失った後、俺は大事にしてた師匠の遺産を……この世にひとつしかない魔導書を、燃やした。


これで、心を読む魔法は使えなくなる。


使い切らずに魔導書を燃やしちまえば魔法を忘れるようになってる。便利な魔法だし、つい使っちまうかもしれねぇからな。エルザは、魔法を使わないで、俺に側に居て欲しいと泣いた。だから、万が一にでも使わないように、魔法を使えなくした。


いつ死んでも良いなんて二度と思わねぇ。エルザと一緒に、もっと生きるんだ。

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