第32話-2

シモン様は更なる事情聴取が必要と判断され、連行されました。わたくしとマックスは、話は聞いたから帰って良いと解放されましたわ。


「君達に非はない。このままここで過ごすのも、帰るのも自由だ。帰るなら、今度また本を読みに来てくれ。だが、来る時はそちらのナイトを連れて来る方が良い。お嬢さんは、美しいから目立つ」


「まぁ、お上手ですわね。本日は帰らせて頂きますが、また来たいと思っておりますわ」


「いつでも連れて来てやるよ」


そう言って、マックスは優しく頭を撫でてくれました。


「ありがとう。わたくしは魔法が使えませんから、マックスと一緒でないと来られませんものね」


「なら安心だ。良かったね。魔法が使えなくて。魔法は便利だが、必要な者にしか使えない。貴女が魔法を使えないのは、ちゃんと理由があるんだと思う。私も魔法は使えない。使いたいとも思わない」


「魔力検査の日はショックでしたけど、今は魔法が使えなくて良かったと思います」


「そうか。それなら良かった。時折この図書館に悩んでいる若者が来るんだ。魔力無しだが、なんとか魔法を使いたいとね。散々調べて、不可能だと知ると絶望する若者も多いんだ。だけどエルザ様、貴女は違う」


「エルザは勘当されたその日に国を抜け出した。行動力のある、すげぇ人ですよ」


「素晴らしいな。絶望する若者も、ここで知識を得て新たな道を見つけていく。貴女は既に、道を見つけておられるようだ」


「はい。わたくしは、新たな道を見つけました。もう振り返る事は致しませんわ」


「良い顔だな。最後に君達に伝えておく事がある。あの王子様の罵詈雑言は聞くに耐えなかった。だから、あの王子様が話した内容を詳しく報告するつもりはない。罵詈雑言を元婚約者に浴びせた。自分の罪を暴露した。それだけを報告する」


「それって……」


「我々が報告しないのは、あくまでもあの王子様の発言だけだ。賢い君達なら分かるだろう? 沈黙は、金だぞ」


わたくしの特殊能力について口走ったシモン様の発言を、聞かなかった事にして下さるということでしょう。わたくしの特殊能力は珍しいそうですが、この図書館なら記録があってもおかしくありません。そして、図書館を心から愛している警備員の方々が知っていてもおかしくありませんわ。


「ありがとうございます」


「何のお礼か、分からんな」


全員、頷きました。聞かなかった事にするから、礼は要らないという事でしょう。


「これだけは言わせて下さい。わたくしは、ここに来て良かった。あなた方と出会えて、良かったですわ」


「いつでも連れて来てやるよ。だから、今日は帰ろうぜ」


「その方が良い。本を読むなら、元気な時に来てくれ。怖かっただろう?」


「怖かったけど、マックスが居てくれたので平気ですわ」


「そうか。それは良かった。頼もしいナイトだな。マックス殿はずいぶん魔力が高く、魔法の扱いに長けておられるようだ」


「……沈黙は、金っすよ」


一瞬だけ、空気がピリッとしました。だけど、警備員の方々は鷹揚に笑っておられます。


「頼もしいな。我々の仕事はここの警備だ。害虫は徹底的に駆除させて頂くが、それ以外の善良な利用者のプライベートに興味はない」


「害虫って……怖えっすね」


「本には虫が付くんだよ。ちゃんと駆除しないとね。さぁ、我々は仕事がある。後は自由に過ごしてくれ」


「色々と、ありがとうございました」


「ここは何人も拒まない知識の泉だ。害虫でないのなら、歓迎するよ」


何度もお礼を言い、マックスの転移魔法で家に帰りました。皆様とても優しい方々でしたわ。彼等は図書館を守る事だけを考えておられた。打算のない真っ直ぐな人々と出会いは心が洗われるようでした。


「さ、着いたぜ。今日は休むだろ? 俺は帰るよ」


「待って! せっかくだから、お昼を食べて行って」


「良いのか?」


「精神的には疲れたけど、身体はなんともないもの。ご飯を作るくらい出来るわ」


「前はパンを真っ黒にしてたのに、成長したよなぁ」


「もう! 今そんな事言わなくても良いじゃない!」


頬を膨らませながら、料理を作ります。分かってます。こんな軽口を言うのは、わたくしを和ませる為。


マックスは、ニコニコと笑いながらも周りを警戒してくれています。ハッキリわたくしが生きていると分かった今、シモン様がここに辿り着くのは時間の問題です。


今回の事で、わたくしを諦めて下されば良いですけど……きっと無理でしょう。


シモン様の罪が暴かれ、王位継承権を失えば諦めて下さるかもしれませんが、揉み消される可能性もゼロではありません。


だけど、大丈夫。


そう思えるのは、マックスが居てくれるからです。


「マックス、いつもありがとう」


頼もしいナイトだな。警備員の方のお言葉を思い出します。わたくしは、いつの間にかすっかりマックスを頼りにしていたようです。だけど、彼は。


「仕事だからな。気にすんな」


いつもマックスの言う言葉が、何故か悲しくて……心に突き刺さってしまいました。

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