第9話
「さて、今日も仕事をしましょう」
私がお金を稼ぐ手段は2つ。1つは翻訳の仕事。いろんな国の言語が出来る私にはぴったりです。もう1つは、魔法の本の写本です。マックスが写本を2つ作成してくれたので、1つを冒険者ギルドに貸し出し、写本をしたい人に貸し出すのです。本が借りられる度に手数料が受け取れます。魔法を教えて良い人かどうかは冒険者ギルドが判断してくれますし、私は本を貸しているだけで収入があります。
価格はかなり高額ですが人気があるそうです。冒険者が知っていてもおかしくない魔法だけをマックスが選んでくれました。貴族しか知らないような魔法は、本を貸すだけで私の正体がバレるので除外してあります。
まさか、私には全く役に立たない本がお金になるなんて思いませんでした。
そうそう、エルとなった私はマックスのお師匠様の娘という設定にして貰いました。マックスは幼い頃から魔法使いのお師匠様と2人きりで暮らしていたそうです。マックスはお師匠様の話をする時は楽しそうに話した後、少しだけ寂しそうな顔をします。ジェラール様がナタリー様の話をする時と同じです。2人とも大切な方を亡くして気持ちの整理が出来ておられないのでしょう。
ジェラール様はナタリー様を今も愛しておられるようで、婚約者が決まらないそうです。お師匠様がマックスの恋人だったのか、それは分かりません。けど、大切な方だったんだろうなとは想像がつきます。
わたくしは大切な方を亡くした経験がありません。だから、おふたりがどんな気持ちなのか想像するしか出来ません。無闇に傷に触れないように、マックスがお師匠様の話をしてくれる時だけしかお師匠様の話はしないようにしています。
マックスが私を連れて冒険者ギルドに来た時に私の経歴を考えてくれたのですが、説明した途端、急に皆さんが優しくなってびっくりしました。
マックスは、随分皆様に信頼されているのですね。ああ、ここではモーリスでした。みんなモーリスの連れなら面倒見てやろうと言ってくれて、街中で知らない冒険者の方に困ってないかと聞かれる事もあります。
モーリスは有名な冒険者らしく、街の住人にも慕われていました。
翻訳や通訳の仕事は不定期ですが、街の役場で仕事をさせて頂いています。街に来たばかりのよそ者が就ける仕事ではないのですが、マックスが交渉してくれました。最初はタダでいいから、雇ってみてくれと頭を下げてくれました。
おかげで、働きぶりが認められてアルバイトが出来るようになりました。
私では仕事を見つける事すら出来なったでしょう。本当にマックスには感謝しています。次に会うまでに少し貯金して何かお礼をしたいです。
「エルさん、今日はこの本の翻訳を頼むね」
「はーい! 頑張りますね」
「エルちゃんは仕事が早いわね。これなら彼女に頼んでも良いんじゃない?」
「そうだな。モーリスの紹介だし、怪しい経歴もないから問題ないだろう」
どうしたのでしょう?
街のトップがわざわざアルバイトのわたくしの所に来るなんて何かあったのでしょうか?
「実はね、通訳の人が体調不良で倒れちゃって。明日から来る来賓の方の通訳をして欲しいんだ。街の特産品を売り込みたいんだよね。相手は偉い人なんだけどエルさんなら大丈夫だろうから、明日からしばらく通訳の仕事を頼める?」
「分かりました! がんばりますね」
「エルさんは礼儀もしっかりしてるから大丈夫だと思うけど、高貴な方だから失礼のないようにしてくれ。モーリスがしっかり教育してくれたみたいで良かったね。彼に感謝すべきだよ」
「そうですね。おかげでこの街で働けます」
マックスは物知りで、平民が知っていてもおかしくない礼儀作法を教えてくれました。あまり丁寧になり過ぎないように注意して仕事をしております。信頼を得られたようで良かったです。仕事はとても楽しいです。失敗して叱られる事もありますが、皆さんとても優しいのです。王妃教育の時は失敗すれば叩かれる事もありましたが、今は失敗しても優しく諭して頂けます。
ちゃんと、人として扱って貰える。それがこんなに嬉しいとは知りませんでした。この街で出会う人はみんな暖かいです。それも、マックスがここに連れて来てくれたおかげですわ。
そうそう、最近出窓に花を飾るのが好きなのです。お気に入りの花屋さんも見つけました。ゆっくり花を愛でる時間はとても贅沢です。以前はそんな時間ありませんでしたもの。
仕事をして、買い物をして、ご飯を食べてぐっすり眠る。そんな平穏な日々が続いていくと思っていました。それなのに……。
「エルザ嬢……だよな? なぜここに居るんだ? 森でお亡くなりになったのではないのか……?」
どうして、ここにジェラール様がいらっしゃるんですの?!
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