第41話 梅香とらいち
「書留が届いた!」
らいちが緊張の面持ちで封書を掲げた。
「よっしゃ。先生に電話だ」
俺はスマホを取り出し、先生こと梅香に電話をかける。
「か、乾杯の準備しとく?」
ドラゴンさんも落ち着かない様子で、勤務前なのに瓶ビールとグラスを持ってきた。
「もしもしー、らいち? 郵便きた? 一緒にみよう! 今度こそ大丈夫!」
スマホの中で梅香も落ち着かない様子だ。
「行くよ?」
恐々と封筒を開けて中の書類を取り出すらいち。俺含め、周りの面々が見守る中、彼女は笑顔で書面から顔をあげた。
「合格しました!!」
らいちは合格証書を頭上に掲げる。
「……よかった」
「かんっぱぁーい! おめでとう!」
「やったぁーらいちぃーよかったぁーグスッ」
力の抜ける俺と、勢いで飲み始めたドラゴンさん。梅香に至っては泣いている。
「みんなありがとう! 私、合格したらやろうと思ってたことがあります!」
周りをゆっくりと見回して、らいちは満面の笑顔で宣言した。
らいちに別れ話をさせた、あの日から2年が経っていた。
彼女はあれからドラゴンさん夫妻に相談して、専門学校への進学を目標に決めた。それからは、高卒認定試験へ向け、勉強と進学費用のためのアルバイトを、結婚式の準備を進めていた時のようにストイックに打ち込んでいた。
勉強については、少しでも進学費用を貯めたいと自力で取り組むことにした。しかし、元々俺も勉強は得意じゃなかったので、全く役に立たず、梅香がリモートでサポート。ほぼ毎日の通話で、梅香からはまた定期的に『らいちマル秘情報』が届くようになった。
ちなみに一番初めのトピックスは『意外と理系の方が得意で可愛い』と書いてあった。それのどこが可愛いのか、俺には理解できないが、梅香的には高レベルのキュンキュンポイントだそうだ。以降、本当にどうでもいい惚気話が送られてくるようになり、らいちに振られてしまった俺の心は、しっかりと下味がつくレベルに塩を塗り込まれた。
そして、俺は俺で、学校を卒業後そのままドラゴンさんの店で働いている。
すぐそばで、らいちと梅香の久々の百合展開にほっこりしたり、疎外感にヒリヒリしたり、らいちの塩対応に悲しくなったりした。仕方がないから学校時代の後輩と遊びに行ったり、そのせいで痴情のもつれに巻き込まれたりと、それなりに忙しい毎日を過ごしている。
そして、何度かチャレンジを繰り返した末、彼女は本日、見事に高卒認定資格を手に入れた。
「杏」
らいちがかしこまった顔をして俺の方を向いた。
「ずっと、何回も助けてくれてありがとう」
「うん」……と言ったが、何のことだろうか? と、あまりピンときていない。そんな、ぼんやりとした俺を気にしないでらいちは続ける。
「高校の時友達になってくれて。すごく楽しかった。おかげで、学校辞めてもなんとかやっていけた」
そう感じていたのか。俺は友達になってあげたつもりはないし、あの時は百合可愛いしか考えていなかったので、少し申し訳ない気分になった。
「俺も、らいちが友達になってくれて嬉しかった」
らいちは俺の手をとって微笑む。彼女が、きちんと恋愛をしたいと言って別れたことを思い出した。
これは、もしかして改めて俺にきちんと告白する流れではないだろうか?
そうか、わかった。
らいち、来い! 俺も寂しかった。らいちならいつだって大歓迎だ。にやけそうな表情を引き締める。
「それから成人式で見つけてくれたことと、お兄ちゃんになってくれたこともだし、彼氏にもなってくれた。杏がいたから私、死にたいって思わなくなった」
「……そんなこと思ってたのか?」
らいちは硬い表情で頷いた。
「……初めて言ったけど、実は子供の時からずっと思ってた」
成人式の時の、思い詰めた彼女を彷彿とした。らいちは手に力を込め、改めて俺の目を真っ直ぐ見て話す。
「杏、これからも私の大事な人でいてください。家族みたいな、そんな大事な人だとずっと思っます」
家族かよ。
なんてツッコめる雰囲気でもないから「うん」とだけ返事をして、俺も改めて彼女の手を両手で包む。目の前の彼女は安心したように、ふわりと微笑んだ。
その後、らいちはドラゴンさんの元へ駆け寄り、感謝を伝えた。二人の間には俺には入れない、妙な信頼関係ができている。ついでに昼間から二人でビールを飲み始めて、らいちの暴露大会になっている。今夜の営業はきっと俺のワンオペになりそうだ。それでも、いいか。彼らの様子を笑顔で見守る俺に「杏ちゃーん」と声が掛かった。通話がつながったままで手持ち無沙汰になっている梅香だ。俺もやることがなかったので、彼らの様子を適当に実況する。
「この流れ……次は私じゃない? 最近また、らいちラブが盛り上がってきたから、友達発言される心の準備をしないと……」
梅香はそう言って、画面の中で神妙な顔をした。
「梅香は、かなりの間らいちのこと好きだよな」
「うん。自分でも引いてる。執念がやばいよね。でも、好きなもんは好き」
「俺も好きだよ。君ら」
「ら? ……まだ挟まりたいとか思ってるの?」
「そりゃあ、そうだよ。好きなもんは好き」
梅香が、殴り倒したのにまだ死なないゾンビを見ているような眼差しを向けてきた。でも、本心だからそうとしか言えない。俺だって、いまだに二人が好きだ。
らいちがドラゴンさんの元からこちらへ向かってきた。
「梅香ぁ」
らいちへスマホを渡す。彼女は「ありがと」と受け取り、それと向き合った。
「梅香」
「うん。らいち……」
「梅香!」
「らいち!」
何これ。
名前を呼び合って二人はフリーズしている。もしかしたら通信障害かもしれない。ちょっとスマホを確認しようか……と、身を乗り出した時、らいちが動いた。
「梅香……」
だからなんだよ。ヤキモキしてきた。
「梅香、好きです。ラブの方の好き。です」
まじか。
らいちの顔を覗き込むと硬い表情ながら真っ赤になっている。そのままスマホを見ると、梅香も同じくらい赤面している。
「らいち、私も好き。ずっと大好き。好き……」
梅香は再び泣き出してしまった。釣られて、らいちも泣いている。
彼女たちが泣く姿は何回も見てきた。でも、こんなに嬉しい気分で見ているのは初めてだった。
こんな綺麗な二人に挟まるなんて、できやしない。そんなの、汚すだけの行為だ。絶対に許されない。
そこには、彼女たちの恋の成就を心から喜ぶ俺がいた。
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