第33話-2

「エルザ、疲れてんだろ。片付けは俺がする。少し寝ろ。不安なら、ここに居てやるから」


食事に手を付けず、黙っているわたくしをマックスが心配してくれます。マックスは、優しいです。とっても、優しいです……。だけど、それは仕事だから?


シモン様と会ったショックは思いの外大きく、わたくしの心を蝕んでいきました。普段は思いもしないようなネガティブな感情に、心も身体も支配されています。自分自身が真っ黒に塗り潰され、身体中を支配しているような気持ちです。


喋る元気もなくなったわたくしに、マックスは心配そうにおでこに手を当て熱を測り、なにか魔法を唱えました。暖かい魔法が、身体の疲労を癒してくれます。だけど、真っ黒な気持ちは変わりません。


「俺は帰った方が良いか?」


「……いや」


「なら、ここに居るから少し寝ろ。ちゃんと鍵かけろよ」


「嫌!」


どうしてしまったのでしょう。自分が分かりません。


「エルザ、今どんな気持ちだ?」


「分からない……!」


なんで、優しいの!

なんでよ! 仕事だから?!


ぐちゃぐちゃになった感情は、涙と共に表に出て行きます。自分が何を考えているのか、さっぱり分からなくなってしまいました。


マックスは混乱するわたくしを優しく抱きしめて覚悟を決めた顔で言いました。


「良いか。俺は魔法で心の中を覗ける。けど、すげぇ魔力を使うし、俺の身体は特殊だから、一回使うと30分は止められねぇ。その間、どんどん魔力を吸われていく。俺の身体はエルザやジェラールとは違う。魔力で身体を維持してるんだ。エルザが魔力を上げてくれてても、結構魔力を使う。だから心を覗く魔法を使ったら、俺は消えちまうかもしれねぇ。それでも、エルザの為なら魔法を使う。俺が消えたらジェラールを頼れ。いいな? 今から魔法を使うぞ」


マックスが……消える。

恐怖が襲います。わたくしは、泣きながら止めました。


「やめて!! そんな魔法要らない!! 使わないで!! マックスが消えるなんて嫌! お仕事でも良い! 側に居て!!!」


「仕事か。エルザは俺の事、どう思ってる?」


「大好き!」


するりと出た言葉は、わたくしの本心。口に出して、ようやく自覚しました。わたくしは、マックスが好きなのです。


「俺もエルザが好きだぜ。でなきゃ、仕事と称してこんなにエルザに関わらねぇよ」


「……それって」


マックスは、耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまいました。先程まで身体と心を支配していた真っ黒な気持ちは、どこかへ消え去ってしまいました。


「仕事って言えば、エルザは俺を頼ってくれると思ったんだよ。そりゃ、最初はエルザの本が目当てだった。けど、エルザを見てるとなんか胸があったかくなるんだよ。なんで公爵令嬢が笑顔でドブ攫いが出来るんだよ! 煙突掃除だって、クソ真面目にやりやがって! なんで……あんなに苦労して得た金で俺に飯を奢ったりするんだよ……! 俺は貴族が大嫌いだったのに……エルザは違う、テレーズ様は違う、ジェラールは違う……どんどん例外を見せやがって!! だから……仕事だって思えば……余計な事を考えないで済むって……! 俺はなぁ! とっくにエルザに堕とされてんだよ。エルザを、愛してるんだ」


「お仕事だからじゃ……ないの?」


「仕事でこんなに親身になるかよ! 自分が死ぬかもしれねぇのに、魔法を使おうとするかよ! エルザは鈍いんだよ! どんだけアプローチしても気がつかねぇし! ジェラールの気持ちにも気が付いてねぇだろ!」


「へ? ジェラール様の気持ちって?」


「ジェラールも、エルザが好きなんだよ。けど、エルザ……俺の方が好きだよな?」


凶悪な笑みを浮かべながら、迫って来るマックス。そんな姿を見ても、怖いとは思いません。むしろかっこよくて……ドキドキしてしまいます。


ジェラール様のお気持ちには、全く気が付いておりませんでした。マックスとどちらが好きかと問われると、迷わずマックスを選びます。


ジェラール様を好きだと思っている気持ちもあります。けど、それは友人に向ける好意です。シモン様に会ってハッキリ分かりました。


わたくしは今まで、本気で誰かを愛した事はなかったのでしょう。


お姉様から聞きました。旦那様に他の女性が近寄るとイライラすると。わたくしは、シモン様やジェラール様に他のご令嬢が近付いてもなんとも思いません。


だけど、マックスは。


マックスに女性が話しかけるだけで、なんだかモヤモヤしてしまうのです。街で人気の冒険者であるモーリスは、よく色んな女性に誘われています。最初は、マックスは凄く人気なんだなとしか思いませんでした。だけど最近は、とてもイライラするのです。マックスは毎回ちゃんと断っています。でも、嫌でした。だから、あまり街歩きをしなくなりました。なんだか分からないけど、苦しかったから。


嫉妬。


知識としてはあっても、感じた事のない感情。


きっとそれだったのです。


嫉妬するのは、マックスを愛しているから。ちゃんと、伝えないと。マックスが魔法に頼らなくて良い。そう思って貰えるようにしないと。


「はい。わたくしは、マックスが一番好きです。愛してますわ」


「……マジで言ってる? ジェラールじゃなくて、俺で良いのか? 俺は平民の冒険者だ。優雅な暮らしは出来ねぇぞ」


「そんな暮らし、興味ないわ。ドレスもアクセサリーも要らない。自分の生活費くらい自分で稼ぐわ。だからマックス……どこにも行かないで。ずっと一緒に居て」


「あのな、俺は欲深いんだ。ジェラールみてぇな善人じゃねぇ。愛した女性に好きと言われて諦める程良いヤツじゃねぇんだ。最後にもういっぺんだけ聞くぞ。ジェラールの事は好きじゃねえのか? ジェラールのとこに行くなら連れてってやる」


「ジェラール様も友人として好きよ。けど、愛してるのはマックスだけなの! それに、マックスは良い人よ! 悪い人でも構わない。貴方じゃないと、駄目なの」


「なら、もう離さねぇ。嫌って言っても、やっぱりジェラールが良いって言っても、一生逃してやんねぇぞ」


「望むところよ。一生、わたくしだけを見て」


何も言わずに乱暴に唇を奪われても、嬉しくて幸せです。愛してると呟くと、マックスは何度も強引に口付けをしてきました。息も絶え絶えになった頃、ようやく離してもらえました。


「悪りぃ、やり過ぎた」


「良いの……嬉しいわ……」


意地悪に微笑むマックスの顔が刺激的で、わたくしはそのまま気を失ってしまいました。

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