第37話 塩

「レースのね、いい感じのがなかなかなくてさぁ……編んじゃおうかな」

 らいちは雑誌をめくりながら、独り言のように呟く。

「まじか。レースって編めるのか?」

 一応レスポンスをするが、聞こえていないのか聞いていないのか、返事は返ってこない。

「今からレース編みを始めて、思ったようなものが作れるくらい上手くなるのはいつなのよ?」

 呆れたような声で突っ込むドラゴンさん。俺たちは仕事を終えて寝る前の時間を、グダグダと過ごしていた。

 最近のらいちは、店で開くことになった橘平とクコちゃんの結婚式に向けて、花嫁衣装や食事メニュー、店内の装飾、などなどを準備している。本を読んだり、何かを作ったり、飾ったり、しまったりと忙しい。夜も遅くまで調べ事や作業をしていて、俺に話しかけたと思えば、料理の試作と言って、あれこれ作らせてくる。不用意に話しかけたら、また何かを作らされそうで、こっちも少し遠巻きに見ている。

 今もリビングに布やらビーズやら、よくわからないものが広がっていて、ごちゃごちゃしている。それもここのところ毎日なので、俺もドラゴンさんも慣れてしまっていた。


「だよねー間に合わないよねぇ……でもさぁ、やっぱドレス可愛いぃ……レースたっぷりのドレスなんて花嫁くらいしか着れないんだよねぇ……」

 結婚式を挙げる人向けの雑誌を眺めながら、らいちはうっとりと呟く。

 式を挙げる2人は当初、書類を提出して少しだけ特別な食事をして……とだけ考えていたようだったが、新婦のクコちゃんがつわりで食べられるものが非常に少ないのと、ちょっとお高い店が苦手なのとで、融通の効きそうな俺のいる店に白羽の矢が立った。

 その2人の特別な日を演出するということで、らいちはものすごく張り切っていて、必要以上に綿密に計画を立てた末に、事は雪だるま式に大ごとになっていった。

 俺はそんな彼女を微笑ましいと思う反面、熱中しすぎる姿に少し困惑している。

「さぁて、私は寝ようかしらぁ」

 ドラゴンさんが顔に貼り付けたシートパックを剥がして、あくびをした。

「らいちちゃんも、ちゃんと夜は寝ないとダメよーなんて、水商売のわたしが言っちゃったりなんかしてー」

「はーい……」

 生返事のらいちを残して、ドラゴンさんはリビングを後にする。俺も続いて部屋に戻ることにした。

「らいち。おやすみ」

「うん……」

 塩対応の彼女を置いてリビングを離れる。

「もしもしー? クコちゃん起きてたー? 夜中にごめんねー」

 その直後、背後から電話をする楽しげな声が聞こえてきた。


 俺以外の人と楽しくしている様子が、余計寂しく感じさせた。

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